【10】
エルシェのスケジュールを確認しながら、ヒルトラウトはルートヴィヒに言われたことを思い出す。崩すなら、エルシェかギルベルトのどちらか。もしくは両方。現状、帝都で侍女を募集したエルシェから崩される可能性が高い。
となると、どう考えても五人の侍女……ヒルトラウトはのぞいても、四人の中に内通者がいる可能性が高い。ヒルトラウトも背後関係を調べてみたが、さすがに侯爵令嬢一人の力では難しい。
ただ、クラウスヴェイクの内乱を治めたエルシェが何も手を打っていないと言うことはないと思われるので、心配するほどでもない……のかもしれないが。
そう言えば、兄ルートヴィヒは約束を守ってくれて、有名店のマドレーヌをくれた。喜ぶヒルトラウトを見て、彼が少し安心した表情をしたのは見逃さなかった。どれだけ心配性なのか。マドレーヌはエルシェも含めた女性陣でおいしくいただいた。本当においしかった。今度自分でも買いに行こう。
マドレーヌを食べた日の翌日、事態は動いた。突然、エルシェに選帝侯会議の内容を漏らしたと言う容疑がかかったのである。いわく、選帝侯会議射しか知りえない情報が噂されていたと言うのだが。
「それ、誰が判じるのかしら」
というヒルトラウトの素朴な疑問である。選帝侯会議での話は、選帝侯にしかわからない。つまり、宮殿内で七人しかわからない、と言うことだ。それを誰が選帝侯会議でしか知りえない情報である、と判じたのだろうか。
そもそも、出回っている話は選帝侯会議での情報なのだろうか。たまたまアイスナー辺境伯ギルベルトと遭遇したヒルトラウトは、思っていたことを尋ねた。
「出回っている噂は事実なのですか?」
今のところ、先帝の息子ヴォルフラムと先先帝の弟ダンメンハイン公爵の一騎打ち。アンシュッツ大司教はヴォルフラムを、シュレーゼマン公爵はダンメンハイン公爵を支持している、と言う噂である。
「まあ、おおむね事実だな」
ギルベルトが慎重に答えた。おおむね、と言うことは、細部は違うらしい。
「へえ~。どの辺が違うんですか?」
「機密事項だ」
さすがに辺境伯、口が堅い。さりげなく聞き出そうとしたヒルトラウトは「すみません」と謝った。というか、彼が時々構ってくれるのでこうして普通に声をかけてしまったが、我ながら大胆なことをしたともう。
「……エルシェ殿が情報を漏らしたとは思えない。選帝侯の誰かが発信源にしては、情報が不確かだ」
「……つまり?」
ヒルトラウトが首をかしげると、ギルベルトは答えた。
「この噂は、選帝侯ではなく選帝侯に近しい、断片的な話を仕入れられるものが流した可能性が高い」
「……それは、私たちのような侍女とかってことですか」
「侍女だけに限定はできないが、その通りだ」
ほかにも、『近しい』と言える人は何人かいるだろう。護衛なども含まれるだろうし。
「となると、私も容疑者に含まれるはずですよね。私に話しちゃってよかったんですか」
ヒルトラウトも、選帝侯エルシェにそこそこ近しい存在だ。ギルベルトの推測では、容疑者に含まれているはずなのだが。
「私は自分が見たものを信じる。君はそんな事をするタイプじゃない」
完全に私見であるだろうが、そこまで信用されているとなると、ちょっとうれしい。
「……ありがとうございます」
礼を言って少し微笑むと、ギルベルトは目を見開いた。普段無表情なので、表情の変化があるとすぐにわかってしまう。ヒルトラウトはむっとする。
「私が礼を言うのはおかしいですか」
「いや……そうではなくて」
ギルベルトは視線を逸らした。ヒルトラウトは小首をかしげたが、後ろからがしっと肩をつかまれた。振り返る。
「あら、コルネリア」
「あら、じゃないわ! この大変な時に何自分は逢引してるのよ!」
「……」
たまに思うが、コルネリア、言葉が古い。本の読み過ぎではなかろうか。
「何かあった?」
「エルシェ様に強制捜査が入ったのよ!」
今度はヒルトラウトが目を見開いた。このタイミングで? ヒルトラウトはギルベルトに急ぎ挨拶すると、コルネリアに尋ねた。
「容疑は?」
「選帝侯会議での情報漏えい容疑! そんな容疑で、部屋をひっくり返すってどうなのよ!」
ぷりぷりとコルネリアが怒っている。高飛車なところもある彼女だが、侍女の仕事はちゃんとしている。そして、指摘が鋭い。
とにかく行こうと、ヒルトラウトもコルネリアに続くが、背後から肩をつかまれた。ギルベルトだ。ヒルトラウトは急いでいたが振り返った。
「辺境伯?」
「部屋を探したのなら、何か別の目的があるのかもしれない」
「……」
どうやら忠告してくれたようだ。ヒルトラウトはうなずく。
「ありがとうございます。それとなく探ってみます。辺境伯も気を付けて」
エルシェが狙われたと言うことは、次の矛先が彼に向く可能性がある。しっかりしているように見えて、どこかぽやっとしているところがあるのでちょっと心配になってしまったのだ。
少し遅れたヒルトラウトだが、コルネリアにはすぐに追いついた。
エルシェが使っている部屋には、コルネリアの言うとおり、捜査が入っているようだった。完全に言いがかりだろうが、言った言わないの世界ではよそ者の方が弱いのだ。
ギルベルトが言っていたように、単純にエルシェを陥れるためだけの行動ではないのかもしれない。過去の選帝侯会議でもこう言ったことはあったと言うし、一種の通過儀礼である可能性も否定できない。
「ヒルト!」
部屋の中を乱雑にひっくり返す騎士たちに、さすがにおびえた様子のヘレナがヒルトラウトを見てほっとした様子を見せた。いや、ほっとされても困るのだが。
おそらく、現状、一番冷静なのは主君たるエルシェではないだろうか。彼女は目を細めて騎士たちの様子を見ている。腕を組んで立つ姿はなかなかの迫力だ。後ろにハーレン将軍がいるからかもしれないけど。
「エルシェ様が情報漏洩の容疑をかけられているって聞いたんだけど」
「そう……そんな事、エルシェ様がするはずないのに」
と、ヘレナは話す相手ができて怒り気味に言った。ヒルトラウトは「そうだね」と同意しつつ荒らされていく部屋を観察する。が、かなりひっくり返されているので、一度片づけてみないとわからなさそうだ。
騎士たちはひっくり返すだけひっくり返すと、いくつかのものを持って出て行った。これだけして、エルシェへの尋問はないらしい。大公は珍しく深いため息をついた。
「やってくれるわね……選帝侯を返上するのは構わないけど、クラウスヴェイクを盗られるのは困ると言うのに」
「……」
とても静かな口調であるが、エルシェが怒っていることがよく伝わった。
「大公、落ち着いて。悪いが皆、部屋を片付けてくれ」
「承知いたしました」
ハーレン将軍の指示にヘレナがうなずく。ヒルトラウトは、『彼らは何が欲しかったのだろう』と考える。そして、声をあげた。
「待って! 触らないで!」
ヘレナの手をつかんで叫んだヒルトラウトに、エルシェが驚いたように目を見開く。
「どうしたの、ヒルト。声を荒げるなんて珍しいわね。何か気づいた?」
エルシェがヒルトラウトを見て小首をかしげた。その眼が「言ってみろ」と言っている。少し怖かったが、止めてしまった手前、ヒルトラウトは口を開く。
「えっと。彼らが何を探していたのかを考えたんですけど……もしかしたら、探していたんではなくて、何かを置いていったんじゃないかと思って」
「どういうことだ?」
ハーレン将軍が「何だそれは」というような表情で首をかしげた。逆にエルシェは「なるほどね」とうなずいた。
「鋭いわね、ヒルト。なるほど……わたくしを選帝侯会議から引きずりおろす、そんな証拠になるものを置いておけばいいっていうことね。ヒルト」
「あ、はい」
名を呼ばれてあわてて返事をする。エルシェは彼女を見て言った。
「あなたのお兄様、確か宮廷にお勤めではなかった?」
「……一応、法務官ですけど……」
「呼んできてもらえる?」
「はいっ」
指示されてヒルトラウトはパッと身を翻す。今日、兄が登城しているかはわからないが、たぶん、いると思う。まじめだから。
走るわけにはいかないので、早歩きで司法省を目指す。だが、司法省に行く前にヒルトラウトはルートヴィヒを発見した。
「お兄様」
「わっ。……って、何だ。ヒルトか」
どうした、と尋ねてくるルートヴィヒであるが、その前に驚いた声をあげていたのをヒルトラウトは聞き逃さなかった。
「相変わらず臆病ね」
「うるさいわっ。で、どうしたんだ」
「あ、えっと、エルシェ様がお兄様を呼んで来いって」
「なんだそりゃ」
眉を顰めながらも、ルートヴィヒはヒルトラウトについてきてくれた。エルシェたちは、まだ荒らされた部屋の中にいた。
「いらっしゃい。初めましてね。わたくしはエルシェ。クラウスヴェイク大公なんてものをやっているわ」
「は、はあ……ルートヴィヒ・ファン・ヴァイデンライヒと申します。いつも妹がお世話になっています」
ルートヴィヒが丁寧にエルシェにあいさつをした。まあ、エドラがいつもお世話になっているは事実だ。
「および立てして申し訳なかったわね。ヒルトのお兄様は法務官だと聞いていたから」
エルシェはニコリと笑うと、衝撃的なことを言った。
「この部屋を司法捜査していただきたいの」
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