【15】
今日はアイスナー辺境伯視点。
選帝侯会議が終わり、会議室を出たとき、クラウスヴェイク大公エルシェが侍女に声をかけられていた。
「エルシェ様。ギーゼラが何者かに刺されました」
「……はい? いや、ちょっと待って。どういうこと?」
さすがのエルシェも意味が分からなかったようだ。側にいたギルベルトも報告してきた侍女、確かヘレナと言ったはずだ。彼女を見た。
「詳しいことはわからないのですが、外回廊で刺されて倒れているのが発見され、今は病室で、コルネリアが付いています。一緒にいたはずのヒルトの姿も見えなくて」
「彼女が?」
思わず口を出していた。ヘレナがギルベルトを見上げる。
「ええ。どこを探してもいないんです。彼女のお兄様にも聞いてみたのですが、知らないと」
ギルベルトは眉を顰め、同じく顔をしかめていたエルシェと目を見合わせた。
ギルベルトはヒルトラウトとはまだ短い付き合いだが、彼女が無断で行方をくらますような少女でないことはわかる。ギーゼラと同じく、何かに巻き込まれたと考える方が自然だ。興味を持った少女が行方知れずであることに、心穏やかにはいられないギルベルトである。
「ギーゼラは何か見ていないの? 目が覚めていないのかしら」
「今、コルネリアが聞き取り中です」
「……そう」
エルシェの元に新しく来た侍女の少女は、口が利けないらしい。なので、筆談になる。事情を聞きだすまでに少し時間がかかるだろう。
「クラウスヴェイク大公。そちらの侍女がいらっしゃらないそうですな」
そう声をかけてきたのは、先ほどまで選帝侯会議の議長役をしているチェルハ大司教と話し込んでいた帝国宰相リヒャルト・ハインツ・フォン・フォルクヴァルツ公爵がエルシェに声をかけてきた。エルシェが問いかけに首肯する。
「ええ。そのようですわね」
エルシェの応えに、宰相フォルクヴァルツ公は言った。
「実は、ヴォルフラム皇子殿下もいらっしゃらないのですよ。そちらの侍女が連れて行った、と言うことはありませんかな?」
エルシェは、父親ほどの年齢の宰相を睨みあげた。それからわざとらしくニコリと笑う。
「それはどういう意味でしょうか。うちの侍女が皇子殿下に誘いをかけたとでも? いないのはヴァイデンライヒ侯爵家のヒルトラウトですわ。そんな事、すると思います?」
「……それは、失礼いたしました」
納得したかは不明だが、フォルクヴァルツ公は引き下がった。『完璧な淑女』ヒルトラウトの名は伊達ではないらしい。
「しかし、ヴォルフラム皇子もいらっしゃらないと言うのは不思議ですね……二人して誘拐された?」
「接点がなさそうだが……」
ギルベルトはエルシェに疑問を投げかける。彼女も、「それもそうね」とうなずく。
「まあ、ギーゼラに話を聞けばはっきりするわね」
エルシェはそう完結させて、ギーゼラのいる病室に向かうことにしたらしい。宰相が女性官僚を一緒に連れて行くように依頼している。今のところ、情報源が彼女だけだからだ。
もし、エルシェがつぶやいていたようにヴォルフラム皇子が攫われたとなれば大ごとだ。エーベルハルトは気づいているだろうか。彼は帝国の軍事を担う将軍である。
何となく、残った選帝侯たちは集まってエルシェが戻ってくるのを待っていた。三十分ほどでエルシェは戻ってきた。その整った顔はしかめられている。
「どうだった」
真っ先に尋ねたのは、さりげなく選帝侯の中に混じっていた宰相だ。エルシェがじろりと宰相を睨んだ。帝国宰相であっても、フォルクヴァルツ公は『公爵』だ。エルシェは爵位がどうの、と言いだすような人ではないが、自分の侍女が悪女扱いされて不機嫌なのだろうか。スパイとわかると思い切りよく侍女もメイドも侍従も軍人も切ってきた彼女であるが、何か判断基準でもあるのだろうか。ぜひ教えてほしい。
「……どうやら、ヴォルフラム皇子殿下とヒルトは、ともに拉致されたようです」
外回廊を歩いていたヒルトラウトとギーゼラは、庭園にいたヴォルフラム皇子と出会った。しばらく会話していると、突然ギーゼラは後ろから刺され、ヴォルフラム皇子とヒルトラウトはともに攫われた。
状況的に考えると、少しおかしい。ギーゼラが刺されたのなら、ヒルトラウトも同じように危害を加えられていてもおかしくないはずなのだ。
「たぶん、ヴォルフがヒルトラウト嬢をかばったんだな。それで、一緒に連れて行かれたんだろう」
そう言ったのは、ヴォルフラム皇子のことをよく知っている、と豪語するエーベルハルトだ。皇族の少年が攫われたことが発覚したので、帝国軍を担っているエーベルハルトが急遽呼ばれたのである。
「下手にかばったから、皇子の大切な人だと思われたと言うことかしら」
「……おそらくは。ヴォルフはともかく、ヒルトラウト嬢がどんな目に合っているかわからんなぁ」
「助けに行けないのか」
ギルベルトが尋ねると、エルシェが「場所がわからないわ」といらだたしげに言った。
「いや、これだけの警備体制を敷いている宮殿内に、誰にも見つからずに侵入し、誰にも見つからずに二人を誘拐して出て行くなんて不可能だ。宮殿内に誰か、協力者がいるんだろう」
しかも、かなりに地位にいるはずだ。警備計画を熟知していなければ、不可能な犯行である。そして、微妙に杜撰だ。おそらく、見つかることを前提としているのではないだろうか。
「……一応、目撃者を捜させているが」
困惑気味にエーベルハルトが言った。あまり積極的に出てくることがないギルベルトの意見に、驚きつつも賛同しているのだろう。
「すぐに見つかる。見つからなければ意味がない。安全に助け出すには、四時間が限度だな。と言うことは、少なくとも帝都は出ていないだろう」
「……帝都って、クラウスヴェイクの半分くらいの広さはあるわよね」
エルシェが探し出すことの困難さを示したが、さすがにクラウスヴェイク公国の領土が帝都シュトックハウゼンの二倍しかないと言うことはない。
「そう言えば、あなたの侍女は大丈夫なのか?」
ふと思い出して、ギルベルトはエルシェに尋ねた。エルシェは一瞬目を見開き、それから目を細めて微笑んだ。
「ええ。しばらく療養は必要だと言うことだけど……ああっ!」
「!」
「なんだ!?」
声をあげたのはエーベルハルトだが、ギルベルトを含む選帝侯たちも年若い女性選帝侯の悲鳴にびくっとした。
「ヒルトのお兄様に伝えてないわ!」
そう言えば、ヒルトラウトには法務官の兄がいるのだったか。段々と大所帯になっていく。ヴォルフラム皇子の誘拐を手引きした容疑者としてダンメンハイン公爵も連れてこられた。
一堂に会した選帝侯や宰相たちを見渡し、ダンメンハイン公爵はため息をついた。
「もう好きにしろ」
ということらしい。かなり投げやりである。
ひとまず、犯人捜しより先にヴォルフラム皇子とヒルトラウトの救出が先だ。
同じく、呼ばれてきたルートヴィヒが不審げにダンメンハイン公爵を見ているが、ギルベルトが見る限り、彼は無実だ。どちらかと言うと、ヴォルフラム皇子を押す側のマッチポンプである可能性が高い。ヴォルフラム皇子が犯人だとは考えにくい。ダンメンハイン公爵もそうだが、今回の皇帝候補の皆さんはあまり皇帝になりたくはないようだ。
「目撃者を発見しました!」
エーベルハルトの部下が情報を持ってきた。ひとまず救出に向かうことになり、エーベルハルト自らが行くことになったが、エルシェが自分も行くと言いだした。
「ご心配なく。自衛くらいはできますわ」
と、彼女はいい笑顔で言った。誰もそこら辺は心配していないだろう。エルシェは自国の内乱を自ら収めた人物だ。
「あー……まあ、大丈夫か。ギルとルートヴィヒはどうする?」
「いや、私は残ろう」
「自分も遠慮します。足手まといになりますから」
ただの文官であるルートヴィヒはついて行くのをあきらめたらしい。
なら、別のことを手伝ってもらおう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最近違うものが脳裏をよぎるので、帝都の名前を変えようか迷う今日この頃。




