【14】
すでに十数回行われた選帝侯会議。そのさなか、珍しくヒルトラウトはギーゼラと一緒だった。つまり、エルシェはヘレナとコルネリアを連れて選帝侯会議に向かったのだ。
ヒルトラウトもあまりしゃべる方ではないので、ギーゼラと二人になると無口になる。時折ヒルトラウトがぽつぽつと質問をすると、ギーゼラが首をふったり、身振りで答えてくる。何となく伝わるものだ。
回廊から庭園が見えた。何気なく眺めていると、ギーゼラがくいくいとヒルトラウトの袖を引っ張った。
「どうしたの?」
尋ねると、ギーゼラが手のひらを上に向けて自らの足元を示す。
「うわっ」
思わず、兄ルートヴィヒ張りの悲鳴を上げてしまった。それくらい、驚いたのだ。外回廊になっているのだが、その柱の影にちまっと少年がうずくまっていた。
「みんな勝手に僕を前に押し出そうとするんだ……はあ……もう疲れた……」
「……」
ヒルトラウトはギーゼラと目を見合わせた。見つけてしまったものは仕方がない。
「……おひとりで、何をなさっているのですか、ヴォルフラム皇子殿下」
声をかけると、少年、ではなく、ヴォルフラム皇子はびくっと肩を震わせてヒルトラウトとギーゼラを見上げた。どうやら、気づいていなかったらしい。まじまじとヒルトラウトの顔を見つめたヴォルフラム皇子はため息をついた。
「なんだ……ヴァイデンライヒ侯爵家の。はあ、面倒くさい……」
そう言ってヴォルフラム皇子は抱えた膝に顔をうずめた。
これ、どこからつっこめばいいの? 発言が後ろ向きすぎるし、ヒルトラウトを知っていることにもびっくりした。面識はなかったと思うのだが。
「えーっと。どこか、体調でもお悪いので?」
「気にしてくれるのか……ありがと。君のお兄さんも優しいよね……」
ヴォルフラム皇子は答えになっていない答えをくれた。どうやら兄ルートヴィヒと知り合いらしい。
「でも、気にしないで……はあ」
それだけため息をつかれると、ものすごく気になるんだが……。
反応に困ってギーゼラを振り返ったヒルトラウトは、目を見開いた。そこにいたはずのギーゼラが目に入らず、代わりに顔を隠した男が立っていたからだ。
「……はっ!?」
意味のない声が漏れた。ギーゼラはその男の足元に倒れており、ドレスが赤く染まっていた。
「ギーゼラ!」
駆け寄ろうとしたヒルトラウトの手首を誰かがつかんだ。びくっとした彼女だが、彼女をつかんでいたのは先ほどまでしゃがみ込んでネガティブ発言をしていたヴォルフラム皇子だった。
「抵抗しないで」
小さくささやかれた言葉は先ほどまでの彼の口調とは違った。しっかりとして明確な意思を持っていた。
「皇子。御身を傷つけたくはありません。おとなしくついてきてください」
「侍女を刺しておいて、今更か」
ヴォルフラム皇子はさきほどまでの否定的な様子は消え、どこか怜悧なまなざしで男たちを見た。
「わかった。その代り、彼女たちは無事に帰してくれ」
ヴォルフラム皇子の言葉に、男たちは少し迷ったようだった。
結局、ギーゼラは口を聞けないので、そのまま置いて行かれたが、ヒルトラウトはヴォルフラム皇子と共に拉致されることになった。ギーゼラは怪我をしているので心配は心配だが、たぶん、誰かが見つけてくれる。たぶん。
今、悲鳴を上げて人を呼び寄せることもできなくはない。だが、ヴォルフラムは人が集まってきたことによって、ギーゼラやヒルトラウト、そして自分に危害を加えられることを恐れているのかもしれない。
「なんかごめん。巻き込んだね」
はあ、面倒くさい、とため息が聞こえてきそうだ。目隠しをされて馬車に揺られながら、ヴォルフラム皇子はヒルトラウトに謝った。恐れ多い話だ。
「いえ……私たちがお声をかけさせていただいたことの方が恐れ多くて」
「……結構余裕だね。……ねえ、名前、何だっけ? ルートヴィヒの妹さんだよね」
それを言うなら、ヴォルフラム皇子の方が余裕だと思うのだが。そう思ったが、ヒルトラウトはそれに関しては何も言わず、「そうですね」とうなずいた。
「ヒルトラウトと申します。今後……があればよろしくお願いします」
ヴォルフラム皇子はいろいろと利用価値があるので生かされる可能性が高いが、ヒルトラウトは単なるおまけなのでどうなるかわからない。そういう意味では、ヴォルフラム皇子が言うようにヒルトラウトは結構余裕をかましている。現実味がない、と言うのも大きいが。
「ヒルトラウト……ヒルトだね。帝都は出ないと思うけど、どこに向かってるんだろうねぇ」
ギーゼラは大丈夫だろうか、とか、このタイミングでヴォルフラム皇子を誘拐する意味は、とか、いろいろ思うところはあるのだが、ヒルトラウトはやる気がなさそうな表面上に反して、ヴォルフラム皇子は聡明な人なのだな、と思った。
もう、ここまで来たら非力なヒルトラウトにはどうしようもない。なるようになるだけだ。ヴォルフラム皇子が保身のために切り捨てても、仕方がない。
小一時間ほど馬車に揺られていただろうか。動きが止まったかと思うと、馬車から降ろされた。そこでヒルトラウトはヴォルフラムと引き離され、一人ベッドだけが置かれた部屋に放り込まれた。明かりはランプだけ。窓は嵌め格子で逃げられそうにない。逃げられたところで、現在地がわからないのだが……。
一人になると、にわかに不安になる。何となく大丈夫だったのは、ヴォルフラム皇子がいたからのようだ。拘束を解かれたのは、小娘が一人では逃げられないだろうと思われたからだろう。
ヴォルフラム皇子はどうしているだろう。誘拐されたと言うことは、殺されることはないと思うのだが。そろそろ選帝侯会議も終わっているはず。エルシェはギーゼラの負傷とヒルトラウトの不在を聞いただろうか。
ヒルトラウトは、いつも騒動に巻き込まれるのに、その中心にはいない。いつも振り回される側で、コントロールすることはできない。待つしかないのだろうか、とため息をつく。
何も聞こえない。隔絶された世界で、ヒルトラウトはただ待つしかない。祈るしかない。自分が震えているのに気付き、ヒルトラウトは自分を抱きしめた。
部屋の扉が開き、ヒルトラウトはとっさに立ち上がった。男が二人入ってきた。
「ヴァイデンライヒ侯爵家の長女って言ったら、『完璧な淑女』だったか?」
「しつけ甲斐があるな」
不穏なことを言いあいながら、入ってきた男たちは扉を閉めた。薄暗い中でもにやりと笑ったのがわかった。この状況が良くないことは、さすがにわかる。小説などなら、扉が開いた時点で華麗に脱出するのだろうが、現実は不可能だ。
ヒルトラウトがおびえた表情を浮かべたのがわかったのだろう。男たちは嗜虐心を覚えたようだ。
「『完璧な淑女』はあっち方面も完璧かな?」
「どちらでもおいしいが」
ヒルトラウトは答えなかった。答える価値もないし、そもそも、声が出ない。少し、ギーゼラの気持ちがわかった。
ヒルトラウトは椅子の背をつかんだ。先ほどまでとは違う恐怖に身を震わせながらも、ただで転ぶヒルトラウトではないのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
後ろ向き系皇子、ヴォルフラムである。




