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7.

シグルド・ブラウハイトは、コンラート・ブラウハイト伯爵の一人息子である。

母親は幼少時に病死し、家族は厳しい父親のみ。ブラウハイト家を継ぐ唯一の人間として、子供の頃から剣術を習ってきた。


十五歳になるとすぐ、王立軍に入隊した。


ブラウハイト家の嫡男は、代々そうして剣技を磨いてきたのである。実戦でなければ得られないものがあるとの、先祖代々の教えだった。


だが王国の剣術基礎を作り上げた家柄とはいえ、伯爵家にしては血統的に魔力が低い。

ゆえに、高位貴族から「魔力を剣に込めて戦う」方法が広まると、武門貴族の立場も「かつての名家」扱いで、時代遅れとされていたのだ。


しかしブラウハイト家には、「剣聖」が生まれるという切り札があった。


魔物が数十年ごとに繁殖し、彼らの動きが活発になると、ブラウハイト家から剣聖が生まれて国を救った。魔力を込めた剣術は魔物にも有効ではあるが、剣聖の「青いオーラ」ほどの威力はない。何しろ、魔物は青いオーラを見ただけでひるみ、すくみ上がる。

魔力を込めた剣術では、大抵は白く刀剣が光る。剣士が得意とする魔術ごとに色は多少異なるが、赤か緑、稀に金や銀になる。青色は、魔力では現れない。その青こそが、剣聖の証だった。


前回魔物がディオニス王国で暴れた時代から、三十年近くが経っている。数年のうちに魔物の繁殖期が来る、そう思う者は多かった。


だからこそ、シグルドは剣技を極めようと努力した。次に剣聖となるのは、自分かもしれない。


父の教えに加えて、シグルドには守りたいものがあった。

大切な領地と、そこに住む人々だ。

特に、物心つく前から側で育った少女、セシリア。彼女は両親の代からブラウハイト家に仕えるローゼン子爵令嬢だが、年の近いシグルドにとっては家族同然だった。


領地に帰ると、「お帰りなさいませ」と笑顔で迎えてくれる。

二人きりの時には敬語も使わず、昔のまま「シグルド」と呼んでくれた。彼女といると、心が安らいだ。


が、シグルドが十一歳の年。凶作で領民は苦しんでいた。

その時、父が王都郊外の森で、魔物に襲われていたリュシブール公爵を助けた。

公爵は命を救われた代わりに、金銭的援助を申し出てくれた。ブラウハイト家にも助かる話ではあったが、一度限りではなく長く付き合いを続け援助を受けるために、シグルドは公爵令嬢との婚約を父に決められたのだ。


初めて会ったエレオノーレ・リュシブールは、見たこともない豪華なドレスに身を包み、銀色の波打つ髪とダークブルーの瞳をした、人形のように美しい少女だった。


同時に、美しいが冷たく見えた。

セシリアには一生着られないだろうドレスと、母さえも持っていなかったダイヤモンドを当然のごとく身に着けた十歳の女の子。

住む世界が違う、と感じた。


その上、公爵令嬢である彼女は物言いも傲慢に思えた。今では、公爵令嬢ともなれば極自然な態度だったのだろうとわかるが、出会った当時のシグルドはまだ少年だった。


父が人助けをしたのに、なぜ自分までも頭を下げなければならないだろう。感謝して気を遣うのは、相手側ではないのか?


会うたび、息が詰まる。同い年なのに、セシリアとは大違いだ。

手紙のやり取り、公爵邸でのお茶会、どれも格式張って気が抜けない。


「本来なら王太子妃になられてもおかしくない方が、お前のお相手だ。ご機嫌を損ねないようにな」


父の言葉は、シグルドを縛りつける鎖だった。その鎖の先は、エレオノーレに握られている。

シグルドがエレオノーレと打ち解けられないのは、当たり前と言えた。



エレオノーレのデビュタントの頃に魔物が領地に現れたため、シグルドはエスコートせずに済んだ。魔物の出現を喜ぶなどあってはならないことなのに、シグルドはほっとした。

同時に、わずかに申し訳なさもあった。魔物を鎮圧したあとに詫びの手紙を書いたが、彼女から来た返事は『どうぞお気になさらず。ご無事で何よりです』とそっけない。エレオノーレにも、シグルドはどうでもいい「名ばかりの婚約者」らしい。


昔は、もう少しエレオノーレもシグルドに近づいてきていた。

会うたびに険悪になってしまうので、手紙が減り、公爵邸に招待もされなくなった当初は、心が軽くなったものだ。軍属になったこともあり、疎遠になったのは助かる。


そう思っていたが、軍の魔物退治で功績を挙げるシグルドを妬んでか、ある侯爵家の次男が馬鹿にしてきた。


「リュシブール公爵令嬢は、あのマクス・グリムに剣術を習っているそうだな。数年後には婚約解消されるんじゃないか?」


……マクス・グリム?


エレオノーレが剣を習い出したことは知っていた。それも、最初は自分の気を惹くためかと思ったが……マクス・グリムに師事しているのか?


子爵家次男で、シグルドが入隊する直前に軍を退役した男。女がいくらでも寄ってくるような美男で、素行不良のために軍を辞めたと噂されている。

そんな男と?


「お前がお相手しないものだから、リュシブール嬢に見限られたのではあるまいな。ブラウハイト家のため、婚約は絶対だ。しっかりと、リュシブール嬢を捕まえておけ!」


休暇で伯爵家に戻ると、父に叱られた。

そう言われても、シグルドからエレオノーレに連絡を取る気にはならない。親同士で決められた婚約だ。解消されるのなら、シグルド個人はありがたいというものだ。


しかし、家を援助してくれる相手だから無視もできなかった。



毎年春には、モンフォール侯爵主催のパーティーがある。伯爵位以上の家は当主とともに、その令息令嬢も出席することが多い。

デビュタントを一年前に済ませていたエレオノーレからも、エスコートの打診があった。


『軍務のためにご都合がつかなければ、早めにお知らせください』


残念ながら、今年はなんの用もなかった。嫌でも、エスコート役を務めるしかない。

婚約者同士は格の高いパーティーに出席する際、衣装の色を合わせ、相手の髪や瞳の色を使うものだ。かと言って、わざわざ一回の宴用に服を仕立てられるほど、裕福ではない。シグルドは、軍の礼服で出席することにした。


久しぶりに会ったエレオノーレは、一段と美しくなっていた。濃いブルードレスに金銀の刺繍をあしらい、イエローダイヤモンドのアクセサリーをつけている。ますます格の違いを見せつけられ、シグルドは惨めな思いを無言で隠す。


彼女の手を取り、会場に入って知り合いと話していると、ダンスの音楽が始まった。そこかしこで、男性から女性を誘い、ダンスを始める。

シグルドも伯爵令息だから、ダンスぐらい習っている。しかし、自分からエレオノーレに踊ろうなどと言えるものか。どう見てもただの引き立て役になるだけだ。


「少し、風に当たってきますわ」


エレオノーレはシグルドにそう言って、会場を出ていった。女性から誘うことは、普通しない。まして、公爵令嬢なのだ。


「まあ……エレオノーレ様は」


「ええ、お噂通りのようですわね……」


ひそひそと話している声が聞こえた。シグルドとエレオノーレの仲が好ましい状態ではないことは、社交界でも知られているのか。

どうせ、身分が劣る自分が悪者にされているのだろう。シグルドはそう考え、軍の同僚や上官と挨拶をして、時間をつぶした。



やがて、音楽が静かなものに変わり、パーティーが終わるようだった。エレオノーレは、まだ戻ってこない。

目障りな視線を感じて、シグルドは庭に出た。


「エレオノーレ! どこだ、エレオノーレ」


暗い庭を見回すと、輝く銀髪が目に入った。一瞬、その向こうに遠ざかっていく人影が見えた気がする。

――まさか。


エレオノーレに近づき、誰か一緒だったかと聞いてみた。彼女は背後を気にするような仕草を見せる。


「思いがけず友人に会いまして、話し込んでおりました」


「……男か?」


「女性です」


即答されたが、女同士庭で長々話していたのか。それとも……マクス・グリムといたのでは?

――いや、それならそれでいい。グリム家は子爵だ。まさか、格上のブラウハイト家から婚約者を奪うような真似はしないだろう。リュシブール公爵も、そんなことは認めまい。


シグルドはエレオノーレを送らず、父と伯爵家に帰ると告げた。


「そうですか。では、今宵はありがとうございました」


もっと何か言ってくるかと思いきや、エレオノーレはあっさり挨拶をして去っていった。


……結婚するのは、彼女が十八歳になってから。

だが、この状態では仮面夫婦となるのだろう。それでもいい。こちらも妻の顔色を窺って生きるなど、まっぴらなのだから。


なんとなく苛立ちを感じつつ、シグルドはセシリアの笑顔を思い出して気分を鎮めた。

お読みくださり、ありがとうございます。

続きが気になったら、評価やブクマをしていただけると嬉しいです。

※次回は今日12時頃更新予定です。今日は夜にも更新します。

次回一行予告:公爵領へ調査に。

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