【17】
選帝侯会議編最後。
選帝侯会議に決着がついたと言うことは、選帝侯たちの帰領が近づいていると言うことだ。しかし、ちょうど社交シーズンであるし、どうなるかはわからない。ひとまず、ヴォルフラム皇子の戴冠式には出席するのだろうと思う。少なくとも、エルシェはそのつもりのようだ。選帝侯会議の傍ら、戴冠式の準備を進められていたので滞りなく……とはいかないが、問題なく行えそうだ。
「あともう少ししかないと思うと、寂しいわね」
ぽつりとそう言ったのはエルシェだ。ギーゼラが療養中なので結局、侍女が三人だけだが、結構何とかなっている。修羅場は戴冠式だ。
貴族であるとはいえ、そのほか特に身分もないただの令嬢である三人は、戴冠式への出席予定はない。そのため、エルシェについて戴冠式に出席となるだろう。今回ばかりは三人総出だ。
司法省に勤務する兄ルートヴィヒは忙しいらしい。宰相フォルクヴァルツ公のこれまでの政をすべて司法に照らし合わせているらしい。それは大変だ、と思ったが他人事なので頑張れ、とエールだけ送っておく。何度か差し入れは持って行った。
戴冠式は、帝都内にある大聖堂で行われることになった。その準備で忙しいはずの次期皇帝を庭園で見つけてしまったヒルトラウトたちはどうすればいいのだろうか。
その時、ヒルトラウトはエルシェに随行していた。二人ではなく、ハーレン将軍ともう一人護衛が一緒だったけど。
「ご機嫌麗しく、皇帝陛下」
「まだ皇帝じゃないですよ……それ、嫌味です?」
咲き誇る薔薇の庭園にたたずむヴォルフラム皇子は絵になったが、彼は相変わらずやる気がなさそうにため息をついた。
「クラウスヴェイク大公。今からでも決定は覆りませんか」
「無理ですね」
「……そうですね」
往生際が悪く、未だに皇帝を回避できないかと思ったらしい。まあ、ヴォルフラム皇子自身も今から変更が効くなどと思っていないだろう。何しろ、戴冠式は明日だ。
「……失礼を承知で聞くのですが、大公はもともと、その地位を継ぐべくして継いだわけではないのですよね」
「ええ。そうですね」
エルシェは三人兄妹の末っ子だった。本来なら、大公位を継ぐ人物ではない。様々な偶然が重なり、彼女は大公となった。
「わたくしには責任があったのですよ、皇子殿下。内乱を治めた公女として。最後に生き残った公女として。民のために、この立場を引き受けることに決めました」
まあ、こんなにすぐ選帝侯会議に引っ張り出されるとは思いませんでしたけど。と、エルシェは苦笑した。
「ヴォルフラム殿下。主君筋に生まれたわたくしたちには、臣下を守る責任があるのです。例え、自らが望んでいなかったとしても、多少なりとも、彼らの上にわたくしたちは立っているのですから、責任を果たすべきなのです。……もっとも、わたくしも気づいたのは最近なので、偉そうに言うことはできないのですが」
「大公も?」
「ええ。わたくしも、大公位を継ぎたくなかった口ですから」
その言葉に、少し納得したヒルトラウトだった。エルシェに仕えるに当たり、彼女のことを調べたが、彼女は四年前、クラウスヴェイク内乱を鎮圧したのちに大公位を継ぐべき人だった。彼女には異母兄がいて、この兄が先代大公となるが、彼は内乱鎮圧に参加していなかった。
人々に望まれただろうに、大公位をいただかなかったエルシェ。しかし、この異母兄も亡くなり、やむなくエルシェは大公位を継いだのだろう。
「責任はもちろん大きいですよ。けれど、大公にならなければできなかったことも、出会えなかった人もたくさんいます。例え道を間違えても、引き戻してくれる人を見つければいいんですよ」
「それが、大公にとってはハーレン将軍だと言うことですか?」
ヴォルフラム皇子の問いに、エルシェは「そうですね」と微笑む。
「まあ、頼りない先輩からの、聞かなくてもいいエールです」
「……いえ。参考になりました。ありがとうございます」
ヴォルフラム皇子はほのかに微笑み、エルシェに礼を言った。彼女は「どういたしまして」と年下の皇帝に向かって微笑みかけた。
「せめて……戴冠式だけでもどうにかなりませんかね……戴冠式なんかされても、僕のちっぽけさが際立つだけなのに……」
やはり、ヴォルフラム皇子はヴォルフラム皇子であった。
△
戴冠式。大聖堂で、ヒルトラウトはエルシェの背後に控えていた。ヘレナ、コルネリアも同様に控えている。
皇帝が崩御し、まだ二ヶ月ほどしかたっていない。本来であればまだ喪中であるが、特例としてこの戴冠式は華やかであった。いや、選帝侯会議が行われる間はずっと華やかだったけど。
エルシェは真紅のドレスを着ていた。正確には、赤と黒のかなり派手なドレスだ。整った顔立ちの彼女は、そんな派手なドレスも華麗に着こなしていた。
赤と言えば、戴冠式では皇帝が身に着けるものだ。色合いが違うのでセーフと判断されたが、ダメ出しを食らっても良いドレスだった。ヴォルフラム皇子が良いと言ったので、許可が出た。コルネリア、かなり攻めている。
濃い色合いのドレスを着たエルシェとは逆に、侍女たちは淡い色合いのドレスを着ていた。少し遠目だが、ヴォルフラム皇子が見える。ゆっくりと赤い絨毯の上を進んでいた。祭壇の前でひざまずき、大司教がその頭に王冠を乗せる。それから王笏、宝珠を受け取る。大司教が口上を述べ、皇子は皇帝になった。自然と拍手がわき上がる。
荘厳なマントと王冠に埋もれそうになっている新しい皇帝は、いつもより凛々しく見えた。さすがは皇帝に選ばれるだけある、と感心したのだが、戴冠式後に「もうヤダ、もう辞めたい」とごねているのを見てヒルトラウトの憧憬の念は少し、いや、かなり薄れた。彼は皇帝と呼ばれるが、ただの少年にすぎない。
「あなたたちと離れるのはさみしいわね。ひと月弱の間、ありがとうございました」
エルシェがスカートをつまんで礼を言う。侍女三人はあわてて礼を返した。
「いえ、こちらこそ」
「ありがとうございました」
「とても楽しかったですわ」
ヘレナとヒルトラウトはありきたりな言葉を述べたが、コルネリアはにっこり笑ってそう言った。やはり強い。
「ねえ、一緒に来る?」
エルシェが何気なく言った。三人はそろって目を見合わせる。そして同時に首を左右に振った。ヒルトラウトだけではないだろう。エルシェについて行ってもいいかな、と思っていた。けれど、今は素直について行くことができない。
「そう言うと思ったわ。気にしないで。言ってみただけよ」
エルシェは目を細めて言った。
「わたくし、本当は大公になりたくなくって逃げたのよ」
「はい?」
突然のカミングアウトに侍女たちは首をかしげた。エルシェの背後で、ハーレン将軍が「何言ってるんですか」と言わんばかりの表情をしている。
「内戦が終わったあと、兄に大公を押し付けて逃げたの。でも、今、こうして大公位を継いでいるわ」
「……大公位を継いだこと、後悔なさっているんですか」
ヘレナが尋ねた。誰かが聞かなくてはならない雰囲気だったので、最年長の彼女が引き受けてくれたのだ。
「いいえ。むしろ、押し付けてしまったと思って、後悔したわ。運命からは逃げられないと言うことね」
ふふっと笑ったエルシェだが、すぐに真顔になった。
「偉そうなことを言える立場じゃないのだけど、あなたたちにはわたくしのような後悔はしてほしくないわね」
話をしたのは初めてなの、とエルシェは言うが、ハーレン将軍の微妙な表情が気になるヒルトラウトだった。
ともかく、エルシェは颯爽とクラウスヴェイク公国へ帰っていった。大公位を継いだばかりだ。国元が気になるのだろう。ヒルトラウトも少しさみしい。
とにかく、帝国全土を巻き込む選帝侯会議はこうして終了したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これで選帝侯会議編は終了です。
次の章に入ります。




