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あなたが語る真実とは?  作者: 雲居瑞香
選帝侯会議編
13/41

【13】








 選帝侯会議は、未だ進展を見せない。だが、クラウスヴェイク大公エルシェの侍女問題はほどなくして解決した。コルネリアがどうやって説得したのか不明だが、ブランシュ子爵令嬢ギーゼラを追加の侍女として連れてきたのである。


「結構いいと思うんですけど。口はきけませんが、気が利きますし、頭もいいですし、可愛いですし」


 と、コルネリアはギーゼラを押した。いや、いいと思うが、最後のは関係あるのか? あるか。容姿のいい者を連れているのは、その貴人のステータスなのだそうだ。その点では、ヒルトラウトは用件を満たしていない。顔立ちは普通より整っているかな、くらいで、ギーゼラやコルネリア、ヘレナのように美人ではない。と、本人は思っている。


「そうねぇ」


 アメリーとロジーナのことがあるので、さすがのエルシェも即断はしなかった。代わりにヒルトラウトとヘレナに意見を求めた。

「私は構わないと思いますが」

 ヒルトラウトはギーゼラと面識はあるが、よく知っているわけではないのでより社交界に出ているコルネリアの判断を尊重したわけだ。

「私もいいと思いますわ。ブランシュ子爵家は堅実ですし、ご令嬢のギーゼラさんも、悪い噂は聞きません」

 さすがに年長者のヘレナは言うことが違う。ギーゼラの悪意ある噂は聞くが、確かに悪い噂は聞かない。

 そのギーゼラは、身振り手振りで何かを訴えようとしている。コルネリアが「え、何? 話せなくても無問題よ」と回答している。何故会話ができるのだろうか。何となく察することはできるだろうが、会話ができるとは思えないのだが……。


「二人とも賛成なのね。わかったわ。一つ確認だけれど、言葉が話せないのね?」


 エルシェが確認のためにギーゼラに尋ねた。彼女は少し怯えた様子を見せながらこくりとうなずいた。今まで、口が利けないことで様々な悪意にさらされてきたのだろう。

「わかったわ。コルネリアが言うように、問題はないわよ。よろしくね、ギーゼラ」

 ギーゼラが侍女に採用された瞬間だった。ギーゼラ本人は驚いたようで、瞬きを繰り返していた。


 ともあれ、ブランシュ子爵家も了承したので、ギーゼラが新たに侍女に加わることになった。言葉は話せずとも、コルネリアが何故か彼女の言いたいことを察することができるらしく、コミュニケーションには困らなかった。

 こっそり、何故わかるのか、と聞いたのだがコルネリアは「何となくわからない?」とのことだった。なるほどわからん。

 ギーゼラは心強い戦力であった。手先が器用で、おそらく、自分がいろいろと言われたせいであるとは思うが、人の心を察するのがうまくて、気づいたらさりげなくヒルトラウトやコルネリアに教えてくれる。どうやらヘレナのことはまだ苦手としているらしい。

 言葉の話せないギーゼラは、気の強いコルネリアと行動を共にすることが多かった。つまり、ヒルトラウトはヘレナと一緒であることが多いのだ。

 とは言っても、一人で行動することもある。ヒルトラウトは文献を返しに行く途中、兄に遭遇した。

「こんにちは、お兄様」

「……ヒルトか。元気そうだな」

「一応は」

 何となく、ルートヴィヒの表情が精彩を欠いているような気がする。首をかしげたヒルトラウトだが、すぐにはっとした。


「ああ、ギーゼラとあまり会えなくなってショックなのね」

「んなっ!」


 大げさにルートヴィヒがのけぞった。わざとではなく、兄にとってはこれが通常営業なのである。唇の端をひきつらせていたルートヴィヒであるが、笑っているヒルトラウトを見て穏やかな表情になった。

「……よく笑うようになったな」

「え?」

 今度はヒルトラウトが戸惑う番だった。ことん、と首をかしげる。先ほどまで妹にからかわれていたルートヴィヒは、兄の顔になってヒルトラウトの頭を撫でた。

「騒ぎに巻き込まれないようにはしろよ。と言うか、お前が騒動の中心かもな」

「好きでいるわけじゃないわ」

 乱れた髪を直しながらヒルトラウトは言った。ルートヴィヒは「そうだな」と今度は優しく頭を撫でた。

「ところで、お兄様はギーゼラと付き合っているの?」

「ヒルト!」

 やはり妹が舌戦に勝利し、兄妹は別れてそれぞれの仕事に戻る。その途中で、ヒルトラウトはまたも男性に遭遇した。今度は身内ではない。


「こんにちは、美しいお嬢さん」


 気障な声がかかり、ヒルトラウトは意図的に無視した。ねえ、と声の主は折ってくる。

「君、宮殿の侍女? 良ければ一緒にお茶でも飲まない?」

 あからさまなナンパもあったものだ。一応貴族に連なるヒルトラウトにとっては、ありえないふるまいだ。ことさらに無視していると、二の腕をつかまれた。

「おい、無視するなよ!」

 さすがに腕をつかまれては無視できず、ヒルトラウトは無言で睨みつけて腕を振り払おうとしたが、振り払えないほど強くつかまれていた。痛みに顔をゆがめる。

「痛い目に遭いたくないだろ。だったら、俺と一緒に来いよ」

 ヒルトラウトが顔をゆがめたのを見て、男が調子に乗る。腕を折る覚悟で投げ飛ばしてやろうかと思ったが、その前に助けは来た。


「それくらいにしておけ。嫌がっているだろう」


 声をかけてきたのはアイスナー辺境伯ギルベルトだった。ヒルトラウトは表情を変えなかったが、また変なのに見つかったな、と内心思ってしまった。しかし、同時に助かった、とも思う。

「アイスナー辺境伯ではありませんか。引きこもり伯爵のお気に入りですか、この娘は」

 嫌な言い方だ。何より、ギルベルトに対して失礼である。確かに引きこもりかもしれないけど。

「アイスナー辺境伯に失礼です。あなた、もう一度一から作法を叩き込んでもらうべきだと思いますけど」

 完璧な淑女と言われたヒルトラウトらしくない嫌味だ。だが、ほぼ初対面の相手を風聞だけで貶めるような相手に、敬意を払う必要など皆無である。男はヒルトラウトを睨んだ。

「ふん。優しくしてやったら付け上がりやがって。かわいくねぇ女」

 男はヒルトラウトの手を乱暴に払うと二人から離れて行った。ヒルトラウトはギルベルトの方に歩み寄り、右手でスカートをちょこんとつまむと礼を取った。


「ありがとうございます。助かりました」


 左手に本を持っていたので正式な礼を取れなかったのである。ギルベルトは「いや」と首を左右に振り苦笑する。

「今度も助けはいらなかったようだな」

「いえ、彼も、辺境伯を見て相手が悪いと思ったのでしょう」

 と澄まして相手を持ち上げてみるが、ヒルトラウトの本性を垣間見ているギルベルトは騙されなかったようだ。

「よく言う」

 ギルベルトはふっと笑うと言った。

「君もまた、よく絡まれるな」

「何故でしょうね。さっきの人は、私のことを知らないようでしたけど」

 どこかの貴族の使用人だったのかもしれない。ヒルトラウトは去年の一件もあり、社交界でそれなりに顔が知られている。貴族だったら、たぶん、彼女が誰か察しが付くだろうと思ったのだ。


 いや、だが、ギルベルトもヒルトラウトのことは知らなかったか。まあ、彼の場合は領地に引きこもっていただけだけど。

「私が言うのもなんだが、あなたはもう少し気を付けたほうがいいと思う。ただ見た目で判断するなら、あなたは可愛らしいお嬢さんなんだからな」

「……はい。ありがとうございます」

 完全に不意を突かれたので、ヒルトラウトは半ば呆然と返事をした。正論……なのかもしれないが、自分にさらりと『可愛らしい』などと言えるギルベルトが信じられない。お世辞でもうれしい。


 一応、選帝侯と選帝侯の侍女だ。よからぬたくらみをしていると思われるのはしゃくなので、二人は早々に別れた。

「ただいま戻りました」

「おかえり」

 コルネリアが振り返って言った。彼女は自分の仕事をしながら、ギーゼラにあれこれ指示を出している。なかなか手際のいい少女だ。

「ああ、ヒルト。ちゃんと帰ってきたわね」

「はい?」

 エルシェの不思議な言い回しに、ヒルトラウトは首をかしげる。いつもちゃんと帰ってきていると思うのだが。

「いえね。実はまた、わたくしのまわりがざわついてきていて……あなた、アイスナー辺境伯に気に入られているでしょ。余計に危ないんじゃないかと思って」

 エルシェの核心部分をのぞいた言葉に、ヒルトラウトは、ああ、選帝侯会議に決着がつきそうなのだな、と察した。

 エルシェは遠回しに言ってくれたが、ヒルトラウトはエルシェにもギルベルトにもウィークポイントになる、と言うことだ。ヒルトラウトは、そんな重要人物になった覚えはないのだが。


 しかし、普通に生活しているだけでも噂が立つ社交の中心、レーブライン城だ。しかも、ヒルトラウトは一年前にゴシップがあったばかりだ。確かに、少々人目を引くかもしれない。

 そう考えたヒルトラウトであるが、彼女の読みは甘かった。だが、一般的な貴族令嬢としては、そんなものだろうと思われた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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