第35話 宝石砂の流れる川
朝ごはんを食べて道具を用意すると、私たちは三人で山道を登り始めた。ファセッタの街を囲む山の一つの中腹に、研磨剤になる砂が採れる川があるらしい。
「魔石砂って、名前からして魔石が細かくなったやつなんですか?」
「そうです。山肌に露出した鉱脈から雨で削り出された魔石が、長い年月をかけて川底で砕けて砂になったものらしいですよ。魔石と硬度が同じだから粗削り用ですけど、近所でたくさん手に入るから重宝しているんです」
なるほど、前世でいうところの石英砂だ。本当は研磨剤は研磨対象より硬度が高いのが理想だけど、同じでも粗研磨に使うことはできる。近所で無料で採れるなら、そっちの方が重要だ。
「他の、中研磨と仕上げの研磨剤はどうやって調達してるんですか?」
「中研磨の金剛砂は南方からイッポリタ経由で輸入していて、最後の艶出しに使う赤鉄粉は鍛冶工房から買ってます。鍛冶の副産物として出来るので」
エメリーは確か鋼玉、つまりルビーやサファイアなどの鉱物を粉にしたものだ。ダイヤモンドの次に硬いから古来から研磨で重宝されているけれど、国内では採れないらしい。
かなり重要な部分が輸入品だなんて、もし戦争になったら入ってこなくなるかも知れない。そうなるとこの街の主な収入源が麻痺してしまうから、なかなかに恐ろしい。
「そういや仕上げの赤鉄粉も、争奪戦なんでしたっけ」
「そうなんですよ! どこの研磨工房も欲しがりますから、この近隣ではすぐに売り切れるんです。フリッツさんの工房から優先的に分けてもらえるのは、本当にありがたくて――」
研磨の話になると、コレットさんはいつもより少し饒舌になる。しばらく熱く雑談しながら登ると、木々が開けて澄んだ川が現れた。
水は驚くほど透明で、浅い川底に白っぽい砂が堆積しているのが見える。ところどころキラキラと、陽光を反射して光っていた。
「川が曲がっている内側とか、少し流れが緩くなっている場所に溜まりやすいんです」
コレットさんが説明しながら、川岸に荷を下ろした。背負子から平たいたらいを出すと、その中には篩にスコップ、そして採取した砂を入れる布袋が入っている。
そろそろ秋風が吹いているけど、今日はとてもいいお天気だ。ブーツを脱いで河原の石に足を下ろすと、ほんのりと温かい。でも最初に川に足を浸けたルミナが、目を丸くして飛び上がった。
「つめた!」
「山の水だからね。気持ちいいでしょ?」
私も足を入れると、冷たい水が足首まで包んだ。山登りで少し火照っていたから、ひんやりとして心地いい。川底の白砂はちょっとザラザラとした感触で、これが自然に砕けた魔石だろうか。
最後にコレットさんがスカートの裾を結んで川に入ると、ルミナが水を蹴って飛沫を上げた。
「きゃっ、ちょっと、ルミナ!」
「えへへ」
ルミナが楽しそうに笑って、もう一度ぱしゃりと水を蹴る。コレットさんが「もう!」と言いながらやり返したかと思うと、不意打ちで私の方にも水が飛んできた。
「つめたっ!……もう、倍返しだー!」
そのまま三人でキャッキャと水を掛け合って、しばらくすっかり遊んでしまった。ルミナが楽しそうだから……というのは言い訳で、水遊びはいくつになっても楽しいから仕方ない。
「あ、採取するの忘れてた!」
コレットさんが声を上げて、慌てて川べりに置いていた道具を手に取った。
私も後をついて、川底の白い砂をスコップですくう。ふるいにかけて大きめの粒や小石を取り除きつつ、残った白砂をたらいに入れてゆく。
ある程度たまったら、たらいを川の水の中でゆっくりとゆすった。泥や軽い不純物が水と一緒に流れ出て、たらいの底に重い白砂だけが残ってゆく。要は、砂金採りと似た原理だ。
しばらく洗って水から上げると、たらいの底にはキラキラとした白い砂だけが溜まっている。
「きれいだねー」
ルミナがたらいの中をのぞき込んで、目を輝かせた。
「本当にきれいですね! けっこう大粒もありますけど、この砂が研磨剤になるんですか?」
「はい。よく乾かしたら粒の大きさごとにふるい分けて、大粒のものは粗研磨に、細かいものは中研磨にも使いますよ」
「研磨剤を手に入れるのも、大変なんですね……すみません、いつも用意してもらっちゃってて」
私が驚くと、コレットさんは微笑んだ。
「ふふ、慣れてしまえばいつものことですから」
そのままおしゃべりしながら作業を続けていると、川辺に同じような荷物を背負った女性が現れた。
「あらまあ、コレットちゃんじゃないの」
彼女はグレーテさんといって、同じような研磨工房の奥さんらしい。
「大会、すごかったねぇ! うちの人も感心してたよ」
「ありがとうございます。でも、あの研磨盤をリュクスさんが作ってくれたからこそですから」
コレットさんが笑顔で私に顔を向けると、グレーテさんも「ああ、あの採掘者だっていう!」と人懐っこい笑みをこちらへ向けた。
「噂は聞いてるよ。若いのに大したもんだねぇ」
「いえいえ、コレットさんの腕前あってこそですよ」
そのまま世間話をしながら、皆で砂の採取を続けた。グレーテさんも手慣れた様子で、おしゃべりしながらもたらいをゆする手は止まらない。
「そういやあんたたち、縁結びのお祭りには行くのかい?」
グレーテさんはたらいをゆすりながら、面白いことを思い出したような笑みをこちらへ向けた。
「え、お祭りがあるんですか?」
「若い娘はみんな盛り上がってるってのに、知らなかったのかい!? なんでも領主様がね、ご自身の伴侶選びを兼ねて、街をあげて若者たちに出会いの場をもうけるんだとさ。領主様の出資でね、無料の屋台もたくさん出るらしいよ」
――あのファセッティーナ伯爵が、伴侶選び?
一瞬シンデレラの舞踏会のようなものを想像したけど、メイン会場は街の中央広場だという。詳しく聞けばダンスはあるけど、どちらかというと大規模な盆踊り大会のようだ。
そういや盆踊りって江戸時代の婚活の場だったらしいけど、どこの国でもだいたい同じなのかもしれない。
「でもコレットちゃんは、その様子じゃ参加はいらなさそうだねぇ」
グレーテさんが、にやにやしながら私とコレットさんを交互に見る。
「せっかく貴族さまの奥方になれるチャンスなのにさ!」
「あ、あの、わたしたちそんな仲じゃないですよ!」
コレットさんが慌てて否定する。私も「僕たちは母方の従姉弟なんですよ~」と、最近後付けしたばかりの設定を披露した。何かと勘ぐられることが多かったから、説明しやすい理由を用意することにしたのだ。
それにしてもあの伯爵が婚活って、どういうことなんだろう。この国の宗教はけっこう厳しい一夫一妻制だから、貴族といっても表向き持てるのは正妻だけのはずだ。
「奥方って……貴族からじゃなくて、本当に一般の領民から探すんですか?」
「本当かどうかは分からないけどさ、少なくとも祭りの場で領主様が未婚の娘さんたちをご覧になるってのは本当らしいよ。まあ、お貴族様の考えることは分からないけど、あの領主様もそろそろいい年だからねぇ。悪い領主様じゃあないけど、実はすっごい変人なのかもしれないねぇ!」
カラカラと笑う奥さんに「ですね~」と相槌を打ちながら、私は内心で首をひねっていた。
競技会のとき、伯爵の左手に嵌っていた黒い石。あれが発動中の陰陽石だとしたら、伯爵の本来の性別は女性ということになる。
さらに、確か若い頃に二度貴族の女性と結婚して、二人とも早くに病で亡くしているはずだ。それが、今さら庶民から奥方探しなんて……何か裏がありそうな気もする。
まあ考えすぎで、ただの町おこしかもしれないし……何より屋台が出るなら、ちょっと行ってみたい。
「さぁて、そろそろ帰るよ。日が高いうちに干さないと」
グレーテさんがよいしょと腰を上げたのに合わせて、私たちも採れた砂の量を確認した。二つの大きな布袋が、なかなかの重さになっている。
「そうですね、わたしたちも帰りましょうか」
コレットさんが、手際よく袋の口を縛りながら言った。帰ったら庭に広げて干すまでが、今日の仕事だという。
グレーテさんに手を振って、私たちは山道を下り始めた。
「そういやコレットさんは、お祭り行きます? 婚活はともかく、屋台がいっぱい出るらしいですけど」
「屋台がいっぱい出るなら行きたいですね、婚活はともかく」
「ルミナもいきたい! こんかつはともかく」
口調までまねて言ったルミナに、私たちは思わず笑ったのだった。
◇ ◇ ◇
間もなく工房に着くと、まず裏庭に敷いた麦藁のむしろの上に、採ってきた砂を広げた。白い砂が陽光を受けて、キラキラと輝いている。
さて、お昼を食べたら何をしようか。研磨盤の改良もやりたいし、ギュンター親方にもらったデータの整理もやりたいし、やりたいことがどんどん増えてゆく。そういえば、そろそろ赤銅級への昇級試験にもチャレンジしたいんだった。
毎日すごく忙しいけど、でも楽しいことばかりだ。
午後の予定を考えつつお昼のシチューをいただいていると、工房の入り口の方から声がした。ダヴィド親方が席を立ち、しばらくして何かを手にして戻ってくる。その顔は、どこか困惑しているようだ。
「コレット。お前に手紙だとよ」
「わたしに?」
コレットさんが首をかしげながら受け取った手紙には、見覚えのある紋章の封蝋が押されている。
それは、ファセッティーナ伯爵の紋章だった。




