8.
パーティーから一ヶ月ほど経ったある日、「公爵領の魔石鉱山で、採掘量が落ちている」とお父様に告げられた。
「当面、量が減るような観測結果は出ていなかったのだが」
「気になりますわ。わたくしが視察に行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん。むしろ、私は貴族会議が続くのでな、お前が見てきてくれれば助かる」
お父様の許可を得て、私は南部のリュシブール公爵領へ行くことになった。
数週間ほどかかるかもしれないし、その間修行は無理ね。
そう思っていたのに。
「領地へは、私も同行しよう。公爵閣下にはお許しいただいたよ」
訓練を終えたあと、マクスが笑顔で言い出した。
「師匠が……なぜです?」
「一緒に行けば、合間に修行もできるだろう? 護衛の一人だと思ってくれればいいさ」
私は護衛が必要なほど弱くないし、強い魔物が出る時期でもないけれど。
修行ができるのは助かる。マクスも、私の指導をしないと暇なのね。
ふと、気づく。私は十六歳。マクスは、二十二歳になっているわ。
「師匠には、縁談はありませんの?」
「んー? どうしてだい?」
どうしても何も、貴族なら男性は二十歳前後で結婚するのが普通だわ。
まして、この美貌だもの。爵位を継がない子爵家次男と言っても、婿入りを望む女性は山ほどいそう。
「……独り身のほうが、身軽だとお考えですか?」
「含みを感じる言い方だね。遊びたいわけではないよ。かと言って、簡単に結婚したいとも思わない。
幸い、家の者は私を自由にさせてくれる。いい相手が見つかるまで、というところかな」
理想が高いってこと? 納得できなくもない。
容姿や爵位で気持ちが動くのなら、シグルドは私を嫌わないでしょうし、私も同じ。
「意外と堅実なのですね」
「意外、は心外だな。これでも一途なほうだと思うよ」
一途ね。意中の人がいるのか、以前いて叶わなかったのか。
「私が師匠を振り回していると思われるのは、困りますので」
「ああ、なるほど。それなら、心配無用だよ」
マクスは軽くウインクをして、楽しそうに笑った。
……そういうところが、ちょっと心配なのよ。
ただでさえ、十三歳から剣術修行を始めたことで社交界ではいろいろ言われているし、その師匠が遊び人と噂されるマクスだから。昔はともかく、十六歳にもなった私が婚約者を放置してほかの男と親しんでいると、陰口を叩く人もいる。
もっとも、お父様がその手の人間には手を回してくれて、スキャンダルが広がらずに済んでいるけどね。
実際は、シグルドこそ私を放置している。こういう時に非難されがちなのは、女のほうなんだもの。
「そうそう。お嬢様の婚約者だけどね、近頃軍では肩身が狭いらしい」
「は?」
どういうこと?
「先月の、モンフォール侯爵のパーティーで会場に入って間もなく、お嬢様と別行動をしていただろう。ブラウハイト卿は、公爵令嬢を尊重しなくても許されるとはいいご身分だと、軍の高位貴族には嫌われているそうだ」
……ダンスを誘わなかったのはシグルドの失態だけど、離れて庭に出てしまったのは私。
目撃者もいたはず。でもシグルドも評判を落としているのなら、少しは胸がすくわ。
あの夜、「彼に恋していたエレオノーレ」が消えてしまったことを思えば、なおさらよ。
「剣術は優れていますし、彼は気にしないでしょう」
「強さだけでは、軍でやっていけないよ。ま、お嬢様は気にしなくていいか」
――気にしなくていいなら、わざわざ話した理由は何?
なんて、考えなくてもわかる。マクスなりの、慰めね。
「師匠、覚えておいてください。わたくし、シグルド・ブラウハイトと結婚するつもりはありません」
マクスが目を丸くした。本気で驚いたようね。
「婚約解消ということか。それは、公爵閣下も承知してくださったのかい?」
「いずれ、説得してみせますわ」
「そう、か」
何やら思案げな顔になったけれど、とにかく慰めはいらないとわかってもらえたかしら。
シグルドの情報は、私には必要最低限でいいの。マクスに気遣われる必要はないわ。
* * *
一週間ほどかけて領地に着き、翌日には鉱山へマクスと出向いた。
「さすが公爵領の鉱山だ。立派なものだね」
マクスは採掘設備を見て、感心している。責任者の案内でチェックをしたところ、機械の故障や人員不足ではなさそう。
それに、魔石鉱山はにじみ出る魔力で、その規模がわかる。
以前視察した時と同じように、魔力を感じる。減っている様子はない。つまり、魔石を掘り尽くしているわけでもない。
「相当強い魔力が出ているな。鉱山が枯れてきているとは思えないね」
「ええ。これで、採掘量が減っているのであれば……」
「人為的なもの、かな」
マクスと目が合い、私は軽く頷いた。
考えたくはないけれど、公爵領内で不正が行われている恐れがあるわ。
「申し訳ありませんが、しばらく滞在して調査いたします」
「当然だよ。こういった事態を想定して、ついてきたわけだしね」
長く不在になって、修行が止まることを案じて?
マクスは、お父様と何か別の契約をしているのかもしれない。
領主の城に戻り、まずは帳簿を提出させた。
……採掘量は、一年ほど前からわずかに減ってきている。それがここ数週間で、大幅に落ちだした。
明らかに不自然だわ。管理人は変わっていないけれど、一年前から今までに雇い入れた人間を洗うべきね。
ドアをノックする音がして、「入りなさい」と答えると、マクスだった。
「お嬢様、少しいいかな」
ここは執務室で、部外者には帳簿まで見せられない。私は領主の椅子から立ち上がり、「こちらへどうぞ」と手前にあるソファーへマクスを促した。自分も、その向かいのソファーに座る。
「客扱いをしていただいたところでなんですが、踏み入った話をいたします」
マクスが私に敬語を使うのは、特別なときだけ。茶化しているのではなさそう。
「どういった話でしょう」
「魔石を横流しされている相手についてです。最近、王家が魔石を買い集めているそうで」
王家はもともと、魔石の最大購入先。魔石は短時間魔力を高めて魔術の威力を上げたり、加工して魔道具を作り、未修得の魔術を使用したり防いだりできる。そのために王立軍用に確保されるし、王宮守護のためにも利用される。
買い集めるのは、大抵は有事の際。でも、周辺諸国とはずっと円満な関係で、貿易も盛んに行われている。
「お嬢様もおわかりでしょうが、魔石を貯めこむ理由は現在対外的にありません。正式な販売ルートでは、すぐに王家の動きはわかります。
なんらかの公にしたくない理由があって、一部の魔石を公爵家を通さずに流されている可能性がありますね」
「そんなことまで、どうして師匠がご存じなんですか」
「私の実家は、かつて王家に仕えていましたからね。今でも、コネクションがあるんですよ。
お嬢様には隠しませんが、ここだけの話にしておいてください」
口元に人差し指を立ててみせたけど、表情は笑顔。……食えない人だわ、マクスは。
でも、それが本当なら……王家が戦か何かを想定の上で、魔石を増やしている?
「なんのためかわかりませんけれど、リュシブール家の鉱山に手を出しているようであれば、見過ごせません」
「でしょうね。お嬢様には、どうなさいますか?」
「――夜にもう一度、調べに行きます」
「そうおっしゃると思いました。お供いたします」
マクスが笑うのは、私を安心させようとしているのかしら。なんであれ、ついてきてくれるのは心強いわ。
私とマクスは城のみんなが寝静まった頃、待ち合わせて城門から堂々と騎馬で外へ出た。
被っているマントに付けられた魔石は、私たちを公爵家の騎士団に見せてくれる。
「用意周到だな。この魔石、お嬢様が加工したのかい?」
「ええ、隠れて動きたいこともありますから」
「ついてきてよかったよ。お嬢様一人で隠れて動いて、万一何かあったら護衛の首が飛ぶ」
マクスはおどけてみせたけど、言っていることは間違っていない。
自分の力に自信があるから用意してきたのだけど、公爵家の騎士団に迷惑をかけないよう、無事に戻らなくては。
私とマクスは闇に紛れて、馬を走らせた。
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※次回は今夜18時50分頃更新予定です。
次回一行予告:王家に対する疑惑。




