4.
魔力を込めた剣術を習い始めて数日後、マクスが訓練に一人の男性を連れてきた。
「軍にいた頃の、元同僚で友人だよ。彼はまだ現役の軍人だ」
「ラッシュ・スタインと申します。お目にかかれて光栄です、リュシブール公爵令嬢」
丁寧にお辞儀をされたけれど、なんて巨漢なのかしら。
マクスも長身なのに、軽く十センチは上ね。百九十以上、いえ二メートル近くある。
短く刈った赤毛に、前世で言うところのボディビルダーかプロレスラーのような分厚い筋肉。人間相手なら、姿だけで威圧できそうだわ。
「今日は、魔力を剣術と組み合わせる強みを体感してもらおうと思ってね。お嬢様、魔力を剣に込めるのは疲れたようだけど、普段から魔力を使っているのは自覚してるかな?」
「魔力を、ですか? いいえ、まったく」
高位貴族は魔力の高い人間が多く、エレオノーレも血筋的に魔力には恵まれている。女でなかったらもっと魔術修行もするのでしょうけど、私は魔術をさして習っていない。まして剣技の鍛錬では、剣に魔力を込める時以外使ったりしてないわ。
「だろうね。そこは才能でもある。その実感をしてもらうために、スタイン卿を呼んだんだ。彼は魔力は低いが、見ての通り体を鍛えることで補っている」
「魔力の低さを、体力で補えるのですか?」
「軍では、必要なことなんだ。お嬢様、率直に言ってほしいが私と彼が剣を合わせて押し合ったら、どちらが倒されると思う?」
マクスも鍛えているのはわかるけど、そこまで筋骨隆々には見えない。顔に似合った程度のたくましさという感じ。スタイン卿との体重差は相当ありそう。
「押し合いでは、さすがに師匠の分が悪いかと」
「そう思うよね。では、試してみようか。ラッシュ、全力で頼むよ」
「言われなくてもそうするさ」
にこやかなマクスに対して、スタイン卿は真剣そのもの。始まる前から勝負は見えていると考えるところだけど、わざわざ私に見せるということは――マクスは、負けない自信があるのよね。
マクスとスタイン卿が長剣を両手で持って、向かい合う。
「では、剣を合わせて――行くぞ、ラッシュ」
「よし! ……せいっ!」
マクスとスタイン卿が長剣を合わせて、押し合う形になった。スタイン卿の二の腕が、シャツを引きちぎらんばかりに盛り上がっている。
マクスも力は入れているよう。でも、表情は涼しいわ。スタイン卿は早くも、額から汗を流している。
「う、う、うぐ」
……スタイン卿が押されて、両足を地面で踏ん張ったまま後退していく。え、本当に?
「そら」
「うわっ!」
マクスがほんの少し前に出たら、スタイン卿が体ごと吹っ飛ばされて、背中から倒れた。
「どうだい、お嬢様」
マクスは平然と笑っている。スタイン卿は、呼吸を荒くしてまだ立てない。
「師匠は……魔力で、押したのですか?」
「少し違うな。魔力を高めて、全身に巡らせたんだ」
言いながら、マクスがスタイン卿に手を貸して立たせた。スタイン卿は両手を膝について、呼吸を整えている。
「魔力はすべての力を引き上げる。剣に魔力を込めると、魔物の首も斬り落とせるのはこういうことなんだよ。
お嬢様、剣術を習い始めてから、腕や足は太くなったかい?」
「……いいえ、変わってないかと」
「だろうね。無意識のうちに、魔力で身体機能を高めているからだよ。筋肉を鍛えずとも剣技が冴えてきたのは、お嬢様が魔力を上手く使っているということだ」
全然自覚してなかったわ。
でも剣術を習えばもっと筋肉質になるはずなのに、体つきに変化がないのはおかしいとは思っていた。
「普通は魔術修行も同時に行って、身につけるものなんだけどね。自然とできている人には、お嬢様以外会ったことがないな」
「私も、そう、思います」
スタイン卿が息を継ぎつつ、苦笑いをした。
「お嬢様なら、スタイン卿を倒すこともできると思うよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。マクス、さすがにこんなお若い令嬢に倒されるのは」
「公爵邸内で起こっていることは、誰にもわからないよ。そう焦らなくても、私も誰にも言わない」
「い、いやー、しかし」
スタイン卿は嫌そうだけど、目の当たりにした以上私も試したい。
「お願いいたします」
私が剣を構えると、マクスは愉快そうに「頑張れ、ラッシュ」と笑い、スタイン卿は青ざめた。
魔力にこんな力があるなんて、知らなかった。
これなら「勇者」になるのも、夢ではなさそう。
その日、私はつい面白くなって、十回ほどスタイン卿を吹っ飛ばしてしまった。
* * *
「それにしても、お嬢様は本気で強くなりたいんだな。そんなに剣術を習って、何がしたいんだい?」
訓練の合間、休憩中にマクスに尋ねられた。
いつか聞かれるとは思っていたわ。
「父にも、内緒にしておいていただけますか?」
「よほど問題のある理由でなければね。まあ、お嬢様がおかしな理由で鍛えているとは思わないよ」
「おかしいと言えば、おかしいかもしれません。……勇者になりたいのです」
笑われるのは覚悟の上だったけど、マクスは驚きつつも笑いはしなかった。
「『剣聖』かい?」
「剣聖には、ブラウハイト家の人間でなければなれないでしょう。ですが魔力を込めた剣術を極めれば、剣聖にも負けない使い手になれるのではないかと思いまして」
「……ふむ。確かに、魔力は使い方によって無限の可能性があるとも言える。剣聖をしのぐことも、ないとは言えないね」
意外なことに、随分と真面目な顔で言われた。夢物語だと一笑に付されると思ったのに。
「でも、なぜ勇者になりたいんだ? 魔物は時々現れるが、今は平和だろう」
「魔物の活性化は、数十年に一度です。数年のうちに、そうなってもおかしくありません。
魔物が暴れ出したあとに鍛えても、遅いでしょう。その前に鍛錬して、強くなっておきたいのです」
「それはわからなくもないが、公爵令嬢のお嬢様自身が、勇者を目指すのはどうして?」
そうしなければ、私が勇者の――「剣聖」の、犠牲になるかもしれないから。
ここは小説の世界で、私は主人公のために犠牲になる悪役なんです。なんて、言えるわけがない。
「……深い事情がありそうだね。話したくなければいいよ。私はお嬢様の手助けをするだけだ」
マクスは第一印象とは違って、とても誠実な人だ。
私が真剣だと最初の稽古で理解してくれたし、週に三回、私の都合が悪くなければ約束通りに教えに来てくれる。こちらが稽古を受けられなくなる日はあるけれど、マクスの都合でキャンセルされたことはない。
子爵家の次男は、通常は軍などで騎士となるか、どこかの高位貴族に仕える。グリム家は小規模ながら領地もあるし、子爵家の中では力があるほうだろう。
その上マクスは強いし、見た目は文句なしにいい。好きな道を選べそうだけれど、軍を退役したあとは私の指導以外、何もしていないらしい。
私の師匠を引き受けたのは、「暇人なんだ」と言っていた。
暇なのは、自由ということ。羨ましいわ。
私がエレオノーレではなく、ただの貴族令嬢としてこの世界に転生していたら……どうなっていただろう。
それも、親次第よね。前世で医師になることを強制されていたように、この世界でも親の言うがままに生きる人は少なくない。むしろ、貴族はしがらみが多い。
マクスのように、生きたかった。運命を恐れることも、義務に縛られることもなく。
……いいえ。そんな考え方は、私がマクスについて何も知らないからなのだ。
彼にだって、人に言えない事情や想いはあるかもしれない。
私には、変わり者の師匠にしか見えないけれど。
「そろそろ、休憩終了だ。もう一度、剣を持って」
「はい、師匠」
今はお互い、知らないことばかりの師弟。
いつか、マクスの事情も聞かせてもらえることがあるだろうか。
私がこの世界で生き続けているうちに。
* * *
それから、三年半の月日が流れた。
お読みくださり、ありがとうございます。
初日は5話まで更新されています。
次回一行予告:名ばかりの婚約者。




