失われた不死王
ガラガラガラ――背の高い草に挟まれた道を馬車が進んでいく。
一見何の変哲もない馬車。
しかしよく見るとその馬車を引く馬は生気をまるで感じない。
所々皮膚がはげ白骨がむき出しになっている。
その手綱を引く眠たそうな目をした黒いローブの男が「ふぁ」と一つ欠伸をする。
すると金糸のような美しい髪の少女が男に後ろから抱きついた。
「街が見えてきたよッ!」
楽しそうに金髪の少女が男に話しかける。
男は少女を肩越しからチラリと見ると悪戯を思いついたようにニヤリと笑う。
男は手綱を大きく一振り。
馬車を引く馬は「ヒヒーン」と嘶き速度をあげる。
「ちょ、ちょっとタナカッ!!」
少女は慌てたようにそう言うと男にがっしりしがみ付いた。
楽しそうに騒ぐ二人を乗せ馬車は『鍛冶と芸術の街 オリタナ』へと向かうのであった……。
ーー
遡ること一か月前……
パチパチパチ焚火の音が夜空に響く。
クリスタルティアで一騒動起こしたタナカは悪魔族の少女と共にクリスタルティアからかなり離れた人気のない草原で野宿をしていた。
タナカは夜空を見上げながら反省していた。
エミルとミカリーナに何も告げずにクリスタルティアから離れてしまったことを。
ぼんやりと夜空を見上げるタナカに悪魔族の少女は言いづらそうに口を開いた。
「自力で村に帰れなくなった……」
「助けていただいてありがとうございます。この御恩は絶対に返します!」クリスタルティアから離れてひと段落着くと、口を開けばそう言う少女に「もういいって」と相槌を打つことに辟易していたタナカ。
……またかと思いつつ身構えていると意外な言葉がタナカの耳に届いた。
「リリア……帰れなくなったってどういうこと?」
タナカは訝しげに問い返す。
リリアとは悪魔族の少女の名前だ。
既にお互い自己紹介は済ませていた。
美しい紅眼に焚火の火を映しながらリリアは口を開く。
「『魔除けの鈴』を失くした……」
『魔除けの鈴』とはその名の通り、魔物が嫌がる音を発し、エンカウントを回避するアイテムだ。恐らくリリアは魔除けの鈴を使って人族の街までたどり着いたのだろうとタナカは推測する。
「だから帰れない……グスッ」
リリアは鼻声になりながら泣くのをこらえる。
処刑されかけたばかりだというのに強い子だ…とタナカは思う。
頭をポリポリ掻きながらタナカは口を開いた。
「僕が村まで送ってあげるよ」
断じて僕はロリコンではありませんと自分に言い訳しながらタナカはリリアに告げる。
「そこまでしてもらうわけには……」と遠慮するリリアに「乗り掛かった舟だし構わないよ」とタナカは気安く答える。
感極まってしまったのか泣きそうになっているリリアにタナカは口を開いた。
「今日は色々疲れただろう? もうお休み」
気遣うように優しく告げるタナカ。
リリアは安心したのかウトウトしだした。
しかし一向に眠ろうとしない。
頑なに寝るのを拒んでいるようだった。
タナカはリリアに「寝ないのかい?」と問いかける。
「男は皆、狼だってお母さんが言ってた……」
なんてこったジーザス……サキュバスってそんな貞操観念だっけ? とタナカは驚く。
確かにリリアは美少女だ。
悪魔族を嫌う人族は多いようだがそれでも襲いたくなってしまう程の可愛さだ。
しかしタナカを見くびらないで欲しい紳士タナカだ…とタナカは自分に言い聞かせつつ、コンソールを開く。
「……進化できるな」
「進化?」とリリアは首をかしげる。
タナカは『ゾンビーズ』時代を思い出す……
ゾンビーズはプレイヤーがゾンビというMMORPGだ。
当然経験値を積んでいくにつれレベルがあがる。
Lv20、Lv40……Lv100と20の倍数ずつで進化が解放されていく。
ただしレベルだけでは進化することができない。
進化先ごとに進化条件の達成が必要だ。
例えば村人ゾンビから戦士ゾンビに進化したいなら、村人ゾンビをLv20にし、魔物を100体討伐するという進化条件を満たすことで進化可能となる。
死者の森から処刑台での戦いを経てタナカのLvは20レベルになっていた。
タナカはアイテムストレージから馬の死体を取り出す。
馬刺しでも食いたいなと思ってエミルと一緒に馬小屋に繋がれていた馬を捕獲した時の戦利品だ。
――そして馬の死体に『不死王の杭』を突き刺した。
馬は「ヒヒーン」と嘶き、ゆっくりと立ち上がる。
コンソールの進化情報覧には眷属を一体用意と書いてあったのでこれで準備完了だろうとタナカは思う。
タナカの思惑通りコンソールには進化可能というタッチボタンが現れた。
タナカはボタンをタッチする。
するとタナカと馬ゾンビを包み込むように黒いモヤが現れた。
……黒いモヤが晴れるとそこには馬ゾンビにホロ付きの馬車が繋がれていた。(下記は不死王装備無しの状態)
ーー
馬車ゾンビ”タナカ” Lv20
ーステータスー
HP 103/103
MP 進化したところでお前の価値は変わらない
攻撃力 56
防御力 53
素早さ 48
知力 アウストラロピテクス
精神力 ガラス細工
ープロフィールー
死因:車に轢かれて死亡(笑)
前世:金に卑しい庶民
性歴:童貞……草
所持金:1503564エーン
スキル:手綱を引く
魔法:何度も言わせるな……。
称号:学ぶ猿、社会のクズ
ーー
「リリア……僕は狼じゃないけどこの馬車の中でお休み。僕は外にいるから。ゾンビだから睡眠は必要ないんだ。周囲の魔物でも警戒しながら警備しておくよ」
タナカはリリアにそう告げ馬車の近くに座り込むと、リリアが近づいてきた。
「タナカの膝借りてもいい?」
リリアは少し頬を染めながら恥ずかしそうに言う。
悪いんだけど取り外し不可なんだ……とタナカが考えているとリリアはタナカの膝に頭を滑り込ませた。
「タナカは信用できる人……だからここがいい」
リリアはそう告げるとスヤスヤと寝息を立て始めた。
試されていたのか……とタナカは気づく。
賢い子だなと思いながらタナカはリリアの髪を撫でた。
その後タナカ達はすれ違った行商人や旅人から、魔族の領土の近くに「鍛冶と芸術の街 オリタナ」という悪魔族や魔族の往来がある街があるという情報を手に入れ、物資の補給に立ち寄ることにしたのだった。
ーー
―オリタナの酒場「芸術酒豪」―
タナカはオリタナに入り宿を取った後、リリアとは別行動をとることにした。
下着など色々と欲しいものがあるだろうと考えての別行動だ。
リリアと別れてタナカが最初に向かったのは酒場だった。
リリアを送り届ける為に通らなければならないエリアがある。
そのエリアがなかなか過酷なエリアなので不死王の装備がある自分はともかくリリアが心配だったため装備を整えさせたいと考えたためだ。
いい武器屋の情報は酒場に転がっている。
タナカは「ゾンビーズ」時代のテンプレに沿い酒場に足を運んだのだった。
ダンディなマスターがコップを拭いてるバーカウンターに腰を掛けるタナカ。
一つ席をあけてグラマラスな女性が座っていた。
あの女性にいい武器屋を教えてもらおう。
タナカはそう考えマスターにカクテルを注文した。
「マスターこの店のおすすめを二つ……」
自分では渋いと思っているニヤケ顔でマスターに告げるタナカ。
マスターはシャカシャカとカクテルシェーカーを振り水色のお洒落なカクテルを二つカクテルグラスに注ぎ、タナカに差し出した。
「そこの美しいお嬢さん……良ければこれを……」
タナカはにやけ顔を強めつつ、カクテルグラスを一つ掴み、バーカウンターの上を滑らせた。
ガチャッパリンッ
滑り過ぎた。
「……キモッ」
グラマラスな女性はそうタナカに言い放ち去っていた。
――訪れる静寂。
静寂を打ち破るかのようにマスターがタナカが割ったグラスを片付けながら口を開いた。
「旅のお方ですかな?」
「そうなんですよ」――死んだ魚の様な眼でタナカは答える。
ついでにいい武器屋を探していることをマスターに伝えた。
「繁華街を抜けた先にボンズ武具店というこじんまりした店があります。その店はなかなかの逸品が揃っているようです。何でも店の店主が弟子に取った子が凄腕の天才鍛冶師だとか……特にこだわりの店がないようでしたらそこに行くのがよろしいかと」
凄腕の天才鍛冶師か、気になるなとタナカは思いつつ、マスターに勘定を頼む。
するとマスターからドール金貨2枚を請求された。
「グラス代ですよ……」というマスター。
ぼったくられていることがわかりつつもタナカは支払った。
支払いを終え立ち去ろうとするとマスターが口を開く。
「旅のお方……クリスタルティアの方から来た行商人に聞いたんのすが、何でも不死王が復活したみたいですよ。気味の悪い仮面を被り、趣味の悪い漆黒の剣を携えてるんだとか…。旅をするならお気をつけて……」
「気味の悪い……か」と呟きつつ礼を言い、立ち去るタナカ。
彼の背中はすすけていた。
ーー
まだ日中ということもあるのだろう、物静かな繁華街を難しい顔をしながらタナカは歩いていた。
(あのマスター、僕の評判だけじゃなく風貌まで知っていたな)
(ここはクリスタルティアからかなり離れた街なのに……)
(この街に僕の情報が伝わっているということはかなり情報が拡散されてるのだろうなー)
(僕は不死王じゃないのに……。今後むやみに不死王の剣を携えるのは危険だな。)
(風貌が広まっているなら勘づく奴もいるだろうし……ふーむ)
(よし、ここぞという時以外は不死王の剣を制約しておこう)
――タナカはそう考えると、『不死王の杭』と『不死王の剣』をアイテムストレージにしまい、鉄の剣を携える。
(タナトスとうっかり名乗ってしまったがあれも言ったら僕だからな……僕は英雄を目指す身)
(タナトスが不死王というレッテルはまずいな)
(……そうだ!うまく英雄っぽくなれるタイミングでタナトスで登場、そしてピンチを救うみたいな感じのことを繰り返していけば、いずれタナトスは英雄だってなるんじゃないのか……それでいこう!!)
――そんなことを考えているといつの間にか繁華街を抜け、こじんまりした武器屋が見えてきた。
くすんだオレンジ色の屋根に日の光に焼かれた木目の壁。
ドアの上に付いている看板が斜めに曲がっている。
こんな子汚いところに天才鍛冶師がいるのか…?とタナカは思う。
「まあとりあえず入ってみるか……」と呟きながらタナカはドアを押して中へ入った。
ギギギィー
軋むドアに悲しい気持ちにさせられながらタナカは店を見渡す。
すると汚い店の割に中々の逸品が展示されていることに気づいた。
「『水魚の剣』に『砂狼の腕輪』かー。中々いいじゃないか。店の外装が綺麗なら言うことないんだけど……」
内装は外装に比べ綺麗に整理整頓されていた。
『水魚の剣』とは水魔法を操る魚の鱗を鍛え上げ加工した剣で通常攻撃に水属性が付加される魔剣だ。 『砂狼の腕輪』は砂魔法を操る狼の魔核を、魔力が宿る砂狼の歯を鍛えた腕輪にはめ込み作る。
どちらも魔鍛冶という鍛冶スキルを所有している鍛冶師でないと作れない逸品だ。
魔鍛冶はLv50以上でないと使えないスキルの為作った者の強さも窺える。
タナカが掘り出し物を探していると気になる物がタナカの目に飛び込んできた。
タナカはそれを注視する。
ーー
壺:何の変哲もない壺……ただし中身は……
ーー
タナカの視界に表示される説明文。
タナカは感じていた、この世界に来た時と同じくらいの興奮を……。
「割ってみよう」――そう誰かがタナカの心に囁いているような気がした。
緊張で震える手。
ついにあれが…憧れのあれが僕の目の前に……とタナカの心をはやし立てる。
パリーンッ
飛び散る茶色い破片。
砕け散った壺からは何も現れなかった。
湧き上がる無情。
でもいいんだやってやった
――そう思った時、頭の中にピコーンという音が鳴り響き目の前に文字が表示された。
称号 チンパンジー を獲得しました。
ーー
チンパンジー:壺を見たら割るのは器物破損だ。一応言っておくが壺を割って仮に中身があったとしてもそれはお前の物ではない。壺の持ち主の物だ。そんなこともわからないお前は人間じゃない。割られる人の気持ちを考えよう。割られる人の為に中身があるかないか事前にわかるようにしておいてやる(怒)
効果:気配感知
ーー
なんだか悲しい気持ちになり、この破片どうしようかとタナカが考えていると不意に声がかかった。
「おい、兄ちゃん何やってんだ?」
タナカはビクッとして振り返るとそこには水色の髪のロングストレートの女が立っていた。
キッとした目つきに青い眼のクール系美女だ。
黒ずんだ手袋を嵌め、その手袋で拭ったのだろうか、頬には黒い炭がくっついている。
「すいません、ちょっと不注意でぶつかって割ってしまいました……」
堂々と嘘をつくタナカ。
すると……
「へー、不注意か……やってやったぜ! って言いながらねー」
心の声が出ちまったのかと顔が引きつるタナカ。
動揺したタナカを見て火がついてしまったのかノシノシと青髪の女がタナカに近づいてくる。
そして……
「あちゃー、それ名匠がつくった最高級の壺なんだよなー、弁償してもらわねえとなー、きっちりとよぉ……」
棒読みとはこのことだろうと言える立派な棒読みで女は言う。
何の変哲もないただの壺って知ってるんだぞッ!とタナカは心の中で叫ぶ。
そんなタナカを見つめ女は続ける。
「お前貧乏そうだなぁ……お、中々いい服着てるじゃねーかそれちょっと見せてみろよ」
女はそう言いつつタナカから『不死王のローブ』を剥ぎ取る。
追い剥ぎされるタナカ。
女はさらに続ける。
「お、中々いい靴履いてるじゃねーかちょっと見せろよ」
不死王のローブはともかく靴は安物だ。
こいつまさか……とタナカの危機察知センサーが警鐘を鳴らす。
その後、肌着、靴下、手袋…とはぎ取られ、そして指をバキバキ鳴らしながら鬼の形相で女がタナカに迫る。
「楽しい事しようぜ……?」
タナカは引きつった顔で思った
――これ絶対楽しくないヤツだ!!
ーー
夕暮れに紅く照らされる市場通り。
その日はいつも以上に市場はざわついていた。
ガヤガヤ、ザワザワ
「あいつ、マジかよ……」
道行く冒険者だろうか、強大な魔物にでもあったかのように驚愕に目を見開いている。
「正気か……? 漢だな……尊敬するぜ……」
仕事終わりの大工だろうか。
まるで名匠と謳われるような名大工にあったかのように尊敬の念を浮かべている。
「ママー、なんであの人……」
「ダメですッ!! 見ちゃいけません!!」
余程禍々しい何かのなのだろう夕飯の材料でも買いに来たであろう親子は目を背けてしまっている。
それは忽然と現れ、人々の注目をさらっていた。
一言でいうなら傍若無人。
怖れを知らぬ若き獅子。
最早失うものが無いのだろう。
堂々と歩く様は見事という他無いと言える。
それは市場通りで赤いリンゴの様な果実を買っていた金髪の美しい少女を見つけると、全力で走りだした。
それが走ると禍々しい何かが大きく揺れ動き、道行く者の顔は驚愕に見開かれていく。
それは少女の前で止まると、何かを悟ったような何の邪気も感じさせない顔で口を開いた。
「リリア、聞いてくれ服を買いたいんだ。お金を貸してくれないか?」
リリアと呼ばれた少女は全裸のそれからそっと目を反らし、人込みへと消えていった。
……この日タナカは『不死王のローブ』と『信頼』を失った。




