3.
私は長い銀髪をポニーテールにして、仕立ててもらった女騎士の練習着を着ている。マクスと似たような格好ね。
手には、細めの長剣。兄が以前鍛錬に使っていたもので、今の私にはちょうどいい。
それに――子供の頃、体も鍛えろと前世で剣道をやらされていた経験がある。
「では、軽くやってみようか?」
……軽いのはあなたの調子でしょう。と、師匠である人間には言えない。
マクス・グリム。ただの女好きの放蕩者を、公爵が娘に付けるとは思えない。いいえ、思いたくない。
「お願いいたします」
公爵まで前世と同じ、「娘の人生は自分が決めるもので、それ以外は認めない」なんて考えの父親だと思いたくないのよ!
私は隙だらけのマクスに突進した。
胴! ……と見せかけて、小手を、剣の根元を叩いてやれば――
ギィン、と鈍い音が鳴る。防がれた!?
「おっと、開始の挨拶もなしに」
剣を返して、首元へ……
キン、と跳ね返された次の瞬間には、私の剣が宙を舞っていた。
くるくると回った剣が、離れた花壇の近くに落ちる。
「なかなか攻撃的だ。筋も悪くないね、フェイントをかけて急所を狙う。小柄なお嬢様が、真正面から私に向かうのは不利だ。剣の心得が、まったくないわけでもなさそうだね?」
……完全に、見切られていた?
「でも、訓練は私が『始め』と言ってからだよ」
マクスは剣を拾ってきて、私に差し出す。また、笑顔。
だけど……
この人、強い。
背の高さは私より、五十センチ近く上だろう。素早く、体を低くして体格差を逆に利用しようとしたのに。
全部見通された。小さい分、私は普通の剣士より速かったはず。この体は、身体能力も高い。
それを、あっさりと。
「――失礼いたしました」
「素直だね。もう一回、最初からやろう」
三十分後、私は格の違いを思い知らされていた。
前世の道場で、師範代に稽古をつけてもらった時を思い出す。
公爵、感謝するわ。立派な師匠を見つけてきてくれたことを。
「今日はここまでにしておこう。週に二回と言われているから――」
「三回でお願いします」
マクスが、目を見開く。
「あまり間隔を空けると、身につきませんから」
「そうか……うーん。そうだね、私の雇い主は公爵閣下だから、閣下の許可があればいいよ」
「明後日、お待ちしております」
私は礼をした。カーテシーではなく、直立したお辞儀で。
「わかったよ。閣下に報告して、問題なければ明後日に、また」
マクスは片手を挙げて、先に屋敷の中へと戻っていった。
ふう、と息を吐く。
思ったより、動けた。
師匠もいい。物言いの軽さは気になるものの、剣をしっかり教えてくれるのなら、性格はどうでもいい。
私の目標は、「勇者」になることなのだから。
着替えてから公爵のところへ行くと、マクスは週三回という私の希望を「無理はさせない範囲で行う」と説明して、許可を得たらしい。
報酬は据え置きでいいからと。
「お前が真剣なので、それに応えたいと言っていた。軍にいた頃には、相当な戦功を挙げていたようだ。
好ましくない噂は聞くが、グリム子爵は人格者だ。おそらく、噂の大半は真実とは異なるのだろう」
なるほどね。
公爵が雇ったのは、グリム子爵を信用してたってことなんだわ。
話した感じでは、噂もさもありなん、と思ったけど――事実かどうかはわからないものね。
「お父様、できましたら、師匠への謝礼は増額していただけませんか。わたくしのわがままで、週に二日のお約束を三日に増やしていただくのですし」
「ああ、もちろんそうしておく」
よかった。妙な借りは作りたくないわ。
その分、本気の騎士同様に指導してもらわなきゃ。
とにかく、一歩は踏み出せた。
五年間で、シグルドを凌いでみせる。私には、魔力という武器もあるわ。
自室に戻り、引き出しの鍵を開けて日記を開く。
最後の日付は、私が前世を思い出したお茶会の前日。
『明日、シグルドに会える。少しでも、話がしたい。』
話は、ろくにできなかった。ごめんなさい、エレオノーレ。
私がなぜ、あなたになっているのかはわからないけれど。
私は、シグルドを許せない。
いえ……許せないのは、小説のシグルドね。
今の彼は、何も知らない十四歳の少年。
いずれにせよ、あなたを犠牲にはさせないわ。
* * *
一ヶ月ほど剣術の基礎訓練を続けたあと、マクスが言った。
「お嬢様は、驚くほど飲み込みが早いな。剣術の才能がありそうだ」
「そう、ですか」
深呼吸して、息を整える。マクスと剣を合わせる稽古はあまりせず、素振りや藁を相手にした剣の使い方を習ってきた。
剣道の知識が役に立つこともあるけど、やっぱり素人ではなかなか上手くいかなかった。
今日ようやく、藁人形をきれいに両断できた。剣をまっすぐ的に当てられたからね。
「ここまでできたら、次は――」
「魔力を込めた剣術を、教えてください」
「……魔力を? 実戦的だが、そこまでする必要があるのかい?」
疑問に持たれても、ただの剣技で「剣聖」に張りあうことはできない。
「そうしなければ、魔物と対抗するのは困難だとお聞きしております。師匠はできるのでしょう?」
「軍では、魔物退治が主な任務になるからね」
「でしたら、教えてください」
マクスは顎に指を当てて、考え込むような表情になった。
公爵令嬢がなぜそこまで、と言いたいでしょうね。「お兄様に憧れて」「今では主流の剣術だと聞いて」「師匠の真の実力をお見せください」
いくらでも、言い訳はできる。
「まあ……そうだね。お嬢様は魔力も高いし、経験してみるのもいいかな」
言い訳を口にする前に、承諾された。簡単にはできないだろう、ということかしら。
「剣は、今持っている剣でいいかな。それ、新しく用意した物だろう?」
見た目はこれまで使っていた物と同じなのに、気づいてたのね。
いつまでも、兄のお古を使い続けるつもりはなかった。公爵に頼んで、私に合わせて打ってもらった逸品よ。
「はい、これでいきます」
「それなら、いいか。両手で構えて」
言われた通り、剣を両手で持つ。
「魔力を手のひらに固めるつもりで集中。こぶしぐらいの魔力の塊を感じたら、少しずつ持っている剣へ流し込むんだ。風魔法を緩やかに使うようなイメージかな」
魔力を……集中。
手のひらが熱い。――塊? いえ、緩いわ。もっともっと、強く。
塊のようになった、気がする。そうしたら、剣へ……
刀剣が、銀色の光に包まれた。
「こう、ですか」
「……ちょっと、そのまま。動かないでくれ」
マクスが素手で私の剣に右手を近づけ、触れる前に離れた。
「驚いた。……もういいよ、力を抜いて」
息を吐き、魔力も散らす。込めるだけでも、結構疲れるわね。
「いやあ、すごいな。お嬢様、初めてだよね?」
「? はい」
マクスが髪を掻き上げて、軽く笑った。絵になるわね、いちいち。
「見事だったよ。魔力を剣に込めるのは、簡単なことではないんだ。剣は鋼鉄で、魔力とは相性が悪いし」
魔力は金属とは相性がよくない。
ただし、それも使いよう。上手く合わせれば、金属の強度も魔力自体も倍増させられる。だからこその、剣術。
「お見それしました。見どころがあるよ、お嬢様は」
おどけた物言いには慣れたわ。愉快ではないけど。
「子供扱いしないでください」
「はいはい、お嬢様」
笑ってるけどマクス、あなた十九歳でしょう。
私は、前世では二十五歳だったの。その記憶があるんだもの、精神的には私のほうが年上よ。
……そう、二十五歳だった。
思い出せないけれど、私は過労死したのだろう。あの狭いアパートで、ひとり。
意地を張りすぎたのかもしれない。
でもそうさせたのは、私の意思を認めない親だった。家は裕福だったのに、自由にできるお小遣いは少なくて。家を出た時から貧乏で、社会人になっても余裕はなかった。
エレオノーレも、前世の私と変わらない。
公爵やシグルドの親に決められた人生を生きてきた。
小説のエレオノーレはただの舞台装置で、シグルドに倒される役。
だけどこの世界は、小説じゃない。小説と同じ世界でも、書かれなかった真実がキャラクターの中にある。
エレオノーレはシグルドに恋をして、想いが通じ合えないことに絶望していたし、シグルドはセシリアと想い合っている。すでに、浮気されているのと同じだわ。
……エレオノーレ。
あなたの日記を読むたびに、私は決意を新たにしている。
私は、魔物にもシグルドにも――運命にも、抗って生きるわ。
お読みくださり、ありがとうございます。
初日は5話まで更新されています。
次回一行予告:魔力の使い方。




