第07話 不勤労感謝の日
ここからは、地道な作業だ。名目は謹慎中だから、基本的に部屋を出ることはできない。ただ『食器を厨房に返しに行く』といえば、扉の前に立つ衛兵たちは黙って通してくれた。
ぜんぜん世話をしない侍女たちを見て私に同情してくれたのか、それとも極限までサボりたい侍女たちに丸めこまれているのかは知らないけれど、厨房に行けば何かとおやつも手に入るから、ありがたい。
私は洗い場にワゴンを預けると、練った蜂蜜にナッツをたっぷり詰めて固めたヌガーが皿に盛られているのに目を留めた。甘くて高カロリーでかなり日持ちもするから、非常時の携行食としては最適だ。
部屋置きのおやつに全部もらえないかと頼めば、厨房女中が「もちろんでございます」と、同情めいた顔でうなずいた。隙あらば勝ちたいという妙な競争心がある貴族の侍女たちよりも、平民の女中たちの方が、はるかにお腹をすかせた王女に優しいようだ。
本当はもっと日持ちがする保存食も欲しかったけど、おやつの範囲を超えるものを探していたらさすがに怪しまれるだろう。
私は厨房を出ると、ついでに王族の蔵書室まで急いで足を伸ばし、貴重な資料を何冊か棚から抜き取った。
魔石の産地や鉱脈に関する文献と、各地の風土を一冊にまとめた地理書。まだ習得できていない魔法の巻物が数本に、それから、浄化の技についての古い研究書の原本。
これぐらいなら堂々と部屋に持ち帰っても、衛兵たちも『謹慎中で暇なのだろうな』としか思わないに違いない。
私は部屋へ戻ると、さっそく蝋紙に包んだヌガーと書物を、次元の隙間にしまい込んだ。あと持ち出すものはと言えば、護石袋だ。
これは袋と呼んでいるけれど、正確には柔らかな鹿革で作られた、ウォールポケットのようになっている。長い革には小さなポケットがたくさん縫い付けられていて、一つずつ分けて護石を入れられるようになっていた。
私の力で完全浄化を済ませているけれど、守護宝石ほどの力はなかった下位の護石たち。だがその役割は、様々だった。
地水火風の元素魔法を補助するものに、治癒を促すもの、そして防壁を張るもの……。一つ一つは小さいけれど、使いこなせば様々な魔法を操ることができる。
欲を言えば、一時的に性別を変えられる陰陽石の護石が欲しかった。守護宝石になりそうな石を浄化する過程で何度か陰陽石が出たことがあったけど、これも貴族たちの間でかなりの高値で取引されているらしく、全部取り上げられてしまったのだ。
身元隠しに最適だから外へ出たら真っ先に手に入れたいところだけれど、かなりの希少品らしいから、入手には運と根気が必要かもしれない。
さて、それらの裸石が互いにぶつかって傷つかないよう一つ一つ丁寧にポケットへ入れ、最後に鹿革の生地を端からくるくると巻いていく。こうしておけば、まず石が飛び出してしまうことはない。
治癒や防壁の効果を持つ護石は小さなものがたくさんあったので、数珠のように繋いでブレスレットにしていた。守護宝石ほどの効果はないけど、身につけておけば心強いお守りになるだろう。
あと単純に、綺麗な石が連なっているものを手首に巻いていると、なんだか気分が上がる。一回の発動で一つ壊れる使い捨てだけど、物理で効く魔除けのお念珠みたいなものかな。
そうそう、護石を留め付けして使いやすく身につけられる、空き石座のある指輪に腕輪、そして頭環も忘れずに……。
ひと通り手持ちの護石の整理を終えると、私は祭壇へ向かった。そこには守護宝石になりそうな候補の魔石が、いくつか置かれている。
――そういえば、これまで身につけていた守護宝石は壊れてしまったんだった。
ここ数日サボったおかげで穢れのダメージも完全回復したことだし、今のうちに代わりのものを作っておこう。
私は荷物を全て次元の隙間に片付けると、扉前の衛兵に言って人払いをした。どうせ誰も来ないけど、念には念を入れておこう。
準備を終えると私は浄化途中だった魔石の一つを手に取って、祭壇に向かって膝をついた。
魔石の質は原石の状態で見分けるのは難しく、研磨したあとの透明度で決まる。さらに穢れが満ちているうちは、正確な効果の鑑定は難しい。だからウルトラレアな守護宝石を引けるまで、最上級と思われる魔石の浄化ガチャを繰り返しているのだ。
でもこの一石は、浄化が不完全な状態でも分かるほどに美しい。きっと、素晴らしい輝きを秘めているはずだ。
魔石を両手で包み込むようにして、指を組む。そして静かに目を閉じて、穢れの流れを読むよう意識を集中させた。
意識で絡めとった穢れの端を引き、自分の中へ流し込んでゆくイメージを描く。
不意に、手のひらが熱くなった。石に纏わりついていた穢れが、熱と共に身体の奥にズブズブと入り込んでくる。
「っく、は……ぁ」
思わず、苦痛に息を吐く。なんとか一気に残っていた全ての穢れを吸い取ると、身体の奥がずくずくと疼いた。
いたい。くるしい。
でも、これで――。
体内で暴れ回る瘴気を気力で抑え込みながら、私は薄目を開けた。涙でにじむ視界に入ってきたのは、美しく澄み、清らかな輝きを放つ――完全なる無欠点。
できた……!
私はそれを壊れた守護宝石の代わりに石座に嵌め直し、ドレスの胸元を少しゆるめた。左胸の鼓動が響くあたりに密着するよう、守護宝石を固定する装具にセットして、ほっと息を吐く。
全てを終えた私は重い身体を引きずって、ようやくたどり着いた寝台に倒れ込んだ。
こんなとき、ただ一人だけ労ってくれていた人は、もういない。先代の守護宝石を壊して、私のそばから消えてしまった。
――そういえば、エリクが護衛の本来の職務範囲を超えて娘にベッタリだったのは、両親も知っていたはず。なぜ、引き離さなかったのかしら……?
万一の過ちがあればまずいのに、黙認していた。エリクの存在が私を支えて浄化の効率を最大化していたからだと思っていたけど、もし、他にも理由があったとしたら。
――そもそも一介の近衛騎士が、なぜテネブラの異動命令を断れたの?
他にも、エリクは何度もテネブラの不興を買っていたのに、異動にも降格にもならなかった。むしろお父様は、エリクにどこか気を遣っているような節さえあった。もしそれが、私の気のせいじゃなかったとしたら。
そこで激痛が走り、思考が霧散した。
私は内から食い破ろうとする穢れを抑え込むように、続く疼痛を堪えるように、ぐっと背中を丸くする。
しばらくして、少し苦痛が和らいだ頃――疲れが痛みを上回ったところで、私はようやく眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇
――翌日。目を覚ますと、すでに太陽が真上に差し掛かっていた。
このごろ侍女が起こしに来ないので、思いのほか長く寝てしまった。けれどゆっくりできたおかげか、浄化の翌日にしてはずいぶんと身体が軽くてすばらしい。
私は軽めのストレッチをしてから、この頃はもう日課となっている食事を厨房へ取りに行くため部屋を出た。
物資の準備が終わったら、もう一つやることがある。それは、脱出経路の確保だ。
正面玄関から堂々と「出ていきますね」と宣言できればいいけれど、あの親がそう簡単に宝石姫の中の人を手放すことはないだろう。いくら攻撃魔法が使えるといっても実戦経験はないし、精鋭ぞろいの衛兵たちを強行突破するのは非現実的だ。
だから、別のルートを探す必要がある。
手がかりになったのは、以前に王族しか入れない蔵書室で見つけた王宮の建築図面だった。その図面はごく古いものだったけど、これだけの規模の王宮がちゃんと建つということは、大勢の人に伝わるだけのしっかりとした設計がなされているということだ。
だから部屋の配置や廊下の広さは、驚くほど縮尺が正確に描かれている。だがそれをじっくりと見ているうちに、いくつかの間取りの矛盾に気がついた。前世で読んだ、某家が変なミステリー……それ以上に謎の空白が、壁の中にある。
ある部屋の壁だけが、隣接する部屋との間に説明のつかない空間を残している。図面上では単なる壁として描かれているけれど、実測の寸法と明らかに合ってない。
それは代々の国王だけに伝わる、有事の際の脱出路だった。面白くなって調査を続け、その入り口が国王の執務室にあることと、通路の先が王都を囲む城壁の外に広がる森の外れにあること。そして通路を開けるためには、鍵が必要なこと――。
各種の記録を突き合わせ、そこまで調べたところで……当時の私は満足して調査をやめた。まさかその通路をこっそり使って脱出することになるとは、思ってもみなかった。
その通路を使えば衛兵たちの包囲網をショートカットして、一気に城壁の外まで駒を進めることができる。だが問題は、入り口の鍵を手に入れる方法だ。
鍵は『国王の御印』と呼ばれる、紋章入りの指輪である。父王がいつも右手の小指にはめている、白金でできた王家の紋章。あの指輪の彫刻が、通路を開く鍵になっているらしい。
指輪を盗む? いや、それは無理だ。あれは父王が肌身離さず指に嵌めている。お風呂に入るときすら外さないのは不潔だと、母が嘆いているのを聞いたことがある。
ならば複製するしかないけれど、複製するためには型を取らねばならない。
⇒ 型を取るためには、指輪に触れなければならない。
⇒ 指輪に触れるためには、父に会わなければならない。
……順を追って考えれば、初めの一手は明白だった。
※ヒーローは二人いて、終盤でルート分岐の予定です。




