月塊、西山の強者をたいらげること
西山域は翼望山、その神域。
金・玉が山土の間から顔をのぞかせるその山肌は黄味つよく、草木がすくないせいも相まってか、麓の湖も清浄なるままに静寂に包まれている。
ふと、その上空に黒点がポツンとあらわれた。それは見る間に大きくなっていき、同時に無謬なる風音以外の、もっとはっきり言ってしまえば騒音が、ぐんぐんと近づいてくる。
その訳のわからない毛玉は、結構な重量をおもわせる団子そのままに、湖の真ん中にあった祠堂を押しつぶした。
哀しげな声がおこり、その毛玉は一時に散り散りとなる。
「ブハッ!」
あやうく息が詰まろうかというところで、月塊は白虎の背から転がり落ちた。
なんとか祠堂は壊せたようだ。しかしまったく、これはどうしたことだろうと、彼は、彼を取り囲んで怒りに毛を逆立てる様々な獣の群れをみやった。
「やいテメェら、いい加減にしやがれ! あやうく巻き添えにするとこだったろうが!」
さしもの月塊も、罪なき獣を相手どるような後ろめたい真似はできない。だがいくら言葉で脅そうが、彼らはまったく諦める気がないようだった。
とりあえずもらった地図と仙気をたよりに片っ端から祠堂を潰していくことにした彼だったが、まだ西山域ふたつめの祠堂だというのにこれである。
進むごとに追ってくる妖獣の数が増える。不思議というか、こちらのしていることに一切構わない妖獣もいる反面、こうして追ってくるものもいる。総じてさほど強くないものが集団でやってくる傾向がつよいようだ。
「ええぃ! お前らなんかと遊んでられるか! どけっ!」
月塊はチラと白虎へ視線をおくるが、疲労困憊といった様子で孟極は地面に伏せて瞼をとじ、荒く息をついている。
大荒海域から海内西域、さらに西山域までと、かなりの強行軍だったのだ、無理もなかろう。
さすがにもう無茶はさせられんな。
と、その孟極の背後に不意に強烈な気配が現れる。孟極は気づいたもののもはや抗うだけの力は残っていない。
「どらァァッ!」
月塊は飛びだすと、ナリは馬のくせに虎の爪と牙をもつその獣を掌底ではじき飛ばす。その白身黒尾の怪馬・駮はまるで太鼓のようなけたたましい啼き声をあげ、湖岸の藪のむこうへと逃げてゆく。
「おいお前、もういい! どっかに隠れてろ!」
孟極は力をふり絞ってたちあがり、駮の消えた方とは反対の方角へ跳び、見えなくなった。
これでいい。俺を乗せてさえいなければ、奴も無用には襲われまい。
「さて、と············」
月塊は目前にしずかに降りたった、巨牛の形をし、針のごときながく堅き毛を背にびっしりはやした妖獣・窮奇の赤黒い目を見据えながら唇をなめた。
こうしていると、あの養春山での日々をおもいだす。あのときも散々獣どもにたかられたっけか。もっとも危険さは比べ物にならないが。
しかしコイツらの執念はなんだ······たとえばあの鍼牛は、前の祠を護っていた奴だ。己の領分を失ったならそこで大人しくしていればいいだろうに、わざわざ追いかけてきやがって。実際に諦めたやつだっているのにだ。
さらにもう一頭、となりに負けない巨躯をした四本角の羊はこの祠を護っているものだろうか、コイツも執念ぶかく次の場まで追ってきそうだな。
「······しょうがねえ! 次まで追っかけっこに付き合ってやらぁッ!」
バッと身を踊らせると、湖上の飛岩を踏んで駆けだす。凶悪な獣どもも驚くべきことに劣らぬ速度でそれを追った。
静けさを取り戻した湖畔。
その中央にある島の壊された祠のまえで、弱小な妖獣たちはその名残をおしんでいた。と、ヒュウと面妖な風一陣、獣はギィギィと怖毛をたてて我先にと散っていく。
祠から青黒い靄が、燻るようにほそく風にゆらめいた。




