第36話 カワイイは作れる?
「領主様から……なんでわたしに? 競技会で何かご不興を買ってしまったのかしら……」
コレットさんが、封蝋を見つめたまま青ざめている。ダヴィド親方も腕を組み、険しい顔をしていた。
「そいつを届けに来た奴が言うには、悪い知らせじゃねぇが内容は絶対に他言無用で、だとよ」
コレットさんは手紙を持ったまま、完全に固まっていた。普通は庶民宛にいきなり領主から手紙が届くことなんてまずないから、怖くなっても仕方ない。
「僕が代わりに開けてもいいですか?」
コレットさんが小さくうなずいて手紙を差し出したので、私は慎重に蝋を剥がして中に入っていたカードを取り出した。
『先日の競技会にて貴女の姿を拝見し、その技術と志に深く感銘を受けた。来たる縁結びの祭りにて、個別にお目にかかりたく思う。当日朝、館にてお待ちしている。同伴者は女性のみ可。――エルネスト・モントブール・ジ・ファセッティーナ』
「……領主様が、わたしに会いたい?」
コレットさんには、伯爵の女性疑惑のことは言ってない。でも全く嬉しそうではなくて、むしろ災難でしかない顔をしていた。シンデレラは実は貴族設定だから玉の輿が上手くいったけど、現実に庶民が貴族に見初められたところで気苦労しかないのだろう。
「競技会での姿が素敵だったから会ってみたい、ってことですよね。悪い話ではなさそうですが……」
「でも、なんで同伴者が女性限定なんでしょう……?」
「……謎ですね」
私もそこが引っかかっていた。わざわざ縁結びの祭りの日を指定しているけど、もしこれがお見合いならば、普通は決定権を持つ父親が呼ばれるものだ。そこを、わざわざ女性限定にする理由が分からない。
「リュクス」
首をかしげていると、ダヴィド親方に低い声で呼ばれた。振り返ると、不器用な顔に隠しきれない心配がにじんでいる。
「すまんが、頼む」
短い言葉だったけど、込められた意味はすぐに分かった。領主の呼び出しは断れないが、自分は行けないから私に護衛を頼みたい、ということだろう。
「任せてください」
力強くうなずくと、親方は再び「すまん」と短く言った。
◇ ◇ ◇
翌日。コレットさんがニコニコしながら栗色のカツラを借りてきたかと思えば、女装の準備が始まった。
「はい、じゃあ次はこっちを着てください!」
「え、もうさっき着たのでいいんですけど……」
「ダメです。せっかくだから、一番かわいくして行きましょう!」
「だから、私はただの付き添いなんですってば!」
「でもルーシーが採掘者のリュクスさんだとバレたら、何かと面倒じゃないですか。なら、全力でいつもと雰囲気を変えていかないと!」
「う、それはそうですけど……」
ルーシーというのは私の女装用の名前で、コレットさんの母方の従姉でリュクスの姉という設定だ。いや、もちろん元々女なんだけど、変装の変装だからややこしい。
「でもコレットさん、僕で遊んでません?」
「そんな、真剣に変装しなきゃと思っているんですよ」
にっこりと笑いながら、コレットさんはチェストの奥から次々と服を引っ張り出してくる。コレットさんの服とお母さんの形見だという服が、ベッドの上に山を作っていた。
「次はこれを合わせてみましょう」とフリルのたっぷりついたブラウスを胸にあてがわれて、私は抗議した。
「こんな可愛いデザイン、僕には似合わないですって!」
「そんなことないですよ。リュクスさんはパーツの配置が良いから、きちんと化粧をしたらすごく映えるはずです!」
コレットさんの瞳が、キラキラと輝いている。完全に、新しい着せ替え人形を手に入れた女子の目だ。
「とても可愛いです! はい、次はこっち!」
「まだあるんですか!?」
何着も試した末に、ようやく白いシンプルなパフスリーブブラウスに、茶色の胴衣、そして裾に刺繍が入った紺色のスカートという組み合わせに落ち着いた。コレットさんは「地味すぎる……」と少し不満げだったけど、あまり目立ちすぎるのも本末転倒だろう。ただ――。
「あの……コレットさん。このスカート、ちょっと短くないですか?」
鏡を見ると、ふくらはぎが完全に出ている。コレットさんのミモレ丈は、少し背が高い私が穿くと膝下丈になってしまうのだ。この国の価値観ではミモレ丈がギリギリで、膝下丈はマイクロミニ扱いである。
「確かに、これじゃ変な輩が寄ってくるかも……」
コレットさんが顎に手を当てて考え込み、「あ、そうだ」とペチコートを一枚持ってきた。
「これを下に重ねて、長さを出してみましょうか」
白いフリルがスカートの裾から覗いて、丈がちょうどいい感じになった。
「それじゃあ、次は髪ですね!」
取り出したのは、あのコレットさんと同じ栗色の髪でできたカツラだった。試しにかぶってみるとショートボブがすっぽり隠れて、毛先が胸もとでゆるくカールする。
「やっぱり、髪の色が同じだと姉妹感が出ますね」
「ほんとだ!」
二人で鏡をのぞき込むと、確かに姉妹みたいに見える。日本人は皆ベースが黒髪だから意識したことがなかったし、テネブラとは双子だけど髪の色は違っていた。だから気づかなかったけど、確かに髪色が同じだと姉妹感がある。
「仕上げに、お化粧もしてみましょう」
有無を言わさず椅子に座らされ、コレットさんの手が顔に伸びてきた。
王女だった頃に化粧はさんざんしていたけれど、あの頃はぜんぶ侍女任せで、「白ければ白いほど良い」という宮廷風だった。でもコレットさんが施してくれている庶民風メイクは少し違っていて、どちらかというと前世の雰囲気に似ている。
この流行の違いは、庶民は高価な白粉や東方から輸入する紅をたくさん使えない事情があるからなんだろうけど、ナチュラルな方がありがたい。
ごく少量の白粉をはたいて肌全体をトーンアップしたら、頬にほんのり赤みを乗せて、唇も自然な程度に紅をさす。眉は整える程度で、まぶたは二重の幅ぐらいに細かな炭粉をなじませ、引き締める。
「はい、できました!」
手鏡を渡されて覗き込んだ瞬間、私は驚いた。すっきりとした輪郭と鼻筋はそのままなのに、どこか目もとが柔らかく、すごく可愛くなっている。
とにかく宮廷風メイクと顔立ちの相性が悪かったのか、それとも前世の価値観が混ざった影響なのか、こっちの方が前より断然可愛く見えた。
「やっぱり、すっごくかわいい……!」
コレットさんが、感嘆の声を上げる。すると、ずっと大人しく横で見ていたルミナも興奮した様子で言った。
「かわいい!」
ちょっと照れくさいけど、可愛いと言われてテンションが上がらないわけがない。
「ルーシー、お祭り楽しみね!」
「うん、楽しみだね!」
思わず声を弾ませて、私は内心で苦笑した。伯爵が何を企んでいるかは分からないけれど、せっかくだから楽しんだ者勝ちだ。
「そうだ、服を借りるお礼に、コレットさんにお守りをあげますね」
「お守り、ですか?」
「はい。これを首にかけて、服の下に入れておいてください」
私が差し出したのは、細い革紐に丸玉を一粒通した、シンプルなペンダントだ。
「これって、防壁の護石では……それも、かなり上質なものですよね」
やっぱり石の正体に気づかれてしまったらしく、コレットさんが顔色を変える。
「前にも、父さんに貴重な治癒の護石を使ってもらいましたけど……なぜ」
そこまで言って、コレットさんは口ごもる。でも、そのまま黙って受け取って、紐を首にかけた。
「ありがとうございます。少しだけ、お借りしますね」
どこかよそよそしい雰囲気に戻ってしまったコレットさんに、私は思わず眉を下げた。
「あまり詳しい事情が言えなくて申し訳ないんですけど……これまで通り、仲良くしてほしいです」
しょんぼりとしたのが、伝わったのだろうか。コレットさんは少しだけ困ったように笑うと、「もちろん」と明るく応えてくれたのだった。
◇ ◇ ◇
――お祭り当日。今日は近隣の村からもたくさんの人が集まってきているようで、朝から街全体が活気に満ちていた。
広場に向かって歩いているのは若者たちだけでなく、家族連れの市民の姿も見える。単に屋台を楽しみに来ている人も多いようだ。
お祭りに参加する男女は、帽子に地区ごとに別れたカラフルな羽飾りをつけることになっているらしい。受付に向かうと、職人街に住むコレットさんはピンクで、街の外から遊びに来ている設定の私には黄色の羽飾りが渡された。
中央広場に向かう通りには、さまざまな屋台がずらりと並んでいる。焼きソーセージの香ばしい匂いが漂ってきて、さっき朝食を食べたばかりなのに、もうお腹がすいてきた。
広場の中央には、大きなステージまで組まれていた。あれは楽隊のための舞台だろうか。後ろ髪を引かれる思いで屋台を素通りしつつ、私とコレットさんは広場を抜けて、指定された城館へと向かった。
通りに面した門で名前を告げると、家令を名乗る老紳士に丁寧に案内される。平民の案内に家令が出てくることに驚きつつ長い廊下を進むと、通されたのは応接間だった。
年代を感じる調度品が並ぶ部屋で、ソファに二人並んで待つ。コレットさんは膝の上で手を重ねて、顔を緊張でこわばらせていた。
「大丈夫、無体なことをなさるお方ではないそうですから」
「……ええ。でも、やっぱり緊張します」
「ですよね……」
過去に貴族出身の妻を立て続けに二人亡くしているのが気になるけれど、死因に特に不審な点はなく、当人もそれを悲しんで三人目を迎えていないという話だったはずだ。だからいきなりの童話青ひげ展開はないと思うけど、真意が分かるまでは用心するに越したことはないだろう。
そのとき、ドアの外から足音が近づく音がした。二人して慌ててソファから立ち上がり、背筋を伸ばす。
間もなく扉が開き、まず男性が姿を見せた。三十代ぐらいで、黒い短髪に精悍な顔立ちをしている。腰に剣を帯びているから、護衛の騎士だろうか。
「こちら、段差がございます。お手を」
「ああ、すまない」
護衛らしき人が振り返り、差し伸べた手に導かれるようにして伯爵が姿を現した。灰色の長髪に鋭い目つきは相変わらずだけど、競技会のときとどこか印象が違う。
顔色が、あのときよりさらに悪い。肌が蝋のように白く、目の下に薄い隈がある。そして護衛の人は伯爵を椅子に座らせるなり、まだ上着はなくても過ごせる季節だというのに、脇に抱えていたストールを伯爵の肩にかけた。
――なんかこの護衛の人、過保護すぎない?
二人の様子に一瞬違和感を覚えたけれど、深く考える前に伯爵が口を開いた。




