【21】
来た。来てしまった。乗馬は好きなので構わないが、場違い感があるのは否めない。
ここは皇家の直轄地の別荘だ。ヒルトラウトは、ギルベルトに誘われ皇家の別荘で開かれる狩りに参加していた。狩り自体は翌日なので、今日は到着しただけだが。女性の参加者も何人かいるようで少し安心したヒルトラウトである。
「正直、来てくれるとは思わなかったんだが……」
空いた時間、庭の散策に出たヒルトラウトとギルベルトである。さすがは皇家。別荘と言えども庭が立派である。
別の方向を見ていたヒルトラウトは顔を引き戻し、ギルベルトを見上げた。
「と言うことは、狩りの主催について何も言わなかったのは、期待度の低さゆえですか」
「いや、それは単純に忘れていた。すまない」
「……そうですか」
いや、別にいいのだが、ギルベルトは変わっていると言うより、少し天然が入っているのではないかと思うヒルトラウトだった。
先ほどからヒルトラウトだけでなく、ギルベルトも気にしているものがある。遠目にヴォルフラム皇帝陛下が見えていた。捕まっているのはコルネリアとルートヴィヒ。ギーゼラは巻き込まれ事故に遭っているが、いつも通りきょとんと微笑んでいる。護衛なのだろうか、シュヴェンクフェルト公爵エーベルハルトの姿も見える。
「……君は行かなくてもいいのか」
「ギルベルト様こそ」
そう言って二人はお互いを見やる。それから、二人同時に微笑んだ。
「変に邪魔をすると、空気を読めと怒られそうだからな」
「私も藪蛇はごめんです」
一応空気は読めるのだな、とヒルトラウトは少し感心した。言わないが、ヒルトラウト、結構ひどい。
だが、言わなければばれないので、ギルベルトは穏やかにヒルトラウトに提案した。
「少し庭を歩いて、図書室を見に行かないか。各国の本が置かれているそうだ」
「……いいですね」
口説いている女性を誘う場所ではない気がするが、ヒルトラウトも娯楽室などに行くよりは、本を読んでいる方がずっといい。
「ああ、それと」
歩き出してすぐ、ギルベルトが口を開いて、もはや自然に手をつないだヒルトラウトを見て言った。
「すぐにでなくていいから、君が私をどう思っているか。聞かせてほしいものだ」
「……」
ヒルトラウトはギクッとして顔を俯けた。公園に一緒に出掛けた時、結局はぐらかすことになってしまった。ギルベルトははっきりとヒルトラウトを「好きだ」と言ったが、ついに彼女は何も言わなかった。
「行こうか」
「……はい」
この別荘に滞在中に、答えることができるだろうか。もうすぐ社交シーズンは終わり、ギルベルトは領地に帰ってしまう。そうすれば、頻繁には会えなくなる。手紙のやり取りくらいはできるだろうが、物理的な距離があるのはやはりさみしいと思う。
ギルベルトもせかさなかったし、ヒルトラウトも即答する必要はないと思っていた。しかし、翌日の狩り本番の日、思いがけないことが起こった。
「ヒルト。お久しぶりね」
「ああ、ヘレナも来ていたのね。お久しぶり」
かつてのクラウスヴェイク大公の侍女仲間に遭遇し、ヒルトラウトは微笑んだ。エルツベルガー侯爵の令嬢であるヘレナはまじめそうな女性で、実際真面目だ。現在二十一歳で、行き遅れに足を突っ込んでいることを気にしている。
彼女は一人ではなかった。二十歳前後の男性が一緒だった。顔立ちが似ているので、兄か弟だろうか。
「ヒルト、彼は私の弟でアロイスよ。アロイス、彼女がヴァイデンライヒ侯爵家のヒルトラウト」
「初めまして、アロイス様。ヒルトラウト・アマーリア・フォン・ヴァイデンライヒです」
ひとまず、ヒルトラウトは微笑んでヘレナの弟アロイスにあいさつした。ヒルトラウトも、伊達に完璧な淑女と言われたわけではない。
「初めまして。ヘレナの弟で、アロイスと申します。どうぞお見知りおきを」
「ええ。よろしくお願いします」
ニコリ、と笑ったヒルトラウトは、珍しく一人だった。現在、出発の準備中で馬を待っているのである。
ヒルトラウトを見て、アロイスも相好を崩した。
「やはり、可愛らしいお方ですね。社交辞令の笑みではなく、心からの笑みを見てみたいものですが」
「まあ。ありがとうございます」
驚かなかった、と言ったら嘘になるが、それは押し隠し、ヒルトラウトはやはり社交辞令で返した。アロイスの隣で、ヘレナが微妙な表情をしている。
しばらくして、アロイスは友人らしき男性に呼ばれていった。去り際に彼はヒルトラウトの手を取った。
「またお話にお付き合いいただければ幸いです。では」
そう言うと彼はヒルトラウトの手に口づけてヘレナにも声をかけて友人の元へ向かっていった。二人になったところで、ヘレナがヒルトラウトの方を見た。
「なんか……ごめんなさいね。アロイス、あなたに一目ぼれしたらしくって」
「何それ本気?」
「本気よ」
ヘレナがため息をついた。
「笑った顔が可愛かったんですって」
「……」
最近、誰かにも言われた言葉だった。複雑そうな表情になったヒルトラウトを見て、ヘレナが尋ねた。
「と言うかあなた、アイスナー辺境伯とお付き合いしていると聞いたのだけど?」
「は? いや……っていうか、誰に聞いだの?」
思いっきり動揺しています、というそぶりでヒルトラウトが尋ねると、ヘレナはこともなげに「コルネリア」と答えた。
「まあ、あの子のことだから少し誇張があるにしても、お互い憎からず思っているのでしょ」
「う……っ」
ヒルトラウトが図星をさされて熱くなった頬を押さえた。きっと、赤くなっているに違いない。ヘレナが再びため息をつく。
「その様子じゃ、アロイスに付け入るすきはなさそうね」
「うう……っ」
ヒルトラウトが体を折り曲げるようにして恥ずかしさに耐える。ちょうどそこに、ギルベルトがヒルトラウトを探しに来た。
「ヒルト……と、君はヘレナだったか」
「お察しの通り、選帝侯会議の折、クラウスヴェイク大公の侍女をしておりました、ヘレナ・エルツベルガーですわ」
「そうだったな。アイスナー辺境伯ギルベルトだ。……すまないがヘレナ。ヒルトはどうしたんだ?」
「何でもありません」
ばっと顔をあげたヒルトラウトは即座にはぐらかしたが、そもそも頬が上気し、瞳が潤んでいる。説得力はなかった。ヘレナが呆れる。
「あなた、まさしく恋する乙女ね」
同性の自分でもぐっとくる。弟が一目ぼれするのもわかる。と、ヘレナは続けた。ギルベルトが怪訝な表情になる。
「一目ぼれ?」
「はい。私の弟が、ヒルトに一目ぼれしたようで」
「……あなたの弟君、私の噂を知らないのかしら……」
今度はヒルトラウトがため息をついた。ヘレナは「知らないかもしれないわね」と答える。
「去年まで、弟は大学にいたのよ」
ヒルトラウトとエルネスティーネとカミルの事件があったのは、去年の社交シーズンの後半だ。終わりかけ、と言ってもいい。そのころには、アロイスは既に大学に戻っていたようだ。
「……そうか」
ギルベルトがさりげなくもなく、ヒルトラウトを抱き寄せた。ただでさえ赤いヒルトラウトの顔がさらに赤くなる。ヘレナはそれを冷静に見つめ、
「結局、お二人はお付き合いされているのかしら」
と、結局結論の出ていないことを尋ねてきた。ギルベルトはヒルトラウトを見下ろす。
「それはヒルトしだいだな」
こちらに振らないでほしい。今は混乱していて、冷静な判断ができそうにない。これをエルネスティーネなどが聞いたら、「それは勢いで言っていいところよ!」などと言うだろう。何しろ彼女は勢いでいってしまった子だ。
「ん? ああ、それより、馬の準備ができているぞ。ヘレナ嬢も準備を始めたほうが良い」
「ああ、そうなのですね。ありがとうございます。ついでに、その子を引き取ってくださいますとありがたいですわ」
ヘレナ、最後まで冷静だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そろそろ終わりかなぁ。




