オリタナの悩み
レリージア城跡――かつて不死王に滅ぼされ廃城となった城。
美しく荘厳な城であった面影は一切残っておらず、雨風が申し訳程度に防げる半壊した城が残っているに過ぎない。
現在はトリュゴネスという上半身が狼、下半身は人族のそれとなっている半人半獣の魔物達の根城となっている。
かつては城下町があったのだろう……半壊した家屋や商業施設が立ち並ぶ一角で激しい金属音とそれを打ち消す様な悲鳴が響いていた。
「ミーナさあああああんッ!! 助けて下さあああいッ!!」
トレードマークの黒いローブではなく、安っぽい茶色のローブを着込んだタナカが泣き喚めきながら美しい水色の髪の女性が着ている白いロングカーディガンにしがみついている。
どうやら数匹のトリュゴネスと戦闘中の様だ。
トリュゴネス達がタナカ達を噛み殺そうと「グルル」と唸り声をあげながらジリジリと囲み、近づく。
「掴むなッ! 喚くなッ! 引っ張るなッ! ……チッ」
ミーナと呼ばれた水色の髪の女は、煩わしそうに顔を歪めながら舌打ちをすると白銀の槍を乱れ突く。
『キャキャーン……』
弱々しい犬の様な鳴き声を上げ、トリュゴネス達はハチの巣にされた。
カサカサ……物陰から衣擦れの音を立てながら一匹のトリュゴネスがタナカとミーナに近づく。
タナカは「怖かったですぅー!!」と叫びながらミーナにしがみつくのに夢中で気が付いていない。
ミーナもタナカを引きはがすことに気を取られ気づいていないようだ。
今がチャンスだーーそう言わんばかりに物陰から一匹のトリュゴネスがタナカ達に飛び掛かったその時……
「闇よ穿てッ! 闇槍!!」
『キャンッ!!』
紫一色の太い光線がトリュゴネスを貫いた。
金髪の美しい少女が「トリュゴネスは知能が高いから油断しちゃだめだよ!」と言いながらタナカ達に歩み寄っていく。
リリアさーんと言いながら金髪の少女にしがみ付くタナカ。
よしよしとリリアはタナカの頭を撫でる。
……その光景を見ていたミーナは
「本当に使えねえゾンビだな……この腐れがッ!」
と唾を吐きつつ、虫を見るような眼でタナカに吐き捨てた。
「すいません」としょんぼりするタナカ。
「とっとと行くぞ」とレリージア城跡に向かうミーナに、とぼとぼとついていくのであった。
ーー
3日前……
「身ぐるみはがされたんです……」
質素な花瓶や平凡な調度品が置かれている小部屋でタナカは正座しながら呟いた。
タナカが鍛冶と芸術の街オリタナに来て、すぐに取った宿だ。
10泊分まとめて取ったのは正解だったようだ。
タナカは冷めきった目で自分を見つめるリリアに全裸で歩いていた事情を説明し始める。
有り金全部渡したのに許してもらえなかったと、決して趣味ではないと、僕はそんな非常識なゾンビではないと……涙ながらに訴えた。
その甲斐あってかリリアは仕方ないねと呟きつつ、市場で買った安物の衣類をタナカに渡す。
受け取った衣類に袖を通すタナカを見つめながらリリアは呟いた。
「でも早く取り返さないと売られちゃうよ?」
なんてこったジーザスとタナカは頭を抱える。
『不死王のローブ』は一見普通のローブだが、よく見ると高級な素材で編まれていることがわかる。
市場やアイテムショップで売りさばけばそこそこの値段で売れてしまうだろう。
しかしタナカは悩んだ。
どうしたものかと……。
あの水色の髪の女性――名前はミーナ。
彼女は獣だった。
話など通じない。
「返してもらってもいいすかね?」なんて言えばまた市場通りを裸の王様で凱旋することになるだろうと……。
そんなタナカの葛藤を見抜いたのかリリアはやれやれといった様子でタナカに言った。
「私も一緒に謝ってあげるから」
タナカは満面の笑みでボンズ武具店に向かった。
ーー
「返してくださいだあッ?」
般若の様な形相でタナカにすごむミーナ。
あまりの迫力に「ヒイィ」と声を上げ、後ずさるタナカ。
そんなタナカを見かねてリリアが仲裁に入る。
「割ってしまったことは謝ります。でもあのローブはタナカにとって大切な物なんです。お金もかなりの金額を渡したはずです……それで手を打って貰えませんか?」
鬼の様な形相で睨んでくるミーナに物怖じすることなくリリアは告げた。
「金の問題じゃねえッ!」と怒鳴るミーナ。
それを聞き、ついうっかり「なら金返せよ……」と口を滑らせたタナカの顔面に蹴りが飛んできた。
タナカの左目が飛んでいきリリアの足元に落ちる。
リリアはそれをポケットに入れ保護していると店の奥から老人が現れた。
「もうよいじゃないかミーナ……」
もっさりとした白髪交じりの顎髭を蓄えた小さな老人が諫めるように呟く。
ドワーフという種族だ。
鼻息が荒くなるミーナをまあまあと落ち着かせている。
猛獣の調教師の様だとタナカは思う。
落ち着きは取り戻したものの返す気がないミーナ。
そんな4人のやり取りに割り込むように警鐘が響き渡った。
カラーン、カラーン
『トリュゴネスの一団が襲来! 繰り返します! トリュゴネスの一団が襲来! 至急手の空いているオリタナ自衛団と冒険者の方々は門前に集合してください!』
「またかの……」
老人は困ったように呟いた。
タナカ達がこれは何? といった顔をしていると老人は口を開いた。
「この街の近くにレリージア城跡という場所があるのじゃが、どうやらそこに公爵トリュゴネスが住み着いたらしくてのぉ、トリュゴネスの数が急速に増していっての、ここ数年は時折こういった様に街に襲撃を掛けてくるのじゃよ。最近は特に多くてのぉ……」
老人は頭が痛いのぉと説明し終える。
公爵トリュゴネスはトリュゴネス系の魔物を使役する支配者階級のモンスターだ。
群れの規模は使役しているトリュゴネスの中に何匹上位トリュゴネスがいるかで決まる。 タナカがゾンビーズで書かれていたフレーバーテキストを思い出していると老人が口を開いた。
「そうじゃミーナよ! お主確か公爵ドリュゴネスの指名依頼を受けて負ったよな?」
指名依頼とは冒険者ギルドに実力を認められた冒険者のみが受注できるクエストで、数あるクエストの中から冒険者が選ぶ通常のクエストとは逆でギルド側から冒険者に依頼される。
難易度も報酬も通常とは桁違いだ。
「あれなら断った。単騎じゃ無理だからな」
ミーナはめんどくさそうに吐き捨てる。
指名依頼を頼まれるってことは冒険者なのか?鍛冶師じゃないの?とタナカは疑問に思う。
そんなタナカにミーナは昔冒険者で、今はこの店の店長である老人に弟子入りしていることを老人はタナカに教える。
老人ことボンズは続けて話し出す
「ならこの旅の御仁達を同伴するのはどうじゃ?旅の御仁ならそれなりに戦闘経験もあるじゃろう。お主どうせ冒険者嫌いじゃから冒険者とパーティを組むのが嫌で断ったんじゃろ。ならこの御仁達にお主の指名依頼を手伝ってもらい、謝礼として御仁の物を返す……どうじゃ?」
……それならとミーナは折れた。
おお……願ったり叶ったりだ。
公爵トリュゴネスは単体では鬼熊以下の強さ。
それにトリュゴネスは雑魚だ。
不死王装備に身を包んだ僕の敵じゃないな……とタナカが考えているとミーナは告げた。
「よし、なら話は終わりだ今日は帰れ。明日の朝門前に集合だ」
……え?タナカは思った。
不死王のローブだけは先に返してくれないの?と。
「あのローブ結構分厚いんで鎧代わりになるんですよ返してくださいっ!」と迫るタナカにミーナは回し蹴りをお見舞いする。
「返したらお前ら逃げんだろッ! 返却は討伐が終わった後だ!」と言い放つミーナ。
タナカは絶望した顔で店を後にした。
ーー
……というわけで現在のタナカは鉄の剣と安物のローブを装備している。
攻撃力も防御力も素のタナカとなっていた。
ミーナが不死王の情報を知っているかもしれないので不死王の剣も装備できないでいた。
タナカは涙目になりながら心底恐怖していた。
(なんて怖いんだ……今までは装備がチートだったから命の危険なんてなかったのに。怖くて震えが止まらないよ)
この世界に来てタナカは常に奪う側でいた。
強すぎる装備の為、自身の命のやり取りではなく相手の命のやり取りにしかならなかった。
ゾンビへと転生したことで生き物を殺す忌避感はなかった。
まるで自分とは違う生物。
必要なら殺すし、不必要なら殺さない。
自分にとって必要のない命に対して無頓着になっていたが、自分が死ぬかもしれない状況になってタナカは思った。
自分と対峙してきた者は怖かったんじゃないかと……。
処刑台で自分を不愉快な目で見つめていた者達はこういう感情だったのではないかと……。
生前は平和な世界で命の危険など感じずに生きていた。
この世界に来てからもローブのみ装備していれば死ぬことはない。
鉄の剣で倒せない敵が出たら不死王の剣を使えばいい。
そんな生活の中で初めて自身の命の危機
――トリュゴネスと対峙した時、恐怖で泣き喚いた。
震えでうまく剣も扱えなかった。
トリュゴネスのLvは10前半、上位トリュゴネスはLv10後半だ。
タナカは曲がりなりにもLv20。普通に戦えば公爵トリュゴネスは兎も角、他はそこそこ倒せるはずなのだがあまりの恐怖にミーナにしがみ付くしかできないでいた。
城下町跡をミーナとリリアの頑張りで切り抜け、レリージア城跡へとタナカ達は入る。
「さてと、親玉はどこかな?」
広い石造りの空間に薄汚い赤絨毯が敷かれ中央の螺旋階段へと続いている。
半壊して所々穴が空いている天井から空が見える。
そんな空間に響くミーナの疑問につられ、タナカは気配感知を使った。
「この建物は3階建てですね。3階の大きな空間に7体の生物反応がありますね」
タナカは気配感知で得た情報をミーナに伝えた。
螺旋階段を登る最中にトリュゴネスが数十体、上位トリュゴネスが数体現れたが全てミーナとリリアが殲滅した。
途中何度かトリュゴネスに立ち向かおうと剣を向けるが、自分が感じている恐怖を相手も感じていると思うと体がこわばってしまった。
殺すのも殺されるのも怖い――タナカの中には恐怖しかなかった。
そんなタナカの前を歩き勇ましく敵を粉砕していくミーナとリリア。
リリアはここまでの旅路で戦う力があることを知っていた。
今までは自分がサポートしていたが今は自分が守られる側だ。
――頼もしい。小さなリリアを見てそう思うタナカ。
タナカは注視してミーナの実力の一旦も知っていた。
Lv56……この世界でかなりの数の冒険者を見てきたタナカだったが、こんなに高レベルな冒険者は見たことが無かった。
一体何者なんだ? とタナカは思うと同時に頼もしく思い、泣きついてしまったわけだが。
途中「やけにトリュゴネスの数が多いな……」とミーナが呟いていたがタナカの耳には届いていなかった。
タナカはただただ震えて二人についていくしかできなかった。
3階へ上がると大きな金属製の両扉が3人の視界に広がった。
ミーナが扉を開けようとすると、思いとどまったかのように開くのをやめ、タナカへと振り返る。そして口を開いた。
「おいゾンビ……お前童貞か?」
「きゅッ、急に何ですか!?」と動揺したように慌てふためくタナカ。
何故かリリアの顔が朱くなる。
何動揺してんだ?といった顔でタナカの顔を覗き込むミーナ。
暫くするとミーナは口を開いた。
「ちっげーよ。そういう意味じゃねえ……。人でも魔物でも何でもいいが命を奪ったことがあるか? って意味だ」
勘違いしてんじゃねーよっといった顔でタナカを見つめるミーナ。
タナカがしばらく黙った後、あります……と一言告げると、胡散臭そうなやつを見る目でミーナは口を開いた。
「まあ大したことじゃねーけど……戦場でためらってたら死んじまうぜ? 震えてても相手は待っちゃくれねーぞ。誰かが助けてくれるなんて思ってんじゃねーよ」
葉っぱを掛けたのだろうか? とタナカは思った。
どうでもいいけど震えが止まらないんで帰ってもいいですか? と言いたいタナカ。
そんなタナカを見てリリアはタナカの背中を擦りつつ優しく告げる。
「私はクリスタルティアで本当は死んでた。でもタナカが助けてくれた……だからタナカ。私が今度はタナカを守るよ!」
タナカは泣きそうになった。
震える自分を気遣う少女……なんだか情けない気持ちになる。
「じゃあ開けんぞ!」
ミーナがそういうとリリアは顔を引き締め、タナカは震えが大きくなった。
ギギギ
重そうな扉がミーナがゆっくりと開いていく。
するとそこにいたのは6体の公爵トリュゴネスと血に染まった紅い大ナタを携えし神々しい白色の体毛をもつ人狼――白王トリュゴネスが現れた。




