告白ゾンビ(無意識)
―オリタナ高級料亭「ドワーフ髭」―
カポンッ
畳が敷き詰められた一室。
広々とした空間は障子で囲まれ落ち着きのあるプライベート空間を演出している。
障子を開くと広がっている日本庭園モドキの一角にあるシシオトシモドキも利用者を落ち着かせる一つの要因だろう。
「ホッホッホ。どうですかの? 見事なもんじゃろ?」
立派な顎ひげを蓄えた背の低い老人が自慢気に言う。
ボンズ武具店店長――ドワーフのボンズだ。
ボンズ曰く、この『ドワーフ髭』の店長兼建築家のドワーフは古くからの知り合いで懇意にしている一人だという。
そのコネもあり、オークションを終えた後、タナカとリリアは個室の中でも最高ランクの一室に招かれていた。
「それでお話とはなんでしょうか?」
オークションで気疲れしたのだろう、タナカは前置きはいいと言わんばかりに本題に迫る。
そうじゃの……と呟くボンズ。
ボンズはもう少し話の枕を楽しみたかったのだろう、寂しそうな顔をしながら本題を口にした。
「ミーナのことじゃ……」
ミーナ? と頭の上にクエスチョンマークを浮かべるタナカ。
タナカの膝の上に座るリリアもお茶をズズズとすすりながら話の続きを言えといった顔をしている。
「ミーナの固有スキルについてはご存知かの?」
『戦乙女』のことか? とタナカが聞き返すともう一つの方じゃと返すボンズ。
確か鍛冶に関するスキルが発現したと言ってたな……とタナカがミーナとの会話を思い出しているとボンズが口を開いた。
「窃盗鍛冶という固有スキルでの。簡単に言うと見た鍛冶技術をコピーした上に自分のものとして昇華できるスキルじゃ」
戦乙女といいハイスペック過ぎだろと思うタナカ。
そんな固有スキルを持っているならそりゃあ売れっ子鍛冶師になるわけだとタナカが感心しているとボンズは寂しそうにつ呟いた。
「ワシがあの子に教えられることはもうないのじゃ……」
物心つく頃には金槌を握り、鍛冶については人並み以上に修めてきたというボンズ。
その甲斐あってオリタナ随一の腕を持つ鍛冶師として称賛を欲しいままにしてきたそうだ。
そんなボンズですらもう教えることが無いぐらい驚異的なスピードでミーナは成長を遂げてしまった。
「あの子が鍛冶師になった理由を知っているかの?」
「確か『聖獅子の神槍』を直したいから……ですよね?」
神器級の武器を鍛冶で修理する……それは途方も無く大変な事だとタナカは思った。
……『ゾンビーズ』時代のタナカのギルド『金の亡者』ですらそんな鍛冶師はいなかったのだから。
「ワシの技術では聖獅子の神槍は直せない」
「でしょうね」
ついうっかり口が滑るタナカ。
リリアがピシャリとタナカの膝を叩く。
ハハハ……と苦笑いしながらボンズは頭を下げながら言った。
「あの子を貴殿らの旅に同行させてもらいたい」
ーー
―オリタナ 宿の一室―
「どう思うリリア?」
ベッドにリリアが腰掛け、それに向かい合うように椅子に座るタナカ。
タナカとリリアは宿へと戻り相談していた。
タナカ達と旅をしながらミーナに鍛冶技術を学ぶ機会を与えて欲しいとボンズに頼まれた件についてだ。
「ミーナ姉連れて行こうよッ」
リリアが足をバタつかせながら上機嫌で言う。
随分機嫌がいいなと思うタナカ。
機嫌をよくしている原因が気になったのだろう。興味深そうに聞いた。
「……理由を聞いてもいい?」
一瞬下を向いて、気恥ずかしそうに顔を上げてリリアが言う。
「ミーナ姉のこと好きだからッ」
「……うん」
聞いてはいけないことを聞いてしまったといった感じで小さくうなずくタナカ。
安易に否定してはいけない……タナカはそう考えていた。
性的な思考とは繊細な物。
それを安易に心無い言葉で否定することが非行へとつながる。
タナカは生前何かの本でそう書いてあったことを思い出す。
そして……
「いいかいリリア。そういった性的な目でミーナを見てはいけない。リリアがそう見ていたとしても相手も同じとは限らないんだ。相互理解という言葉がある。相手の気持ちをまず……」
「ちっげーよ!」
リリアにミーナの様な口調で怒られるタナカ。
どうやらリリアは百合ではないようだ。
ホッと胸を撫でおろすタナカ。
そんなタナカにやれやれといった感じでリリアが話を続ける。
「実は私ミーナ姉とタナカが話しているのを聞いてたんだ」
そうだったのか……と小さく呟くタナカ。
そんなタナカを見つめ気恥ずかしそうにリリアは話を続ける。
「きっとミーナ姉寂しかったんだと思うよ。ずっと一人で戦ってきて。裏切られて。それでボンズさんと出会って。それでも裏切られた傷は治らなくて……。どこかで他人を信用できなくて。だから私達が戻ってきた時すごくうれしかったんだと思うんだ。そんなミーナ姉の不器用なところが好きってことッ」
リリアはよく他人を見ているなと感心するタナカ。
見た目よりも中身はずっとずっと大人だと思う。
そんなリリアを見てなんとなくご褒美をあげたくなったタナカはアイテムストレージから例の物を取り出した。
「これ……リリアが欲しがっていたピアス。片方づつ付けると魔法の加護があるみたいだから」
そう言いつつ紅い魔石が付いている銀の十字架ピアスを片方渡すタナカ。
わぁ~ありがとうと嬉しそうに受け取るリリア。
リリアとタナカがピアスを取り付けると、リリアが紫色の光で覆われた。
光が晴れると姿形は変わらないリリアが現れる。
……いや少し変わっていた。
ちょっとだけ胸のふくらみが大きくなっているようだ。
タナカはそんなリリアを注視する。
ーー
サキュバス”リリア” Lv27
ーステータスー
HP 678/678
MP 350/350
攻撃力 204
防御力 212
素早さ 254
知力 597
精神力 603
※このどスケベ野郎
ーー
進化していた。
なぜだ? と首をかしげるタナカ。
そんな疑問顔のタナカに花の咲くような笑顔でリリアは飛びついた。
「ンフフ……ありがとッ」
そんなリリアの笑顔にほだされたのか「まあいいか」と呟くタナカ。
そのまま離れようとしないリリアにタナカが折れるような形で一緒に眠るのだった。
ーー
―ボンズ武具店―
翌朝、嬉しそうに眠るリリアを横目に悶々としながら朝を迎えたタナカ。
昨夜の話し合いで決定した通りミーナと話をするべく、ボンズ武具店を訪ねると休業中の看板がかかっていた。
ノックをするとボンズが出迎えた。
どうやらタナカ達が来ると思い、気を利かせ店休日としたらしい。
店内にミーナの姿があった。
店内のちょっとした喫茶スペースでミーナと向かい合う。
「……で、話ってなんだ?」
ミーナはとっとと喋れよオラァといった表情でタナカを急かす。
タナカはわかりましたよっといった感じで苦笑いしながら話し出した。
「ミーナさんに僕達の旅に同行してもらいたいのです」
ミーナは急に落ち着いたような雰囲気になった。
話を聞いてもらえそうだと安堵したタナカは続きを話始める。
「先日お話ししたように僕達はリリアの村を救うべく魔族領へと向かって……」
「悪いがその話は受けられない」
ミーナはタナカの話に割り込むように言い放った。
あれぇ? と戸惑うタナカ。
そんなタナカにミーナは口を開く。
「私はこの店で店長から鍛冶を学んでいる途中だ。今抱えている顧客だっている。それをほっぽりだして旅に出ることはできねぇ」
はっきりとした口調でタナカに告げるミーナ。
鍛冶師としてのプライドが高く、責任感も強いらしい。
そんな強固な姿勢を見せるミーナに困り、タナカはミーナの横に座っているボンズに視線で助け船を求める。
「ミーナよ。ワシから御仁達に頼んだのじゃ」
え? 店長が……といった感じでミーナは驚いている。
戸惑った視線でミーナはボンズを見つめる。
そんなミーナに言い聞かせるようにボンズが口を開く。
「ワシからお主に教えられることはもうないのじゃ。お主もそれは分かっておろう。今受注している顧客のことなら任せて置け。ワシがちゃんと引き継ぐ」
職人の性だろうか……言葉数はあまり多くはない。
しかし、声音からミーナが求めている鍛冶師としてのレベルまで導いてやれないことの無念さがにじみでていた。
ミーナは正直分かっていたのだろう……ボンズから学べる鍛冶技術は一通り学びきってしまっていたことを。
弟子として受け入れてもらいここまで鍛冶師として自分を育ててくれたボンズに恩返しもせずに己の目的の為、旅に出ていいのかという葛藤があるのだろう。
ミーナは俯いてしまった。
そんなミーナの心中を察したようにボンズが優しく語り掛ける。
「もう十分じゃよ。お主が店の為に色々と頑張っていたことは知っておる。ワシも随分店の切り盛りが楽になった。ありがとうのぉ」
そう告げるとボンズはテーブルの上に置かれたミーナの握りこぶしの上にそっと自分の手を重ねた。
涙ぐむミーナ。
しかしまだ葛藤があるのだろう、難しい顔をしている。
そんなミーナにダメ押しをすべくタナカが切り札を切った。
「ミーナさん。これを受け取ってください」
そう言って取り出したのは、碧い魔石が取り付けられた銀のピアスであった。
(一億エーンもしたんだ。これならいけるはずだッ)
生前『ゾンビーズ』時代に他ギルドから引き抜きをしたことを思い出しつつピアスを渡すタナカ。
金に物を言わす悪癖はなかなか治らないようだ。
……業が深い。
そんなタナカを見つめ二人の女性が取り乱す。
「なッ、お前ッ!?」
「ちょッ、タナカ!?」
ミーナは真っ赤な顔でタナカを見つめ、リリアは怒ったような瞳でタナカを睨む。
ミーナはタナカの左耳に付けられているピアスとリリアの左耳に付けられているピアスをチラリと見た後口を開いた。
「すげーなお前。恋人の前で堂々と浮気宣言か?」
耳まで真っ赤に染め上げながらミーナは皮肉ったようにタナカに言い放つ。
リリアはテーブルの下でタナカの足をガンガンと踏みつけている。
ボンズは自分の娘の様に育ててきた大切なミーナに何言ってんじゃボケェと言いたげな気持ちを視線に込める。
(……なんでこんな四面楚歌なんだ?)
タナカは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら遠い眼をしているとミーナが口を開いた。
「わかったよ。お前らについてく。その代わり一晩猶予をくれ。店長に恩返ししてぇ」
タナカが首を縦に振り、肯定の意を示すと、ミーナは机の上に置かれたピアスの片割れを掴み、その場で右耳に付けた。
タナカもピアスを右耳に付ける。
タナカの左耳には赤い魔石のピアス、右耳には碧い魔石のピアスがきらりと光る。
「それじゃあ、明朝、門前に集合な」
ミーナのその一言で話し合いは終わりを迎えた。
ーー
翌朝、タナカは意気消沈しながら門前に立っていた。
足にあまり力が入らないのか若干ふらついている。
昨晩リリアに散々怒られたタナカ。
リリアからピアスの片割れを渡すことは結婚を前提に付き合ってほしいという意味で相手へと送るという風習があることを教わった。
そんなつもりじゃなかった……とは口が裂けても言えないタナカは
「リリア様にあってミーナ様にはないものがある、ミーナ様にあってリリア様にはないものがある……どちらも僕にとっては必要な物なんですぅーー」
と夜通し土下座した。
リリアのいい所を200個ぐらい言った。
……そして若干リリアの機嫌を直すことに成功し今に至る。
そんな疲れ切ったタナカと若干機嫌が悪いリリアに声が掛かる。
「よぅ。待たせたな」
軽い感じで二人に挨拶をするミーナ。
ミーナの後ろにはボンズの姿があった。
ミーナの見送りに来たのだろう。
「世話になったな」
別れにしては短い言葉。
ミーナらしいなとタナカは思う。
そんなミーナにボンズは告げる。
「ミーナよ。お主はワシの娘じゃ。いつでも戻ってこい。ワシはあの店でお主の帰りをいつでも待っとるからの」
ボンズの言葉に感極まったのかミーナは空を見上げ涙をこらえる。
感動的な場面にホッコリしているタナカへとボンズが無表情で近づいてきた。
そして……
「ワシはこれでもオリタナで1.2を争う鍛冶師での……あまりミーナに不誠実なことをするとダース単位で冒険者を送り込むぞ?」
きっちりと釘を刺した。
顔が凍り付くタナカ。
最早顔色が死人のそれだ……まあ死んでるんだが。
そんなやり取りを終え、タナカ達一行は鍛冶と芸術の街オリタナを後にするのであった。




