単福、反旗をひるがえすこと⑤
単福はスラリと腰に佩いた剣を抜く。
そしていきなり、それを月塊の右肩に突き刺した。痛覚まで麻痺しているのか、月塊がそれにさいなまれることはない。むしろ。
「······馬······鹿か······? テメ、も······雷······を喰ら、って」
そう。
今の彼に触れるということは、単福本人も、自らの罠の牙にかかるということだ。
「······へ、へ。心配ご無用。タクヒの羽根を、もらっているからな。アンタよりは耐えられるぜ。それに、撃剣じゃ······せいぜい穴をあける程度だ。なら後はこうするかねえ、だろ!」
ぶすぶすと衣から煙をあげながらも抉るように剣を突きたててくる。
「止め、ときな。俺を壊すよりゃ······テメェが死ぬ方がはやい、ぜ、きっと」
「なぁに、まだま、だぁッ。こんな機会、とてもじゃないがもう作れねぇからなぁ······ッ!」
そう、次はない。あり合わせの材料で。とてつもなく短い時で。妖獣たちを説得し集めてもらったこの可能性の結実は、もはや奇蹟といってよかろう。その大宝を無下にすることなぞ出来ようものか。
力でも、疾さでも敵わない。ならば命を賭した我慢くらべくらい仕掛けねば機会など生み出せぬ。この痛みは単福にとってむしろ本望であった。
「──ぬあああッッッ!」
ガスン。
反発が急に失せた。と同時、月塊の右肩から下がドサリと地に墜ち、這う電流が餌食とするようにそれへとまとわりつく。
「なっ······グ、アアアアッッッ······!」
信じられないものをみている。月塊はおおきく目を見開いて、自分の右肩より下にできた空虚な空間をみつめ、その下に転がるものをみつめた。
「······チ、くそぉッ! ······こんな······ッッ!」
「ぶはっ!」
単福がよろめいて後退る。
力が抜けそうになる腰をなんとか剣で支えて、それでも膝はつかない。全身から煙をたち上らせ、それでも膝はつかない。大岩の上にとまり、休むことなく電流を生み出しつづけているタクヒが瞬時、目をほそめ力を弱めようとするところを叱咤する。
「抜くなッ······! ちっとでも抜けばコイツがとび出すぞッ!」
タクヒは意気にこたえてふたたび尾羽根を逆だてた。その足元にパリリと雷の小波がはしる。
「へ······どうだい。弱い連中も数と知恵で、まあまあ出来るだろ? アンタみたいな猛者相手にこれだけの成果、だ。充分誇ってもいいよなぁ」
だがその問いかけに月塊からの応えない。
「······今さらだが、約束してくれてもいいんだせ? もう祠堂のことは忘れてこの常世から去る、ってさ」
やはり月塊は右腕を喪ったことに呆然としているのか、こたえることはなかった。
「······ま、ハナから期待はしていなかったがね。
さて、お次は左をいただくぜ······最後ぁその首もらい受ける!」
気合一声、宣言どおり今度はその左肩に刃を振り下ろす。
「ぐ······おおおおおッッッッ!」
一打ごとに大きくよろけ、自らの身さえ電流に喰わせながら、単福はそれでも手を休めない。まったく狂気の沙汰としか言い表す言葉さえない。
「······殘念だぜ」
ふいに。月塊がポソリと呟いた。
「なにが、残念って、お前らみたいな奴と、敵対しているテメェがだ。強い側にたたされたテメェが、まったく残念でならねぇ。それだけでも間違ってたっ······て、そういうことなんだろうな」
「──ああッ?」
その表情はさだかには見えぬ。だが月塊は半顔だけを単福にむけて、もう一度しっかりと呟いた。
「悪いことはいわねぇ。もう止めとけ」
「──ハッ! 遺したいことぁ、それ、だけ、かいッッ!」
もはや刃すらボロボロになった剣を渾身の力をこめて振り下ろす。
と、どうしたことか。
これまで通っていた刃が、あまりにも確かな応えを残して止まった。そして──
「!」
バリンッッ!
激しい電流の生みだす熱にやられてか。
それとも月の頑強な身体に爪をたてたからか。
単福の剣はついに、さながら悲鳴を上げるようにして砕け散った。
「······」
ユラリ、と、いまだ電流鎖の拘束を受けていながらも月塊は立ちあがる。
「教わった。岩石も雷をため込む、か? ならよ、ため込んだ雷を発することだってありなわけだ」
単福はハッと気づいてタクヒの方へと視線を走らせる。大岩の上で、タクヒは白熱した電流をまとい弱りきっている。
「どんだけ雷避けに優れてようが、ずっと繋がりっぱなしじゃそうもいかねェ」
ガラン、と音がした。単福がのこった剣の束を手放した音である。
「ハ······ハハッ」
そのままドサリと尻餅をつく。
「······あーあ、ったくよ。けっこう上手くハマったと思ったんだがなぁ······」
「······そこは認めてやらァ。間に合わせにしちゃあ最上出来だ」
へ、と単福は口の端をゆがめ、そして噛みしめる。
月塊が、雷のほどけたおのが腕が砂に還るのを見届けていると、何をおもってか単福は座りなおり、深々と頭をさげた。
「敗けといてなんだがよ。アンタを見込んで、最後にひとつ頼まれちゃあくれねえか?」
「······丸呑みにゃできねえ。が、聞くだけはきこう」
「······いま、まったく愚かにも、常人の身でありながらこの五山のうちを踏破せんとしている女がいる。たぶん北へ向かっているはずだ。その人をなんとか救けてやってはくれまいか?」
「······人が?」
コクリ、と単福はうなずいてみせる。
「いいだろう。ソイツ、名は」
彼が小さく唇をうごかすと、月塊は驚愕し、その表情を見返した。
「なんだって???」
小半刻後。
静けさのもどった竹藪の小庭で、残された単福はフッと息をつく。岩の上で目を回しているタクヒにひとこと詫びを呟き、そっと瞼をとじた。
「フ······ホンモノの『俺』はどこで何してやがんだろうなぁ。どうせ、置いてかれてもカラッとして仇を追っかけてんだろうが······さて」
小妖獣どもか集まってきて、心配そうにそのまわりをとり囲むなか、単福はしずかに横になった。
そこには、ながい身を眠るようにして横たえた白蛇の姿があった。
誤字修正します。




