表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/41

【22】









 馬に乗り、狩りに参加したヒルトラウトはひとまず、先ほどのことは忘れることにした。馬に乗るのは好きだ。風が気持ちいい。

 離れたところで銃声が響いた。誰かが獲物をしとめたのだろうか。この狩りはスポーツなので、それなりに戦果があるように設定されてはいるだろうが。


「そう言えば、ねえ。コルネリアは?」


 ヒルトラウトが側にいたギーゼラに尋ねた。彼女はやや乗馬が危なっかしいが、何とかついてきている。

 口のきけないギーゼラは、ことん、と首をかしげたが、すぐに銃声のした方を指さした。しばらく察せなかったヒルトラウトだが、「ああ」と納得した声をあげた。

「陛下と一緒なのね」

「……ん」

 ギーゼラがこくりとうなずいた。出発前に何かしらがあったようだ。ヒルトラウトはヘレナたちと一緒にいたので、気づかなかったが。


「なるほど。自分とかかわりがないと、こういうのは面白いものね」


 ヒルトラウトが納得したようにうなずいた。コルネリアやマルガレーテが、ヒルトラウトやギーゼラのことを散々面白がってくれたが、自分には影響がほとんどないから面白かったのだろう。ギーゼラの場合は、ヒルトラウトにも関係があった。しかし、コルネリアに関してはヒルトラウトも関係がない。離れてにやにや見守っていられる。たぶん、そう言うこと。


 ただ、十六歳の割に頭がよく、食えないところのあるヴォルフラム皇帝がどこまで本気かは、ヒルトラウトたちには量れないところがある。


 ヒルトラウトたちがいるチームでも、狐を見つけてルートヴィヒが銃を構えた。撃つ。

「……当たらないわねぇ」

 ヒルトラウトがのんびりと言った。あまりまじめにやる気のない彼女らであった。もっとも、ルートヴィヒに関しては本気だったが、本気でやって当たらなかっただけである。

「……ま、まあ、俺は文官だから」

 とルートヴィヒが肩を落とした。ヒルトラウトと同じく護身術くらいは習っているが、彼の本質は文官なのである。なので仕方がないのだが、ギーゼラがくすくすと笑ってしまったことがちょっと気にかかるようだ。たぶん、彼女はヴァイデンライヒの兄妹のやり取りに笑っているのだと思うのだが。

 続いて発見したウサギは仕留めることができた。キツネよりも小さな標的であるウサギを撃ったのは、ギルベルトだった。誰がチームを決めたのか、彼はヒルトラウトたちと同じチームだった。まあ、決めたのは皇帝陛下とか、そのあたりだろうけど。


「さすがに、お上手ですね」


 ルートヴィヒが心なしかうらやましそうだ。ギルベルトはいつも通りのテンションで、「一応、国境を任されているからな」と答えた。ヒルトラウト派と言うと、自分が乗る栗毛の馬の鬣を撫でながら言った。


「国境を任される辺境伯にとって必要なのは、個人の武勇ではなく、兵士をまとめる力と、隣国と互角に渡り合う交渉力なのでは?」

「……部下に欲しいほどの思考力だな、ヒルト」

「似たようなことを、エルシェ様にも言われた気がします」


 おおよそ、友人よりも恋人に近い二人の会話ではないが、二人がいいならいいか、と思うルートヴィヒであった。藪蛇はごめんである。

 狩りが終わり、別邸に戻る。今日仕留めた動物の肉はまだ硬いので、さすがに晩餐に出ることはなかった。


 晩餐を終えたヒルトラウトは、声をかけられた。


「フロイライン・ヒルトラウト」


 声をかけてきた人物を見たヒルトラウトであるが、彼女は一人ではなかった。ギルベルトが一緒だったのである。ギルベルトを見て、声をかけてきた人物……エルツベルガー侯爵家のアロイスは少したじろいだように見えた。


「な」


 口を開こうとしたヒルトラウトを押しとどめたのはギルベルトだった。肩に手を置かれただけであるが、静かに、という意図は伝わった。

「彼女に何か用でも?」

 静かな、落ち着いた声でギルベルトが尋ねた。二十歳そこそこの青年には、落ち着いた大人の男に見えただろう。

「ああ、いえ……挨拶をしようかと思いまして。ああ、私はアロイス・エルツベルガーと申します。失礼ですが、あなたは?」

 ヒルトラウトは感心した。初めて会う年上の男性に、一瞬たじろいだとはいえここまですぐに姿勢を正せるとは。そう思いながらも、ヒルトラウトは隠れるようにギルベルトの服の裾をつかんでいる。

「ギルベルト・マルクス・アイスナーだ。よろしく、アロイス」

「こちらこそ、アイスナー辺境伯と言葉を交わせるとは、光栄です」

 取り繕えるのはさすがだ。ヒルトラウトはアロイスを見て、続いてギルベルトを見上げた。どうする気なのだろう。おやすみなさい、で別れればいいだけの話ではあるが。


「失礼を承知でお聞きするのですが、あー……お二人は、恋人同士なのですか」


 その答えはヒルトラウトによるのだ。ギルベルトは彼女を口説いているのだし、君は、とも聞かれた。ギルベルトがちらりとヒルトラウトを見る。

 ヒルトラウトは頬を赤らめると、こくっと一つうなずいた。アロイスの問いを肯定したのだ。告白する前に失恋したアロイスは「そうですか……」とうなだれた。

「失礼をしました。お二人とも、おやすみなさい」

「ああ、お休み」

 ギルベルトがヒルトラウトの肩を押して足を進めさせる。彼女が与えられた部屋の前まで来たとき、ギルベルトが尋ねた。


「良かったのか?」

「……ギルベルト様こそ、良かったんですか」


 私なんかで、とは口にしなかったが、彼女の心の中では続いていた。

「先に愛していると言ったのは私だ」

「……私も、ギルベルト様のことが好き……です。その、こんな気持ちは初めてで」

 ヒルトラウトはギルベルトの服をつかんだまま言った。しわになっているだろうが、放す気にはなれなかった。

 最近多い表情ではあるが、ヒルトラウトの赤らんだ頬と潤んだ瞳を覗き込み、その頬にキスをした。それからギルベルトはヒルトラウトを抱きしめた。

「ありがとう。とてもうれしい」

 そう言った後に、彼はこう続けた。

「正直、彼の方が君とお似合いに見えた」

 そう言われて、ヒルトラウトは少しむくれる。

「どうせ私はギルベルト様に見合わない小娘ですよ」

「ああ、違う。そうじゃない」

 ギルベルトは少しあわてたように言い募る。彼女の頬にもう一度口づけてから言った。

「彼の方が若く、利発そうで、君にふさわしいように思えた」

「見ただけでそこまでわかります?」

「わからないな。つまり、ただの嫉妬だ。私の」

「……」

 きっぱりと言われ、ヒルトラウトは動揺した。口を開く代わりに、彼女はギルベルトの肩に額を押し付けた。


 ギルベルトにとっても、ここまでの思いは新鮮だった。彼はかつて妻をめとったが、彼女に対する思いと、ヒルトラウトに対する思いは少し違う気がする。

 ギルベルトを好きだと言ってくれる彼女は、ともに辺境のアイスナー辺境伯領へ来てくれるだろうか。

「……ひとまず、お休み、ヒルト」

「あ、はい。おやすみなさい」

 ヒルトラウトがうなずいたのを確認し、ギルベルトは彼女を離す。離れようとしたギルベルトを、ヒルトラウトは手を引いて引き留めた。肩に手を置いて背伸びをする。ヒルトラウトは女性として平均的な身長であるが、ギルベルトは男性の中でも長身の部類に入る。

 ヒルトラウトはかすめるように彼の頬に口づけると、反応を確かめる前に部屋に入った。扉に背を向けてその場にしゃがみ込む。


「……ヒルトラウトお嬢様?」


 部屋の中にいたこの別邸のメイドが不審げな表情をするが、ヒルトラウトはなかなか顔を上げなかった。やってしまった……。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


あと2話。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ