月塊、真鶏と喧嘩すること
気がつくと妙なところにいた。
意識がもどる途端、月塊はズバッと起き上がって警戒したが、そんな配慮は無用だったらしい。檮杌の姿はみられず、あたりに強い気配もない。
まわりは森の中のようで、とぶ前といまいち代わり映えがなく、実感もない。これで本当に檮杌のいった別の世とやらにやってこられたのだろうか。
頭をかきかき、樹間の明るい方へと歩みを進める。と、さほども行かぬうちに森は終いとなり、海辺にたどり着く。
穏やかにうちつける蒼波が白い砂をさらっていく。
静かで、誰ひとりおらず、この世にあるは吾ひとりかと思わせるほどであった。左右をみても海岸は延々とのびて、これは中々におおきな島のようであると月塊は考えた。
「さて······どうするかね。とりあえず仙人のいる処を目指すにしても、だ。こりゃ想定外だったぜ」
山谷をも駆けきる彼をしても、さすがに水が相手では分が悪い。黄河でも濡れ鼠になったことをおもえば、またぞろあんな苦労は御免であった。
「······あん?」
はじめ、それは目の錯覚のようにも思えた。東のかた、波の合間にポツンとちいさな点が現れた。それは次第に大きくなってくる。と同時に月塊の眉間に皺がよる。
さっそくお出ましか······こいつは仙気。
油断なく心構えをする月塊の前に現れたのは、白き衣をまとった、とてつもなくひょろ長い男であった。おなじく白き虎のような獣にまたがり、その鞍にもう一頭べつの虎の手綱をつないでいる。
とにかく長いその男が虎に乗る様はひどく不均衡で、どうかすると道化かと笑いを誘うものであった。だが騎上の当人はえらく真面目な顔でこちらを睨んでくる。
「お前が月塊か?」
男は愛想笑いひとつ浮かべることなく、不躾に問うた。自然、月塊も仏頂面で返答する。
「だったら何だ。誰だお前」
「我が名などどうでもいい。主がお呼びだ。同道せよ」
まるで海凪鳥のごとく、その白虎は波上を疾走する。ふとく逞しい脚は一度たりとて水に濡れることなく、その足跡の残した波紋は瞬時に波にのまれて消えてゆく。
鞍上の月塊がなにもせずとも、白虎は前をゆく男の乗騎に遅れることなくついていく。ただ、妙に馴れているというのか、時々こちらを見上げてはこれでいいのか、と問うような視線を投げてくるので、首筋を撫でてやると喜んで脚を速めた。
それなりの距離を駆けた頃、ふたりを乗せた二頭は海から岸へとあがり、脚をとめた。
前の男が降りたので、こちらも降りる。着いたところもやはり島のようだが、こちらの方が活気があるようで、鳥の声や獣の気配がつたわってくる。
ひらけたその場には、彼らのほかにもうひとり男が待っていた。その場のつよい陽射しをさけるためか農夫がかぶる笠をかぶり、長い衣の裾と髭を、あたたかな風にあそばせている。
「よく参った」
その男はしずかな声で歓待の意をしめす。だが返答のかえらぬをみて、その前で控えていた長い男はチラと後ろを返りみ、そうして巨体一杯で白虎にじゃれかかられている月塊をけわしい顔で睨みつけ、空咳をひとつやった。
「御前であるぞ」
「んなことはコッチにいえ」
月塊はズリズリと頭をすりつけてくる白虎をおしのけて、やっとその主とよばれる男へ目をやる。
······なるほど、こいつは只事ではなさそうだ。
すみません。誤字ばかりで。修正します。




