【5】
王族に連なる大貴族ダンメンハイン公爵家でガーデンパーティーが開かれることになった。社交シーズンには、こうした日中のパーティーが開かれることも多い。そこそこの家格であるヴァイデンライヒ侯爵家にも招待状が来た。
「昼間だし、若い人が多いと思うぞ。行くか?」
「お兄様がギーゼラを誘うなら行くわ」
「お前、そう言うの卑怯!」
ルートヴィヒが悲鳴をあげて言った。両親は行くだろう。問題は子供たちだ。ルートヴィヒは一応、宮廷官僚であるのでできれば参加したいところ。ルートヴィヒくらいの年の男性なら、女性をエスコートしているのが自然。いつもは妹のヒルトラウトを連れているが、意中の女性がいるのなら彼女を誘えばいい。幸い、夜会ほど昼のパーティーは敷居が高くない。
「くっ、だってお前、それだと来ないパターンだろ」
「そうかもね」
ヒルトラウトはまだギリギリ保護者同伴であれば、パーティーに一人で入城しても不自然ではない年齢だが、目立つのは確かだ。誰か友達でも誘って一緒に行けばいいのだろうか。
「まあ、俺の同僚に声をかけてみてもいいけど、誰か一緒に行きたい人とかいないのか? アイスナー辺境伯とか」
「……いやあ……」
たぶん、お願いすれば一緒に来てくれるだろうとは思うが、何故そんなに辺境伯を押すのだろうか。
「お兄様、意外と顔広いわよね」
「そこ!? いま、そこのツッコミいるのか!?」
ルートヴィヒが大げさに騒ぐのを見て、ヒルトラウトは笑った。
この時、ルートヴィヒは結局妹を連れてガーデンパーティーに行こうと思ったらしい。ギーゼラを誘うには勇気がいるし、昨年のこと以来引きこもり気味だった妹が、せっかく外に出るようになったのだ。また引きこもられてはたまらない。
だが、招待状が届いた翌日、転機が訪れた。正式に先触れを出して、アイスナー辺境伯が訪ってきたのだ。エントランスで出迎えたヒルトラウトに彼は情緒も何もなく簡潔に用件を述べた。
「ヒルトラウト嬢、ダンメンハイン公爵家のガーデンパーティーだが、誰かエスコートの相手はいるか?」
あいさつの後にだしぬけに聞かれて、ヒルトラウトは小首をかしげる。父や母が見守っているが、辺境伯が名指ししてきたのはヒルトラウトなので、今彼に応対しているのは彼女だけだ。
「いえ。特にはいませんが」
いないから、兄と行くのだ。アイスナー辺境伯は「そうか」とうなずくと何気なく言った。
「では、私と一緒に行ってくれないか」
「あ、はい……はい?」
反射的にうなずいてから疑問符を浮かべるヒルトラウトである。アイスナー辺境伯は相変わらず淡々と言った。
「いや、私は帝都に知り合いが少なくてな。一緒にパーティーに参加してくれるような女性がなかなかいないんだ」
「はあ……」
この場合、辺境伯位を賜る彼なら、一人で堂々と入場しても咎められないだろう、というツッコミはしない方が良いのだろう。ヒルトラウトも危惧したことだが、たとえ咎められないとしても、独り者は目立つ。社交界では。失礼な話だ。
「君を頼ってしまうわけだが、お願いできないか?」
「……私は構いませんけど、むしろ、辺境伯は私でいいんですか?」
帝都に知り合いは少ない、というが皆無ではないだろう。辺境伯であることを考えれば、相手を見つけるのはそんなに難しくないと思うのだが。
「私が君がいいと思ったんだ。かなうなら、以降の夜会への参加の際にも同行してほしいくらいだ」
ヒルトラウトは目をしばたたかせた。
「え……っと。その、失礼を承知で申し上げますけど、口説かれているように聞こえるのですが……」
「そうか? ……そうかもしれないな。口説いているのだと思う」
などと真顔で言われても困るのだが。ひとまず、ヒルトラウトはそれに関しては考えないことにした。
「とりあえず、ガーデンパーティーの際はよろしくお願いいたします。それ以降については、その、保留と言うことで」
「ああ。前向きな回答を期待している」
どこぞの役人のようなことを言って、アイスナー辺境伯はヴァイデンライヒ侯爵邸を出て行った。見送っていたヒルトラウトはどこかぽかんとしている。
「ちょっとヒルト。よかったじゃない!」
はしゃいでいるのは母だ。よかったのだろうか、これは。
「ちょっと失礼だったのではないかと思うがね……」
と、父は至極冷静だ。去年のことがあり、ヒルトラウトには自由にさせていた。しかし、長女ももうそろそろいい年になる。結婚相手を見つくろわなければと思っていただろうが、実際にそうなるかもしれない相手が見つかると複雑な気分になるのが父親と言うものらしい。
「よかった、のかしら」
ヒルトラウトは考え込むようにうつむいた。彼女の両親は困ったように顔を見合わせる。
「ヒルト。嫌なら今からでも断ることはできる」
父が気乗りしないのならやめておけ、と言外に言うが、ヒルトラウトは首を左右に振った。
「そういうことじゃないの。うれしかった……し」
「まあ」
母が目を輝かせる。侯爵家より爵位は下がるが、辺境伯はいみじくもヒルトラウト自身が言ったように、数えるほどしか存在しない。そして、辺境を任されると言うことは、それだけ家に価値があるのだ。
何が言いたいかと言うと、父が言うように、ヴァイデンライヒ侯爵家から断りを入れても、表面上は失礼に当たらないのだ。だが、そこまでする必要はない。すでに何を着て行こうか、と考えている自分がいて、ヒルトラウトは自分自身に呆れた。
そして、もう一人大事なことを伝えなければいけない相手がいる。ヒルトラウトは帰ってきた兄に駆け寄った。
「お兄様、お帰り」
「うおっ!? ヒルト? ああ、ただいま」
めったにない妹の出迎えに面食らったようだが、ルートヴィヒはすぐに微笑んだ。ビビりだが、いい兄だと思う。ヘタレだが、男気がないわけではない。妹と元婚約者がいい仲になってしまったとき、真っ先に怒り、彼を殴ったのはルートヴィヒだ。
「あのね。私、ダンメンハイン公爵家のガーデンパーティー、アイスナー辺境伯と一緒に行くことになったから」
「……は?」
ルートヴィヒが目を見開いて言った。ヒルトラウトは微笑む。
「だから、お兄様はギーゼラを誘うのよ」
「……」
ルートヴィヒが顔をこわばらせてヒルトラウトに言う。
「ヒルト。一緒に来てくれ」
「なんで? 一人で行くことに意味があると思うの」
アイスナー辺境伯だって一人で来た。まあ、同行者が見つからなかっただけの可能性もあるが。誘い方だって、直球過ぎてスマートではなかったが、だからこそ、本心なのだろうな、と思ったのだ。
「……っく! お前、にやにやしてるけど、お前だってアイスナー辺境伯と一緒だったら、生暖かい目で見られるんだぞ……」
「むしろ、灼熱苛烈な視線を受けそうなものだけど」
まぜっかえしたヒルトラウトである。自分で言ったが、微妙に現実味があるのは何とも言えない。
やはり、ガーデンパーティー一回だけにしておいた方がよさそうだ。ヒルトラウトはため息をついた。
「どうした? 俺なら、ちゃんとギーゼラのところに行ってくるぞ」
「うん。それは心配してない……」
先ほども言ったが、ルートヴィヒはやるときはやる男だ。今は急にテンションが落ちた妹を心配している。
「エルシェ様に仕えてた時はあんまり考えなかったのになぁ。エルシェ様は偉大だったわ……お会いしたい……」
きっと、からかい混じりに的確なツッコミを入れてくれだろうに。別れてまだそれほど経っていないのに、すでに懐かしい。
「……時々、お前は女性の方が好きなんじゃないかって思うな」
ルートヴィヒが呆れたように言った。そうじゃない。尊敬しているだけだ。心から。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
どうでも良いですが、ヒルトとお兄様の組み合わせが一番書きやすい。




