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あなたが語る真実とは?  作者: 雲居瑞香
選帝侯会議編
11/41

【11】










 司法捜査。司法省による捜査は、軍による警察権による捜査とは、少し違っている。警察権による捜査が物的証拠を見つけるのに対し、司法捜査は理論的証拠を見つける、と言われている。つまり、法的証拠と言うことか。ヒルトラウトはピンとこないが、兄ルートヴィヒによると違うらしい。

 物的証拠だけでは誤認逮捕につながりかねない。政治犯をさばくことが多い司法省は、物的証拠だけを重視しないということらしい。


 というわけで、エルシェの部屋には再度捜査が入った。今回は司法捜査である。ルートヴィヒ自身は、妹がエルシェに仕えているために関われないので、同僚の捜査を見ているだけだ。

「ごめんなさいね。忙しいでしょうに」

「いえ。このようなことは想定の範囲内です」

 エルシェの言葉に、ルートヴィヒが生真面目に答えるのが面白い。ルートヴィヒが言うように、選帝侯会議が開かれるのなら、司法省が忙しくなるのはある程度想像できる。たった十数年前にも、同じようなことがあったのだから。

「大公、確認していただけますか」

「ええ」

 エルシェが呼ばれて、持ち物の確認を行う。そして、その中で誰の持ち物でもないという鍵のかかった本が見つかった。

「鍵はあるんでしょうか」

 その本を覗き込んだヘレナが首をかしげた。まあ、鍵がないと開かないと思うが。

「ヒルト、はりがねほどの細いもの、持ってるか?」

「……ヘアピンならあるけど」

 兄の謎の問いに、ヒルトラウトは正直に答えて結い上げた髪の中からヘアピンを一本ぬきとる。長い髪がはらりと背中に落ちた。

 ルートヴィヒは妹からヘアピンを受け取ると、曲がっている部分をグイッと伸ばした。

「本を貸してください」

 エルシェがルートヴィヒに鍵のかかった本を差し出す。ルートヴィヒはそれを受け取ると、鍵穴にヘアピンを差しこんだ。やると思ったけど、本当にピッキングする気なのだろうか。


 かちゃかちゃと音が響く。しばらくしてかちゃん、とひときわ大きな音がした。

「お、開いた」

 と、本を開いて見せるルートヴィヒ。ヒルトラウトは胡乱気に兄を見上げた。

「お兄様……」

「妹よ。そんな目でお兄様を見るんじゃない。何かあることないこと白状させられそうだからその眼やめて!」

 騒ぐ兄妹にエルシェが声をあげて笑った。アメリーも遠慮なく笑っているし、ヘレナとコルネリア、ハーレン将軍なんかも吹き出すのをこらえているように見えた。平然としているのはロジーナくらいなものだ。

「楽しいわね、あなたたち。で、それ、何の本?」

 ルートヴィヒがカギを開けた本をエルシェに差し出す。受け取った彼女は、本を開いた。文字が並んでいるかと思えば、そうではない。

「箱、見たいね。偽装してるけど。空だけど、何が入っていたのかしら」

「この手のものは機密情報の持ち運びや密輸に使われることが多いですが……」

 こういうものを眼にしたことがあるルートヴィヒでも、一見しただけでは何に使うものか判別できないようだった。

「こちら、預かってもよろしいですか」

「ええ。もちろん」

 エルシェの了解を得て、ルートヴィヒはその本の形をした箱を持ちかえって調べることにした。情けない姿を見ることが多いルートヴィヒの頼りになる部分を見て、ヒルトラウトは感動した。


「お兄様……格好いいわよ」

「おま……っ! 何なの!?」


 それでも、兄をいじり倒す妹である。


 ルートヴィヒは妹とのやり取りで適度に笑いを提供しつつ、部署に戻って行った。たぶん、彼が追及してくれる……はず。

「お兄様まで巻き込んでごめんなさいね、ヒルト」

「いえ。あれが兄の仕事ですし」

 たぶん。ヒルトラウトが兄の仕事状況を目撃したのは初めてなのだ。

「検分も終わったし、お片付けお願いできる?」

 エルシェが侍女たちに行った。片づけは侍女の仕事ではないが、散らかっているものがものなのでヒルトラウトたちが片づけることにした。エルシェの見る目が確かなのか、そう言うことを嫌がらない者ばかりが集まっていた。


「ヒルト、さっきの人、お兄様なのよね?」


 コルネリアが片づけをしながら近づいてきて尋ねた。ヒルトラウトはうなずく。

「そうね」

「法務官なのよね……」

 コルネリアのつぶやきに、ヒルトラウトは何やら背筋が寒くなった。思わず身震いする。

「ねえ、お兄様ってどんな方?」

 シュトライヒ伯爵令嬢であるコルネリアから見れば、侯爵子息であるルートヴィヒは条件の良い結婚相手であると思う。やや年は離れているが、貴族社会ではよくあることだ。

「臆病ね。頭はいいけど」

 臆病と言うか、ビビりというか。ただ、頭は本当に良いと思う。

「ふーん、いいじゃない。優しそうで」

 コルネリアが言った。意外だ。そう言う相手は嫌がると思ったのだが、別にかまわないらしい。


「ふふふ。ヒルトにお姉様って呼んでもらおうかしら」

「……そうなったら呼ぶわよ」


 気の強い娘だが、慣れてくると結構懐いてくれて可愛いところもある。


 部屋をきれいに片づけ終えて一息ついていた時、再び騎士たちがやってきて高らかに告げた。

「クラウスヴェイク大公エルシェ・ファン・デル・クラウスヴェイク! あんたを選帝侯会議規則違反で拘束させてもらう!」

 逮捕状のようなものを突き付けて騎士たちはそう言った。ハーレン将軍がエルシェを守るように前に出る。エルシェ自身は平然としたものだ。アメリーとヒルトラウトも迎撃態勢を取った。ちょいちょい、とエルシェがヒルトラウトを呼ぶので彼女に近づく。エルシェは座っていたソファから立ち上がる。

「証拠はあるのかしら。わたくしが違反をした、という」

 エルシェが冷静に言った。やっていないことはいないのだから、彼女が強気で出るのも当然だ。

 だが、騎士たちは勝ち誇ったように笑った。


「司法省より回収してきた。この中に選帝侯会議の投票用紙を入れて、すり替えたな?」


 強者が黒と言えば、白くても黒くなる。エルシェは大公になって日も浅く、まだ若い女性だ。身分は最も高いが、最も経験が少ない。つまり、彼女はもっとも高い地位にいながら、権力的には弱者に入るのだ。

「それだけ?」

 しかし、エルシェ・ファン・デル・クラウスヴェイクと言う女性は、弱者たりえない存在だった。クラウスヴェイクの民に選ばれた大公である。転んでもただで起きる女性ではない。

「まだある。司法省の司法官がこの箱を預かったと証言したぞ。証拠を隠滅しようとしたな? また、同じ選帝侯であるアイスナー辺境伯を自陣営に取り込もうとしたな?」

「……」

 エルシェのこともギルベルトのことも貶めるような発言である。はっきり言って馬鹿にしている。二人とも、自らが選帝侯であるということを重みをもって受け止めている二人なのに。


 しかし、箱を預けた司法官がヒルトラウトの兄ルートヴィヒであるので、彼女は黙っておくのが良いだろうと口を出さないことにした。


「ひとつお聞きするけれど、あなたたち、わたくしが誰を推挙しているか知っていて? もちろん、知っているわよね?」


 エルシェの問いに、しかし、騎士たちは口ごもった。正直なところ、ヒルトラウトたちも彼女が誰を押しているのか知らない。もちろん、それが正しいのだが、エルシェが『アイスナー辺境伯を自陣営に誘った』と自信満々に言うのであれば、彼女が誰を押しているのか知っていてしかるべきではないだろうか。

 ヒルトラウトは政治的取引などに、自分が向いているとは思わない。だから、エルシェの言動にそう思わされているだけだという可能性も無きにしも非ずだが、とにかく、騎士たちはひるんだ。

「こんな行動をとるとしたら、誰かしら……おそらく、フリートベルク公ね」

 騎士たちの顔がゆがむ。どうやら、図星のようだ。

 フリートベルク公は先帝の第一皇子ヴォルフラムの外戚になる。ヴォルフラム皇子の母親が、フリートベルク公爵の妹なのである。まだ年若く、経験が足りないとみなされる可能性の高いヴォルフラムを援護しようとこのような手段に出たのかもしれないが、逆効果ではないだろうか。

 ヒルトラウトはフリートベルク公爵の顔を思い出す。整った顔立ちの壮年の男性であるが、見た目ほど頭は良くなかったということか。

「あなたたち、それでもわたくしを連れて行くかしら」

 騎士たちに連れて行かれたとしても、エルシェはそこで効果的にフリートベルク公爵の陰謀を利用するだろう。それができるから、エルシェはクラウスヴェイク大公なのだ。ヒルトラウトもだんだんわかってきた。


 下っ端騎士としては、引き下がるしかないのだ。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


お兄様、とても書きやすいです。


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