単福、反旗をひるがえすこと③
つづけてのまさかの肩透かしに月塊はいよいよいきりたつ。声が霞みゆく方角を耳ざとくつかまえてそちらへと走る。
このぶんだと野郎に協力している化物どもはまだいるだろう。ならばそれ前提で妖気を頼りにさぐるという手もなくはない。だからすでにそれは試みた。
だが解ったことといえば、そこいら中妖の気配があり、誰が単福に協力する者か判別できないということ。そしてその渦の中心が、次第にここへ集まりつつあるということだった。いまは日和見をきめ込んでいるが、単福が有利となれば一時に襲いかかってくるだろう。つられてより大物が参戦してくることもありえる。
「チッ、思った以上に面倒だぜコイツぁ!」
一方の単福は、助っ人の協力でえた貴重な時を、ぽっかりと竹藪のなかに開いた広場で過ごしていた。これまた土地の妖獣におしえてもらったこの場は、彼の策を実行するに相応しい条件を備えている。
表だって助っ人をかってくれる妖獣は急なこともあり少なかったが、日和見たちは日和見たちで、頼んでおいたことをしっかりとこなしてくれた。やはり自分が今していることは、皆の想いに適っていたのだとはっきり悟ることができる。その想いは、単福の胸にこれまでにない充足感を与えてくれる。
その肩に梟のごとき鳥が一羽停まった。一本足でたち、もう一本をそのパリパリした羽毛に隠して、人の顔の配置ににた面におおきな双眸が印象にのこる。
「······タクヒ? ······そうか、もう追いつかれるか。では一丁やってみようか」
ズバリッ、と藪を抜けたとたん、月塊はうってかわって開けた場へとでた。
空は相変わらず笹竹に占拠されてみえないが、すくなくとも地面だけはむき出しの地表が広がっており、草なぞも一本も生えていない。その周囲、まるで竹の侵入を食い止める門衛のごとくに数個の岩が広場を囲むようにして起きあがっていた。
その中央、その親分みたいな黒い岩がでんと据わっており、その上に単福が腰をおろしていた。
「······この野郎、さんざん追いかけさせてくれたじゃねぇか。随分な逃げ足だ、感心したぜ」
「そりゃどうも」単福はヒラリと岩から飛び降りてたつ。
「手間かけさせて悪かったな。なにしろこちとらただの人間なんでね、腹をくくるのにも時がいったのさ」
抜かせ、と月塊はこぼす。
「なら覚悟は決まったとみていいんだな。でなきゃこっちもスッキリとはいかない幕引きになっちまうんだが」
「安心しなよ、それはもう決まった。遠慮なくぶちのめしてくんな」
グッ、と身をかがめ、腰の剣に手をやる。
「やれるもんならよ!」
「上等!」
月塊は残った双棍のかたわれで躍りかかる。真っ向からの打ち下ろしだったので単福にも見切るに難しくはなく、己が剣でそれを迎え打つ。だがやはりその重さは尋常ではなく、よく剣が折れなかったものだと単福はおもった。
ガチギチと、金属同士がこすれて刃をこぼし合う。
「グ······グッ!」
「──やっぱ勝負ありだわな。人間じゃ俺とは渡りあえねぇよ」
「どぅりゃあッッッ!」
気合一声、全身に力を込めたひと押しで月塊を押し戻すと、単福はすかさ袖に手を突っこむ。彼の腕は充分に知った月塊が至近距離での撃剣に身構えた隙に、足元の土をパッと蹴立てる。
「! なにをッ!」
目つぶしとしてどれほどの効果があるというのかわからぬ挙動。げんに構えていた月塊の目に砂利がとびこむことはなかった。
だがそれでも離脱の機会をえることには成功した。バッ、と衣の音がして腕をどけるとすでにそこには単福の姿はない。
代りに奇態な形をしたけったいな鳥が一羽浮いていた。
理解するよりはやく、その鳥から閃光が放たれる。
「ギッ!」
もろにその光をあびた月塊はあわてて瞼を閉じるがすでに遅く、チカチカと鬱陶しい瞬きが視界を奪ってくる。だがその梟、タクヒが放ったのはただの閃光ではなかった。
パリパリと肌をつたう感覚で月塊はそれを悟った。
「これは──雷?」
「正答。
その鳥、梟の如くして人の面にも似て、ひとつ足でたつ。その名はタクヒ。これを食さば落雷に遭わぬ」
真後ろで単福の声がした。
「······なるほど? だがよ、たかが雷ごときで俺をやれると思ったか。俺は大岩の妖だぜ?」
「そう思うならどうぞ、動いてみてくんな」
ならばと月塊は全身に力を込めるが、なんとしたことか、単福の言葉のとおり一指たりとてピクリともさせられぬ。それどころか力が抜けて膝をつくハメになった。
「!?」
「······この記憶にある。高山にあそんだ際、不意の嵐で雨宿った岩陰でみた。落雷によって岩に稲妻がやどるところを。知らなかったかね。岩とて例外じゃない、雷様を溜めこんじまうのさ」
「──あ、に?」
いわれて月塊は辺を見回す。稲光が走っているのは自分のみにあらず、周囲をとりまくように転がっている岩も、目の前の大岩も、まるで光の蛇のように細いながら激しく明滅している。それぞれに青光りする雷光をまとい、最終的にそれらが立ったままになっている単福の撃剣をつたって我が身に作用しているのだ。単福の言によるなら、より雷を帯びやすい種類の岩なのだろう。
「洒落るならば、雷門の陣。これなら動けないうちにアンタをバラバラに出来る」
単福はズラリと剣を抜き放った。




