【6】
結果から言えば、ルートヴィヒはギーゼラを誘ってきた。きっと、二人とも真っ赤になっていたことだろう。ちょっと見学したかった。
個人的にギーゼラと付き合いのあるヒルトラウトは、彼女の興奮気味の文章を読んで「良かったわね」と微笑んだ。
「ギーゼラはお兄様のどこがいいの?」
ヒルトラウトが尋ねた。今日は、ヴァイデンライヒ侯爵家でお茶会だ。何故ヒルトラウトの実家なのかと言うと、理由は簡単で、集まった友人たちの中で一番家格が高いからだ。庭の東屋でお茶とお菓子を前に談笑(一人は筆談)中である。
「ルートヴィヒ様、なかなかいい線行ってると思うわよ」
と言ったのはコルネリアだ。ギーゼラが頬を赤くしてペンを進めないための助け舟だろう。ヒルトラウトは首をかしげる。
「いい兄だとは思うわ。気が弱いところはあるけど、男気もあるし」
「それ、矛盾してない?」
矛盾はしていない。気は弱くても、男気のある人だっているのだ。
ギーゼラが書いた文章を見せた。
『私の話をちゃんと聞いてくれたんです。だから、皆さんのことも好きです』
書かれた文章を読み、ヒルトラウトは微笑み、コルネリアはツンとした。
「そんなこと言っても、乗せられないんだからね!」
とのことであるが、十分に乗せられていると思う。
「あなた、本当にいい子ね!」
感動したように叫び、ギーゼラを抱きしめたのはマルガレーテだった。ヒルトラウトは眉間をもむ。
「ね、メグ。何でいるの? 呼んだ覚え、無いんだけど」
「コルネリアに誘ってもらったのよ」
「ちょっとそこ、タッグを組まないでくれる?」
毒舌とツンデレのコンビなんて、誰が得をすると言うのか。いや、そう言うのが好きな人もいるらしいけど。
「あんたのそういうところ、可愛げがないって言われるのよ。女は少しあざといくらいの方がいいわ」
「無理」
「でしょうね」
ヒルトラウトに可愛げがないのは今に始まったことではない。コルネリアが首をかしげる。
「まじめすぎるのよ、ヒルトは」
と、ツンデレなコルネリアに指摘されるヒルトラウトである。もう十八年もこの性格で来ているのだ。ヘタレな兄と奔放な妹を持った影響かな、と考えている。こういうところが可愛くないのだろう。
「ギーゼラがルートヴィヒ様とガーデンパーティーに行くなら、ヒルトは別の人と行くのでしょ。アイスナー辺境伯?」
コルネリアの問いに答えたのは、ヒルトラウトではなくギーゼラだった。たぶん、ルートヴィヒから聞いたのだろう。こくっとうなずいて肯定して見せた。
「ふーん。ついにあんたにも浮ついた話が!」
「浮ついたって、一年前は婚約していたわ」
「あんなもの、数のうちに入らないでしょ」
きっぱりとしたマルガレーテの言葉に、ヒルトラウトが肩をすくめた。
「みんなが、メグみたいにさっぱりした性格ならよかったのだけどね」
マルガレーテは毒舌家であるが、さっぱりきっぱりした性格をしている。だから毒舌なのかもしれないが、彼女にような人物は珍しい。
「そうね。社交界では、あなたは悪女になってるでしょうね」
「どっちかっていうと、それは妹さんの方じゃないの」
マルガレーテの言葉にコルネリアが首をかしげた。マルガレーテは「社交界に出ているのはヒルトの方だもの」と簡潔に言った。
「いない人を悪くも言うけど、目につく人をより悪く言うのが社交界だからね」
ギーゼラが無言で身を震わせた。そう。人のうわさとは恐ろしいのだ。
「私のことはともかく、コルネリアはどうするの?」
ヒルトラウトがコルネリアに話をふると、彼女はしれっと言った。
「従兄と行くの。奥さんが妊娠中だから」
「へえ。おめでたいわね」
「まあ、私はヒルトと違ってまだ年齢に余裕があるし」
「そうね」
コルネリアの方が二歳ばかり年下だ。それは事実である。ヒルトラウトはマルガレーテが手土産に持ってきたショコラーデをつまむ。
「これ、おいしいわね。どこで買ったの?」
「あら。相変わらず流行に疎いのね。これはね……」
今度は甘いものの話でひとしきり盛り上がったあと、四人は解散した。次はガーデンパーティーでね、と言いあって。雨が降らないといいのだが。
涼しげな菫色のドレスにショールを羽織り、昼間なので髪はハーフアップにしていた。淡い紫の花の髪飾りをつけている。アガパンサスだ。ドレスのスカートもひだが多いがふくらみは少ない。
色が反発しないように、ダイヤモンドのネックレスとイヤリングをつけたヒルトラウトは、満足げな使用人たちの前で姿見を覗き込んでいた。化粧もなされているが、元の顔は変えようがないので少し綺麗になっているかな、くらいのものだ。
「お綺麗ですわ、お嬢様」
「……ありがとう」
ひとまず素直に礼を言ってひとまずヒルトラウトは椅子に座りこんだ。ちょっと疲れた。行く前から疲れた。
「今からお疲れでは持ちませんよ」
年かさの侍女がそんなことを言ったが、ヒルトラウトは首を左右に振った。
「正直、この時間が一番疲れるわ」
「何をおっしゃいます! お嬢様を美しく飾り立てることが私たちの使命で生きがいです!」
力を籠めて訴える彼女らに、ヒルトラウトは、「えー、何それ迷惑」と言わんばかりの表情になったが、賢明にも、口には出さなかった。
「ヒルトお嬢様の支度をお手伝いできるのもあと少しかと思うと、おのずと気合が入るものですよ」
「……ああ、そう」
いろいろと突っ込みたい気もしたが、やめておいた。もしヒルトラウトが出て行く事態になっても、代わりにギーゼラがやってくるから大丈夫だ。口のきけない娘だが、けなげで優しく可愛らしいので彼女らの腕もなるだろう。
「お嬢様。お迎えがいらっしゃいましたわ」
別の使用人に呼ばれて、ヒルトラウトは立ち上がった。細い靴で危なげなく歩いてエントランスに向かった。そこにいる黒髪の男性に上品に礼をとる。
「今日はよろしくお願いします、アイスナー辺境伯」
「ああ。こちらこそよろしく。それと、ともに行動するのだから、私のことはギルベルトと呼んでもらえないか」
「……よろしいのですか?」
アイスナー辺境伯からの申し出に、ヒルトラウトは首をかしげる。いいと言うのなら呼ぶが。
「構わない。正直、辺境伯と呼ばれる方が慣れん」
「わかりました。では、ギルベルト様で」
妥協案が承認されて、ヒルトラウトはアイスナー辺境伯家の馬車に乗りこんだ。彼女の両親も参加者だが、あとから出発予定なのだ。たぶん、娘の様子をこっそり眺めていたのだと思われる。
「言い忘れていたが、とてもよく似合っている。菫の花のようだな」
さらりとした言葉に、ヒルトラウトは一瞬口ごもった。何とか落ち着いてから礼を言う。
「……ありがとうございます。アイスナー……ギルベルト様も、格好いいですわ」
平凡なことしか言えなかったのがちょっと悔しくもあり、恥ずかしくもある。
「ありがとう。心からの言葉だとうれしいんだが」
「ええっと……」
反応に困ることを言われ、実際に困ってしまった。少し眉根を寄せたヒルトラウトを見て、アイスナー辺境伯改めギルベルトは少し笑った。
「いや、からかうようなことを言ってしまったな。すまない」
「いえ……」
何だろう。調子が狂う。彼にはいろいろと見られたくないところを見られてしまっているのだから、普段の通りに振る舞ってしまえばいいのに。そうできない。
静かになった馬車内で、ヒルトラウトは顔を俯ける。そんな彼女をギルベルトは目を細めて眺めていた。
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