【24】
最終話!
皇帝の別邸から帰ってきたヒルトラウトとギルベルトは、毎日のように一緒に出掛けた。毎日のように、と言っても六日間だけだけど。
明日には帰領することになるギルベルトに、ヒルトラウトは尋ねた。
「お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「仕事が終わったから、帰ることになったんだな」
まあ、それはそうだろうが。ちょっと踏み込み過ぎただろうか。ギルベルトがヒルトラウトを見降ろして頬を緩める。
「君を口説けたからな」
「……」
ぎゅっと唇を引き結んだヒルトラウトは、赤くなってうつむいた。そんな彼女をギルベルトがいとおしげに眺めた。周囲の来館者たちは、そんな二人を見て微笑ましげな表情になった。
二人は今、美術館に来ていた。遠乗りに出かける案も出たが、あまり遠くまで行っている時間はないし、ルートヴィヒに却下された。ヒルトラウトもギルベルトも、強引に出て彼の怒りを買うつもりはない。
有名な画家が描いた皇帝の戴冠式の絵を眺めていると、ギルベルトが言った。
「帰る前に、少しカフェに寄らないか。トルテがおいしい店があるらしくてな」
ヒルトラウトは驚いてギルベルトを見上げた。
「誰に教えてもらったんですか」
「……私も君を喜ばせるためなら、調査くらいする」
と言うギルベルトのまじめな返答に、ヒルトラウトは再び赤面した。これを彼はわざと言っているわけではなく、まじめに言っているので始末に負えない。
「……すみません」
ギルベルトの言ったカフェが美術館から近いと言うことで、二人は歩いていくことにした。その途中でのヒルトラウトの言葉である。彼女らしからぬ殊勝な言葉に、ギルベルトは少し不審気だ。
「どうした?」
「あ、いえ……私、生意気だし、可愛げがなくて」
自分でもわかっているのだ。今更性格を変えるのは難しいが。
「いや、私もはっきり言ってくれた方がいい。察しろ、と言うのはちょっと難しいからな……」
「……」
でしょうね、という同意はさすがに飲みこんだ。だが、ギルベルトがちょっと鈍いのは事実だ。ヒルトラウトも人のことは言えないけど。
だから、この二人はそれでいいのだ。はっきりものを言いあって、伝えなければ通じないから。
「それに、何度も言っているが、ヒルトは可愛い」
やっぱりはっきりと言われて、ヒルトラウトは息をつめたが、今回はそこで終わらなかった。はっきり言わないと、通じない。
「……ありがとう、ございます。その、ギルベルト様も素敵です」
はにかみながら言うと、ギルベルトが一瞬目を見開き、それから息を吐いた。
「……なるほど。自分が言われてみると、気恥ずかしいものだな」
「格好いいです」
さらにヒルトラウトは言った。普段のお返しではないが、何となくからかいたくなるのがヒルトラウトだ。そして、いつも兄には突っ込まれる。
「ありがとう。だが、あまり言わないでくれると助かる……」
と顔をそむけたギルベルトの耳元が赤くなっているのを見て、ヒルトラウトはさすがにやめた。
やってきたのは、最近はやっていると言うカフェだった。おいしいお菓子を出すと言うことで、ヒルトラウトも噂くらいは聞いている。
割と真剣にクーヘンを選んでいると、声がかかった。
「お姉様!?」
「……あら、エリー」
応えるまでに少し間が開いたのは、ヒルトラウトがゆっくりと顔をあげたからだ。ギルベルトがヒルトラウトを見下ろす。
「知り合いか?」
「妹のエルネスティーネです。で、そっちが妹の夫のカミルです」
カミルの扱が微妙に雑であるが、さすがに無罪放免に出来るほどヒルトラウトの心は広くないのだ。
「なるほど。ギルベルト・アイスナーだ。君のお姉さんにはいつもお世話になっている。よろしく、フラウ・エルネスティーネ」
「あ、はい。姉がお世話になっております」
やや自由人な嫌いのあるエルネスティーネだが、一応、貴族令嬢としての教育は受けているのでこれくらいのことは言える。むしろ、何故彼女がこうなったのか謎だ。
……と、ヒルトラウトも兄や両親に思われているのだが、自分のことはよくわからないものである。
ギルベルトはカミルにも名乗った。カミルは気圧されたように震える声で名乗り返していたが。その様子を見て、ヒルトラウトがふっと笑う。
「……お姉様、何気にサディストよね」
「何言ってるのかしら、この子は」
眉をひそめたヒルトラウトに、エルネスティーネは身を寄せてささやいた。
「あたしが言えることじゃないけど、お幸せにね」
「……あんたも、仲よくするのよ」
すでに、カミルが尻に敷かれているのが見えているけど。くすくす笑った姉妹に、男性陣が怪訝な表情をした。
「エリーたちも食べていくの?」
「ううん。持ち帰ろうと思って。お二人はごゆっくり~」
エルネスティーネがひらひらと手を振って、ノイエンドルフの若夫婦は本当にお土産を手にして帰っていった。
「……嵐のようだな」
「私も兄を振り回している自覚はあるんですけど、妹はその私も振り回すんですよね」
「自覚があるんだな、君も」
やはりいろいろとひどいやり取りだ。ヒルトラウトはフォークで果物のコンポートをつつく。
「あまり似ていないな」
「ああ、良く言われます」
可愛らしいエルネスティーネと並んでいると、ヒルトラウトはちょっときつそうに見えるらしい。彼女も不美人ではないが、比べる対象が悪い。と、最近は思うようにしている。
ちなみに、ヒルトラウトとルートヴィヒは割と似ている、と言われることが多い。尤も、兄の方が美人だが。
トルテを食べ終えたヒルトラウトはコーヒーを一口飲み、やはり失礼なことを言った。
「……自意識過剰ですけど、ギルベルト様、エリーとカミルに怒るかと思いました」
「ああ……そうだな。だが、あの二人が好きあったから、私は今ヒルトとともに居られるのだと思うと、むしろ感謝したいくらいだ」
「……そう言う考え方もあるんですね」
ちょっと感心した。
ヒルトラウトはヴァイデンライヒ侯爵家まで送ってもらった。
「明日は早くに出るから、見送りには来なくていい」
「はあ。では、お言葉に甘えて」
と言うことは、これが最後になるのか。次に会うのは、来年の社交シーズンになるだろうか。そう思うと、少し寂しい。ヒルトラウトは馬車を降りるときにとったギルベルトの手をぎゅっと握った。
「どうかしたか」
ギルベルトがヒルトラウトに尋ねた。彼女は自分の行動にビックリして目を見開いた後、もごもごと言った。
「いえ……ちょっと、寂しいなって」
「……そうだな、私もだ」
自分の頬を撫でるギルベルトを見上げ、ヒルトラウトは彼女にしては珍しい、可愛らしいおねだりをした。
「あの、だ、抱きしめてもらえませんか……」
すぐさまギルベルトがヒルトラウトを抱きしめた。彼女も彼の服の背中をつかんだ。
しばらくそうしていたが、ギルベルトの腕が緩んでヒルトラウトは名残惜しく離れる。そして自然な動作でギルベルトはヒルトラウトの頬に手を当てて上向かせ、その唇に自分の唇を重ねた。不意打ちにヒルトラウトは硬直した。
「手紙を書く。返事をくれるとうれしいな」
「あ……はい」
ギルベルトは微笑み、今度は彼女の頬にキスすると馬車に乗りこんだ。それを見送ったヒルトラウトは、両手で口元を覆った。その淡い紫の瞳が潤んでいた。
兄が見ていたら、一発くらい殴っておけばよかったか、ぐらいは言ったかもしれないが、兄はまだ宮殿だ。
ひとしきり悶えて落ち着いたヒルトラウトは、手紙に何を書こうか、もうそんなことを考えながら屋敷に戻った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
これで、『あなたが語る真実とは?』は完結になります。
タイトル詐欺だわ、辺境伯は前半影は薄いわ途中で話が迷走するわ、なかなかの出来だったと思います(笑)
最後までお付き合いくださった方、ありがとうございました!




