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前世の記憶で搾取に気づいた王女、婚約破棄もされたことだし、王宮脱出して宝石工房始めます!  作者: 干野ワニ@受賞作6/15発売
第一章 代行なき退職

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第06話 美少女の広報力がレベチだった件

『より華やかな方の姫こそが、宝石姫だ』


 まさかの賓客たち全員が、そう一瞬で思い込んでしまった。


 ……まあ、そうなっても仕方ない。


 煌びやかなドレスをまとった絶世の美少女と、こざっぱりした顔の女子が並んでいたら、誰だって華やかなほうを主役だと思うだろう。


 私は、両親のほうを見た。すぐに訂正してくれると思ったからだ。


 父と母は、一瞬、顔を見合わせた。

 そして――訂正しなかった。


 にこやかに笑って、賓客たちの称賛を受け入れた。まるで最初からそういう段取りだったかのように。


 ルッキズムここに極まれり、と、思うけど、広告のモデルは美人のほうがいいに決まってる。守護宝石の価値を高めるための御旗バナーに華のある顔を載せるのは、商売としては正しい判断だ。


 まだ十二歳の幼いリュクサーナだって、そんなことは知っていた。心のどこかで、分かっていたのだ。


 ――あの日から、歯車が狂った。


 宝石姫の名は姉のものとなり、私は裏方に回された。浄化は私がやり、姉が我が物顔で顧客へ引き渡す。その構図が、ここ六年間ずっと続いてきた。


 それならば、と、テネブラに浄化の方法を教えようとしたこともある。『そんなに宝石姫になりたいなら、自分でやればいいでしょう』と。


 だが彼女の答えはこうだった。


『穢れを吸い取るなんて嫌よ。気持ち悪い!』


 それだけ言って、練習すらしようとしなかった。名声だけは欲しいけれど、穢れを引き受けるリスクは嫌だというわけだ。


 両親も、未来の女王である第一王女に何かあっては大変だとでも言うように、穢れを私に肩代わりさせることを黙認した。こうして私は、宝石姫の影になった。


 そしてもう何年も婚約していたのに、正式な婚姻の日取りがいっこうに決まらなかった理由も、今ならわかる。


 お披露目の翌日。予定通り結納を交わすため初めて顔を合わせた私に、マティアスは不機嫌そうに言い放った。


『宝石姫と婚約すると聞いていたのに……話が違うではないか!』


 手違いだったという説明につゆほども疑問を持たず、それ以降も宝石姫という存在の矛盾に気づくことはなかった。


 ――同時期に護衛の任に就いたエリクは、すぐに真実に気づいてくれたのに……というアレは、ともかく。


 それ以来、マティアスはテネブラとの結婚を望み、王家の近くにいつつ鞍替えのチャンスを狙っていた。そして王家は宝石姫の中の人――つまり私を、当面は王宮の中に留め置いておきたかった。だから婚約を維持したまま結婚させないことで、双方の思惑が一致していたのだ。


 私は、ただの便利な道具だった。ただの魔石の浄化装置で、姉のリスクの形代だ。


 ――もう、たくさんだった。



   ◇ ◇ ◇



 婚約破棄の通達から、数日が経った。


 軟禁が続く中、侍女たちの態度は相変わらず。さすがに不便で困って呼ぶまで来ないというありさまだ。


 でも、おかげで気づいたことがある。侍女たちが仕事をしないということは、監視の目がないということだ。


 私は寝台の下から、一本の古い巻物スクロールを引っ張り出した。


 収納魔法。物体を魔力で生み出した次元の隙間に格納する、超高難度ながら習得すれば実用性の高い空間魔法の一つだ。完全浄化を習得できる程度には高度に魔力を扱う才能があったから、こちらも独学で習得していたのだった。


 使えるようになったのは、もう一年以上前。でも、使い道がなかった。正確に言えば、使う勇気がなかった。


 この魔法を使えば、一体何ができるのか ――たくさんの荷物を詰め込んでも、自分は身軽に王宮から脱出できるのだ。


 ずっと、考えていた。きらびやかな牢獄でしかない宮殿を飛び出して、自分一人で生きてゆく。でもリュクサーナには、その勇気がなかった。


 王宮から出たことのない王女が一人で生きてゆくなんて、無理に決まっている。王宮にいれば少なくとも衣食住は完備だし、いつも味方になってくれる護衛騎士がいる。いつか外に連れ出してくれるかもしれない婚約者も一応いる。それで十分じゃないか、と。


 でも、そのよりどころは全部なくなった。信頼していた護衛騎士には殺されそうになり、婚約者には切り捨てられた。侍女には食事を盗まれ、家族からは聞き分けのいい道具ぐらいの扱いだ。


 このままいけば外へ嫁ぐチャンスすら二度と無くなって、女王になった姉の日陰で一生飼い殺しとなるだろう。名もなき魔石の浄化装置として、死ぬまで穢れを吸い続けるだけの人生――。


 ――冗談じゃない。


 私は、もう一つの人生を知っている。いい年して思いきって異業種に転職して、毎日石を磨いて、ようやく夢を掴みかけたあの人生を。やりたいことのために自分で道を切り拓く、あの充実感を。


 あのとき頑張れたんだから、今だってできる。もう一回、あのときの勇気を出すだけだ。


 ――そうか。だから、前世の記憶が蘇ったのね。王宮を出ても一人で生きてゆけるよう、智恵と度胸を得るために。


 宝石姫なんて、もうやめる。私は、自由になるのだ。


 ……そうだ、宝石採掘者ジェムハンターになろう。


 この世界には、各地の鉱山や秘境を巡って魔石を採掘し、自分の腕一本で生計を立てる者たちがいる。危険と隣り合わせだけれど、何よりも自由だ。誰かに立場を奪われることもなく、誰かに拘束されることもない。


 ずっと、憧れていた。最初の婚約者だった『兄さま』が、文字通り命を掛けた冒険の道――そしていつか自分の手で掘り出した原石を磨き上げ、何よりも輝く宝石を作るのだ。


 幸いなことに、この国の治安はけっこういい。美人に弱いこと以外は自称合理主義者な父王の統治はけっこうまともで、街道沿いなら旅はそこまで危険じゃない。意外に女性の一人旅が可能だった江戸時代の日本程度には、平和だろう。


 私はベッドから降りて、無人の部屋の中を見回した。念のため誰も見ていないことを確認し、魔力で切り開いた四次げ……ええと、なんかの次元の隙間に手を差し込んだ。


 中には、いつかそんな日が来たらいいなという願望のもとに、少しずつ集めていた物資が入っている。まず様々な縮尺の地図が数枚に、簡素な男性服が数点。そしていかにも旅に必要そうな、数本の長いロープとナイフ。


 ナイフといっても武器ではない。実用的な、刃渡りの短いやつだ。護身用というよりはロープを切ったり薪を削ったりする道具として使うもので、ロープとセットで調達しておいた。


 一つずつ、在庫をチェックしてゆく。見えない次元の隙間の中で、新しい人生の準備が少しずつ進んでいった。




 やがて夕刻を迎えても、侍女たちは相変わらず部屋に寄りつかなかった。食事を持って来たと思えば滞在は最低限で、面倒くさそうにワゴンを置いたらテーブルに配膳もせずにいなくなる。ありがたい。もしこの人たちがまじめに仕事をしていたら、準備はもっと大変だったろう。


 せっかく人目がないんだからと、食事をバルコニーのテーブルに置いた。晩春の風に吹かれながら食事をとっていると、夕日が石造りの城壁を茜色に染めてゆく。


 スフェール王国の夕暮れは、ちょっとだけ甲府の夕焼けに似ている気がする。山がちな地形のせいだろうか、空が近くて、茜色の光が濃い。


「そうだ、あのペンダント……!」


 夕日の色からある物を思い出し、私は急ぎ食事を片付けた。ワゴンを入り口の脇に置いて、棚から宝石箱を持ち上げる。


 私の宝石箱は、姉のそれと比べたらずいぶんとささやかなものだ。テネブラの宝石箱は専用の部屋が丸ごと一つそうなっているぐらいの規模だけど、私は両手で持ち上げられるぐらいの箱が一つだけ。蓋を開けても控えめな宝飾品がいくつか入っているだけで、華やかさはあまりない。


 でもその中に、一つだけ特別なものがあった。そっと手に取ると、温かな石の感触が指先に伝わってくる。


 ――カンテラオパールの、ペンダント。


 親指の先ほどの大きさの石は、炎のように紅く煌めく遊色効果のある火竜骨石ファイヤーオパールだ。


 カンテラオパールとは、宝石の周りを包む母岩ごと丸く磨き上げ、まるで灯火カンテラが石の中に宿っているように見せるオパールの加工法をいう。


 銀製のトップは黒い革紐につながっていて、王女の持つ宝石にしてはワイルドすぎるデザインだ。でも光にかざせば石の中に夕焼けが閉じ込められているかのようで、橙に金、そして赤がちらちらと光る。まるで小さな灯火カンテラが、石の奥で揺れているようだった。


 この火竜骨石は古の火竜の骨が長い長い年月をかけて宝石に変わったもので、竜骨オパールの一種だという。火竜の名残だからか、手のひらに乗せれば未だほんのりと温かい。


『この灯火カンテラが、君の行く道を照らしますように』


 そうひざまずいて言いながら、私の首にこのペンダントをかけてくれた人がいた。

 

 それは、最初の婚約者。八つの頃に政略で決まった、十歳も年上の『レイ兄さま』――彼はその二年後に、若くして亡くなった。


 内気だった私にも、いつも目線を合わせてお話ししてくれる人だった。旅先から帰ってくるたびにおやつの席を共にして、お土産話を聞かせてもらった。


 壁面が全て淡く光る魔石の結晶に覆われた大晶洞に、巨大な魔石の力で空を飛んでいるのだという天空の島、そして野営地の空にキラキラと降る流星群……。


 あるとき話の流れで私も石が大好きだと言ったら、次に会ったときにこのペンダントを持ってきてくれたのだ。


 カッコよくて、優しくて、いつかこの人と家族になれるのは嬉しいな、と思っていた。


 ――正直なところ、顔すらよく覚えていない。十年前の、しかも八歳の頃の記憶だ。とても背が高くて、すごく優しげに笑う人だった気がする。でもそれが本当の記憶なのか、そうあってほしいと思う願望が作り上げた幻なのか、今となっては分からない。


 彼がずっと婚約者のままだったなら、もう少し現状は違っていたのかな……とは、考えても仕方のないことだ。


 でも、このペンダントだけは絶対に手放さなかった。姉に取られそうになったときも、これだけは絶対に渡さなかった。姉が『いらないわよ、そんな岩のついた貧乏くさい石!』と捨てゼリフを吐いて諦めるまで私が強く逆らったのは、たぶんこれだけだったと思う。


 ――きっとこの灯火カンテラが、私の行く先を照らしてくれる。


 私はペンダントを首にかけると、大切に服の下に仕舞い込む。そして路銀になりそうなアクセサリー類を、次元の狭間に詰め込んだ。



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