第34話 弱小国の生存戦略2
「戻ったぞ。……客か?」
帰ってきたダヴィド親方と短く挨拶を交わすと、ギュンター親方は今の流れを話し始めた。
「――でな、あの研磨盤を他の工房にもタダで使わせてやるってリュクスは言うんだが」
「あ、でも初期投資してくれたダヴィド親方が困ると言うなら、完全公開には少し時間をおくようにしますけど……あの研磨盤は他の工房でも使っていただく方が、長い目で見てこの街のためになると思うんです」
「……お前がそう言うなら、俺は構わねぇよ」
予想通りダヴィド親方はすんなりうなずいてくれたけど、ギュンター親方の方はまだ訝しげな顔をしている。
「新しい技術ができりゃあ、しばらくは工房内で独占するもんだ。技術供与するにしても、高額な使用料を取るもんだろ。……それで一体、お前さんにどんな得がある?」
その問いに、私は一瞬だけ考え込んだ。別に得をしようとは思ってなかったけど、何か条件を出した方が納得してもらえそうな気がする。何か、欲しいものってあったっけ?
「……あ、そうだ! 情報が欲しいです」
「情報だぁ?」
「はい。そちらの工房で研磨した魔石の品質と、浄化後にどんな護石になったかの情報を、できるだけたくさんいただけませんか。それを、技術提供の条件にしましょう」
「情報ってなぁ……一体何が知りたい?」
魔石の品質と発現した効果の統計を取りたいんだけど、明確な指標があった方がいい気がする。
何か、いい方法は――そうだ、ダイヤモンドの評価基準である、4Cがちょうどよさそうだ!
「研磨した後の状態で、重さ、色味、透明度、形状の四つの情報と、それらが浄化後にどんな護石になったかを記録していただきたいんです。あとできれば、研磨前の原石の等級も教えてもらえると、すごく助かります!」
「そんならお安い御用だ。研磨前の値段で仕入れて、研磨後の質で売れる価格が決まっから、そのへんの状態と利益の記録は昔から残すようにしてんだよ。だからこれまでの情報もまとめてやろう」
「本当ですか!? ありがとうございます」
すごい、きちんと利益を出す経営者の考え方だ。ギュンター工房は少数精鋭らしいけど、技術力が高いだけじゃないらしい。
「……とはいえ、そんなもん集めて何になるんだ?」
そう言って、ギュンター親方は怪訝そうに眉を寄せる。
「ギュンター親方は、ここ数年で採掘できる魔石の質が急激に低下していることにお気づきですか?」
質問に質問で返すと、親方の表情が変わった。
「……ああ。昔は浅層でも中級クラスがゴロゴロ出てきたもんだがな。今じゃ中層でもレア品だ」
「だから原石の質が低下した分を、研磨の質を上げることで補えないかと考えているんです」
資源に乏しい国は、技術で身を立てるのが一番だ。技術立国ニッポンってやつよね、ちょっと古いけど。
「たくさん情報が集まれば、カットの状態やクラリティと発現する効果の関係が見えてくるかもしれません。どんな研磨をすれば、限られた原石からより効果的な護石を作り出せるのか……それを体系的に解明したいんです」
「お前ぇさん、確かここに下宿してる新米採掘者だったか。なぜ、そんなことを気にする?」
「そういう親方は、どうにかしたいと思いませんか?」
「そりゃあ、思わんわきゃねぇが……」
「じゃあ僕も、親方と同じ理由でそう思ったってことで、お願いします」
ギュンター親方は腕を組んだまま、ひとつ深い息を吐く。
「……坊主、いくつだ」
「ええと、十五歳です」
親方は、呆れたような顔をした。
「オレが十五の頃といやぁ目の前の仕事を覚えることにがむしゃらで、んな未来を見る余裕なんてなかったがな……」
「あはは……実は、師匠的な人からの受け売りなんです」
師匠っていうか、資源活用なんて考え方は完全に前世からの受け売りだ。魔石は石油とかと同じで、無限にわいてくるものじゃない。とはいえ、あの自称賢王(笑)のお父様の治世のうちは、ギリギリのところで乗り切れるだろう。でも未だに新鉱山さえ稼働できれば、何とかなると思っている節がある。
何よりテネブラに代替わりした途端、目先の利益に釣られて、何も考えずに掘りまくるはずだ。そうなれば、残り少ない資源はあっという間に枯渇する。
正直なところ、王家が潰れるのは勝手にすればいいと思っていた。でも……その結果、苦しむのはこの街の人々なのだ。
皮肉なことに、王宮に引きこもって王女をやっていた頃よりも、人々の暮らしを守りたいと考えるようになった。一介の採掘者の立場でどこまでできるかは分からないけれど……貴族がいくら揉めても関係なくやっていけるぐらい、庶民の生活基盤を強化したいという思いが強くなっている。
「……分かった、情報はありったけくれてやる。そん代わり、研磨台を一台注文させてもらうぞ。――アリーセ」
「はい、じいちゃん!」
ギュンター親方が名を呼ぶと、アリーセさんはピンと背筋を伸ばした。
「来月いっぱい、ダヴィド工房で修行させてもらえ。研磨盤の扱いと、コレット嬢ちゃ……いや、姉弟子の技術を盗んでこい」
「はいっ!」
アリーセさんの顔が、ぱっと輝いた。来月は、さらに工房が賑やかになりそうだ。
ギュンター親方と、ぺこぺこと何度もお辞儀をするアリーセさんを見送った後――。コレットさんと準備をしなきゃですね~と話していると、話を聞きつけたらしいルミナが小走りで寄って来た。
「あのね、じゅんびするならね、けんまこがへってたよ!」
コレットさんが、にこにこしながら言う。
「ありがとう、何色の研磨粉が減ってるのかな?」
「白いやつ!」
「それなら、魔石粉が足りないのね。じゃあ、川へ採りに行かなきゃ」
「魔石粉って、粗削り用の研磨剤ですよね。僕も行ってみたいです!」
私が思わず手を上げると、ルミナがそろって手を上げる。
「ルミナもいく!……いっていい?」
「もちろんよ。では、三人で行きましょうか!」




