【16】
七夕ですねー。
下の方から物音がした。ヒルトラウトが閉じ込められている部屋は二階なのだ。男二人の気がそれた瞬間に、ヒルトラウトは男の急所を蹴りあげた。嫌だが、これが一番効くのだ、と言っていたのは兄である。
「お前!」
もう一人に殴られた。二人いるから当然であるが。床に倒れ込んだヒルトラウトにのしかかり、さらに暴行を加えようとするが、その前に監禁部屋の扉が開いた。
「ヒルト、大丈夫!?」
「エルシェ様!?」
見ると、先に飛び込んできてヒルトラウトから男を引っぺがしたのはハーレン将軍だった。
「怖かったでしょう。大丈夫?」
ヒルトラウトを助け起こし、エルシェは心配そうに尋ねた。ヒルトラウトは一瞬ぽかんとしたが、次いで青くなった。
「申し訳ありません! 本来なら私が助けに向かう立場ですのに!」
主君に助けられるとは何たることか! ヒルトラウトの嘆きにエルシェは笑った。
「わかっていたけど、面白い子ね、あなたは。これは選帝に大いに関係があるから、気にしなくてもいいわ」
そう答えたエルシェは確かに選帝侯の目をしていた。彼女はヒルトラウトの手を引いて立ち上がらせると、ハーレン将軍に声をかけた。
「ヴィル。彼らは放っておいていいでしょう。か弱い女の子を襲おうなんて、見下げ果てたものね」
「……お前がそう言うならそうするが、ヒルト、いいか?」
一応、ハーレン将軍はヒルトラウトの意向を尋ねてきたが、エルシェがそう判断するのならヒルトラウトにも異存はない。未遂であったし、この二人と一緒なら同じことは起きないだろう。
二人と共に階下へ降りると、こちらもヴォルフラム皇子が救出されていた。彼は連れ去られるときは毅然としていたのに、代わりに仕事をしてくれるシュヴェンクフェルト公爵がいたりするので、膝を抱えて隅っこで小さくなっていた。しかし、ヒルトラウトを見ると少し微笑んだ。
「やあ、ヒルト。巻き込んでごめんね。無事でよかったよ」
「ありがとう、ございます。恐れ多いことでございます……」
本来なら皇子とともにいたのに守れず、ともに拉致されたと言うことで罰せられてもおかしくはない。ヒルトラウトは恐縮しながらも精いっぱい礼を取った。
「まあ、ヴォルフラム皇子もヒルトも無事でよかったと言うことで。それより、この屋敷の所有者って」
「一応調べてはあるが、偽名だろな」
とシュヴェンクフェルト公爵。ですよねぇ、とエルシェが苦笑した。
「アイスナー辺境伯が残ると言っていたから、何か気づいたのかもしれないけど……」
「みんなは叔父上を疑っているみたいだけどなぁ」
「大叔父上は関係ないよ」
膝を抱えた姿のままヴォルフラム皇子が言った。抱えた膝に顎を乗っけていて、ちょっと可愛い。
「僕を皇帝にしようとしている人たちが、大叔父上の犯行に見せかけるためにわざと僕を誘拐したんだ。その証拠に、ここにたどり着くのは簡単だったでしょう」
「……」
エルシェとシュヴェンクフェルト公爵が顔を見合わせている。ヒルトラウトはよくわからずに小首を傾げて話を聞いていた。
「……確か、ギルが似たようなことを言っていたな」
「わたくしもそう記憶しています。そうですか。なるほど……」
ひとまず、現場は引き上げることにした。ヴォルフラム皇子は「このまま家出していい?」などと言っていたが、シュヴェンクフェルト公爵に強制連行されていた。
「ヒルト! よかった……!」
「お兄様、痛い」
宮殿で兄ルートヴィヒに再会した瞬間強く抱きしめられ、ヒルトラウトは苦情を言った。
「心配していたんだ。しばらくそうさせてあげてくれ」
と、言ったのは何故かアイスナー辺境伯ギルベルトだった。ヒルトラウトから少し離れたルートヴィヒは半泣きで、ヒルトラウトの肩を抱くようにして放さなかった。それを見てギルベルトが苦笑している。
「……仲良くなったんですか?」
若干間抜けな質問をしてしまった。ルートヴィヒが「いい方だぞ、アイスナー辺境伯は」と涙声で言っている。いや、それは何となくわかるが。
「あっ! ギーゼラは!?」
「彼女なら大丈夫だ。今は同僚がついている」
「あ、そうなんですね……」
ギルベルトに冷静に言われて、ヒルトラウトもちょっと落ち着く。自分のことでいっぱいいっぱいだったが、ギーゼラは刺されているのだ。見た目より軽傷だったらしく、少し安心した。あとで見舞いに行こう。
「よう、無事に連れて帰ってきたぞ……というか、宰相はどうした?」
「ああ、選帝侯会議法違反で逮捕しました」
「はあ!?」
涙声のルートヴィヒによる衝撃発言に、シュヴェンクフェルト公爵が驚きの声をあげた。声こそあげなかったが、ヒルトラウトも驚いた。
「何故そんなことに?」
エルシェも首をかしげて尋ねた。ギルベルトが簡単に説明する。
前提として、宰相フォルクヴァルツ公の奥方は先帝の妹だ。彼には十歳になる息子がいる。選帝侯会議が進展しない様子を見て、思った。もしかして、自分の息子を皇帝にすることができるのではないか、と……。
実際、フォルクヴァルツ公の息子も皇帝候補者には入っていたそうだが、宰相の息子であること、まだ十歳であること、血筋が遠いことを理由に外されていた。
だがつまりそれは、他に候補者がいなければ皇帝になりうる可能性があるわけで。そう考えた宰相はヴォルフラム皇子とダンメンハイン公爵の排除を謀った。
まず、ダンメンハイン公爵の陰謀に見せかけてヴォルフラム皇子を誘拐する。しかし、調べてみるとそれはヴォルフラム皇子派がダンメンハイン公爵を排除しようとした自作自演であったことが発覚する……。尤も帝位に近いヴォルフラム皇子を排除し、ダンメンハイン公爵には疑いが残る、と考えたようだ。
「俺は?」
とシュヴェンクフェルト公爵が自分を示したが、みんなが華麗にスルーした。どうやら彼は皇帝候補の数に入っていないらしい。確かに、シュヴェンクフェルト公爵は、皇帝であるより将軍であったほうがその真価を発揮するタイプだ。
と言うわけで宰相は更迭された。その後任を選ぶまで、宰相は内務省長官が兼ねることになった。
とはいえ、そんなことはヒルトラウトたちには直接関係ない。官僚であるルートヴィヒは悲鳴を上げていたが。ちなみに、たまにギーゼラのお見舞いに来ているようで、やはり二人はいい仲なのだな、と思うとにやけるヒルトラウトであった。こういうところが変だ、と言われるのだろうが。
選帝侯会議は、やっとのことで進展を見せた。今回の事件は、皇帝候補たちにはもちろん、選帝侯七人にも公開されていた。そのせいかはわからないが、満場一致でヴォルフラム皇子が皇帝になることに決まった。彼が、年に似合わぬ聡明さを見せたからだろう。
ちなみに、そのヴォルフラム皇子であるが。
「えー、嫌だよ。大叔父上、替わってよ」
「この老いぼれに責任を負わすな。ガンバレ、若者よ」
と言うやり取りを目撃したヒルトラウトである。ちなみに、同行していたのはコルネリアであった。
「なんでそんなに皇帝になりたくないのかしら」
「責任が重いからじゃないの。私もやれって言われても、いやだわ」
ヒルトラウトはコルネリアの疑問にそう答えるにとどめた。ヒルトラウトは皇帝候補のこの二人が、フォルクヴァルツ公が息子を皇帝にしようと画策したことを知った時、
「別にやってくれるんなら喜んで」
「やる気があるのはいいことだ」
と、押し付けも辞さない発言をしたことを知っているので、今の会話も本気なのだろうな、と何となく思うのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一応、次で選帝侯会議編は終わりです。




