第05話 食べ物の怨みは怖いのよ?
婚約破棄の噂は、あっという間に城中に広まったらしい。それがわかったのは、自分付きの侍女たちの態度が露骨に変わったからだった。
もともと私に仕える侍女たちは、それほど職務に忠実なタイプではない。王太女付きの侍女になれなかった外れくじだと思っている者がほとんどで、心からの敬意などというものは期待できなかった。
それが、婚約破棄と護衛の解任の知らせが届いた途端、最低限のラインすら下回った。
「まあ、おかわいそうなリュクサーナ様。婚約者の方は元々って感じだけれど、あの忠実なエリク様にすら見捨てられるなんて」
侍女の一人が、同僚とヒソヒソ話しているのが聞こえた。完全にこちらに聞こえる声量だから、わざとなんだろう。
「ただ王家に産まれただけで自分が偉いと勘違いして、テネブラ様やエリク様に暴力を振るうなんて、とんでもない悪女よね」
「それで、エリク様にすら愛想を尽かされたんでしょう? 自業自得じゃない?」
くすくすという笑い声。そういえば彼女たちもエリクがいるときだけは、せっせと世話を焼いてくれていた。
王族付きの侍女は下位貴族の娘が行儀見習いという名の婚活のために来ていることが多いから、近衛騎士との寿退職も人気のコースだ。職務熱心な美貌の騎士に好かれたい一心だったのかと思えば、妙に納得してしまう。
まあ、言いたい人には言わせておけばいい。どこにでも、陰口を叩く人ぐらいいるだろう――なんて思っていたら、夕食の皿の上がやけにスッキリとしていた。
いつも数枚はあるはずの薄切りのパンが一枚で、主菜の皿もレイアウトが妙にスカスカだ。副菜に至っては、そもそも皿自体が消滅している。昨日まではもう少し、しっかりとした量があったはずだけど。
まさかお仕置きで、ご飯抜きってやつかしら? と首をかしげていたら、翌朝もパン皿に乗っているのは一枚だけで、パンをつけて食べる用の半熟卵には、黄身が破れた跡がある。
……もしかして、食べられてる?
謹慎中とはいえ仕えるべき主の食事をつまみ食いするなんて、なかなかの度胸だ。
つまり侍女たちにとって私はもう『皆に見限られた哀れな女』で、多少雑に扱ったところで何もできないと思われているのだろう。
破れた卵の衛生面が気になり食欲が失せたけど、もはや怒る気にもなれない。
やることがなくなったので、ベッドに寝転がって天井を見つめた。時間がありすぎると、つい余計なことを考えてしまう。
たとえば、どうして私はこんなに自己肯定感が低いのだろう――ということ。それも前世の記憶が混ざった今なら、ある程度客観的に振り返ることができた。
私と姉は双子だけれど、恐らく二卵性だ。姉テネブラは母親似で、私リュクサーナは父親似。
母ジョゼフィーヌは、目が覚めるような美人だった。大陸でも指折りと謳われた社交界の華で、その美貌に一目惚れした父が熱心に求婚し、大国フランクールの公爵家からこの山ばかりの小国に嫁いできた人だ。
テネブラは、その母にそっくりだった。明るい金色の巻き毛に、紫水晶の瞳、そして白百合の肌――母の美しさをそのまま受け継いだ、まさに分身だろう。
一方の私は、父親似だ。
実は父オーギュスタンも、けっこう整った容貌をしている。光の加減で褐色から緑へと色を変える榛色の眼差しは爽やかで、癖少なめの銅色の髪に、鼻筋や輪郭がすっきりとした顔だちだ。
前世の言葉で言うならば、塩顔イケメンというやつだろう。涼しげで、さっぱりしていて、男性としては充分かっこいい。でもそのさっぱり塩味が少女の顔面に搭載されると、とたんに地味顔になるのだ。
隣にテネブラが並べば、なおさら。満開の薔薇の隣に添えられた、カスミソウみたいなものだ。カスミソウも単体ならけっこう可愛いんだけど、どうしても添え物感がぬぐえない。
母は自分の美貌が大好きな人だった。そして、その美貌にベタ惚れの父。二人にとって母の分身であるテネブラは最愛の存在で、地味な私は――まあ、そういうことだ。
溺愛、という言葉は姉のためにあるんじゃないかと思うぐらい、二人は姉を可愛がった。別に私だけ放置されていたわけではないけれど、外へ向けての自慢の量が、目に見えて違った。
ずっと姉と比べられて育った。比べられて、劣っていると言われ続けて、自信なんて持てるはずがなかった。
――それでも、最初は私だって頑張ったのだ。
自分にも何かできることがあるはず。姉にはない、自分だけの価値を見つけられたら――そう思って、王族だけが入れる蔵書室にこもった。古い文献を片っ端から読みあさり、埃をかぶった巻物を解読して、ほとんど忘れ去られていた浄化の技を見つけ出した。
王家に伝わる、宝石姫の伝承。魔石に宿る穢れを完全に浄化する力を持つ、伝説の存在。それはただのおとぎ話ではなく、確かに実在したのだと――十二歳の私は、証明に成功したのだ。
初めて完全浄化に成功したとき、手の中で石が透きとおっていくのを見て、息を呑んだ。
黒い靄が溶けるように消えて、奥から清らかな光が溢れ出す。それはまるで、曇り空が晴れた瞬間に降り注ぐ、陽だまりみたいに暖かな輝きで――。
――これが、私にできること。私だけの力だ。
胸を張って、お披露目の日を迎えた。各国から賓客が招かれ、スフェール王家に伝説の宝石姫が実に百年ぶりに誕生したことが発表される、晴れの舞台。
私は緊張しながらも、誇らしく胸を張っていた。一人前の王女として、しばらく空席だった婚約者に三大公爵家の嫡出次男であるマティアスをあてがわれ、エリクという専任の護衛騎士も付いた。
やっと、認めてもらえる……!
――ところが。
「おお、その方が宝石姫様ですかな! なんとお美しい……!」
賓客たちの視線は、私ではなく姉に向けられていた。




