第33話 弱小国の生存戦略1
踏み板をリズミカルに踏みながら、私は魔石の最後の一面に神経を集中させていた。仕上げの木盤の上には水と研磨剤が薄く広がり、押し当てた石の表面をなめらかに磨いてゆく。
――そろそろかな。
木盤から魔石を持ち上げ、足踏みを止める。親指でそっと撫でて研磨剤をぬぐうと、石はなめらかに光を反射した。
仕上げに布で綺麗に拭いてから窓辺の陽光にかざすと、親指の爪ぐらいの宝石が艷やかにきらめいた。大粒だけど目立つ内包物は綺麗に避けられて、なかなかの透明度だ。
「うん、いいかんじ!」
丸三日かけて磨き上げた魔石も、あとは仕上げの革で最後のツヤを出すだけだ。小さな角材に貼りつけた革に赤鉄粉の研磨剤を少しだけ振って、小さな面をひとつずつ丁寧に磨き上げてゆく。
今仕上げているのは元は中等級の原石を、キラキラの多面体カットに削ったものだ。
護石は、カットの形状によって発現する効果の傾向がある程度決まっている。ツルツルの半球体カットや丸玉といった曲面に磨くと、防壁や治癒といった守備系の効果が出やすい。一方でキラキラのファセットカットにすると、攻撃系の術を強化する効果が出やすいのだ。
本当は消耗品の守備系護石を補充したいところなんだけど、機械を使わず美しい球体に磨くのは、熟練の職人でも何日もかかる超ハイレベルな作業だ。技術的に難しいという点でも、防壁や治癒の護石が貴重品なのは仕方がないだろう。
前世のすごい機械頼りだった私のスキルでは、古典的な道具を使って指先の感覚だけで真円を出すのは難しい。だから今はファセットカットで、新しい研磨盤を使う練習中なのだ。
磨き上げられた魔石は、まだ薄い紫色の瘴気をうっすらとまとっている。でも守護宝石になるような、最上級品ほどの量じゃない。
私は両手のひらで包み込むように石を握ると、目を閉じた。穢れの気配を探って、絡めとる。少しだけ胸の奥がモヤッとしたけど、このぐらいなら慣れたものだ。
ゆっくり手を開くと――石からは、すっかり瘴気が消えていた。再び陽光を受けた護石は、先ほどよりずっと澄んだ輝きを放っている。自分で原石から掘り出し、研磨し、浄化して仕上げた、自分だけの宝石だ。
――さて、何の護石になったかな?
テスト用の石座にできたての護石をセットして、そっと魔力を流してみる。
パリッと小さな音がして――青白い雷光が、石の周りに小さく弾けた。
どうやら、氷属性の術を強化する護石だったらしい。魔力を通した感じからして、かなりの増幅率が見込めそうだ。中等級の原石からこれなら、上出来じゃないかな。氷属性なら坑道でも使えるし、これは売却せずに自分の手もとに残しておこう。
魔石が何の護石になるかは、研磨して浄化してみるまで分からない。まるでガチャみたいな感じだけど、なんとなく分かっていることもある。同じ等級の原石でも研磨の仕上がりが良いほど、つまり透明度やカットのバランスが良いほど、より強力な効果を持つ護石になるのだ。
これは、学術的に証明されているわけじゃない。でも現場の職人たちは、薄々気づいていることだ。
もしかしたらカットの形状とクラリティの組み合わせで、発現しやすい効果にも傾向があるかもしれない。それが体系的に解明できたら、狙って特定の護石を作れる時代が来る。――これは、研究のし甲斐がありそうだ。
ただ、守護宝石だけは例外だった。守備系の究極とも言えそうな護石なのに、なぜか煌めきが強いカットほど出やすいようなのだ。復活の発動時に死の原因を排除する攻撃系の強い効果もあるから、そっちの影響が大きいのかもしれない。
ではどうすれば強い煌めきが出るかといえば、真っ先に思い浮かぶのはダイヤモンドで有名なラウンドブリリアントカットだ。でも魔石は水晶にとても近い石だから、屈折率がダイヤモンドほど高くない。ブリリアントカットにしても、あの目が眩むようなギラギラとした輝きは望めないだろう。
ならば、大粒で透明度の高い石の輝きを最大限に引き出すには、どんなカットが最適か――私が目をつけているのは、コンケーブカットだ。
コンケーブは「凹面」という意味で、前世では一九九〇年代に発表された比較的新しいカッティング技法だ。通常のファセットカットは小さな平面をたくさん集めた凸面体だけれど、コンケーブは江戸切子のように凹面の削りを入れる。
それによって光が石の内部でより複雑に反射し、キラキラではなくウルウルと――まるで石の奥から光が湧き出てくるような、深い輝きが生まれるという。
完全無欠点級の魔石にコンケーブカットを施したら、守護宝石の発現率を上げられるかもしれない。
……でも、それには道具の改良が先決かな。コンケーブのような精密なカットを施すには、細かく角度を変えて石を固定する補助具が必要だ。
ライムント親方に、また相談してみなきゃ――。
そんなことを考えながら完成した護石をポーチにしまっていると、工房の表口から声をかけられた。
「邪魔するぞ」
「はーい、いらっしゃいませ!」
表口に向かうと、白髪に日焼けした顔の、がっしりとした初老の男性が立っていた。先日の競技会で一位を獲ったギュンター親方だ。隣には赤毛を長い三つ編みにした女の子が、ちょこんと控えている。
「おう、坊主。ダヴィドはいるか」
「親方は納品に出ていますけど、もうすぐ戻ると思います。中でお待ちになりますか?」
「ああ、すまんな」
ひとまず工房に入ってもらい、お茶を出す。少女はギュンター親方の孫娘で、アリーセさんというらしい。彼女は、コレットさんみたいな研磨職人を目指しているという。
「そこでだ、コレット嬢ちゃんが競技会で使ってた回転研磨盤って奴があるだろ? あれ考えた若けぇ採掘者ってのは、もしかしてお前さんか?」
「あ、はい、僕ですけど」
「そいつぁ話が早え! あれをアリーセにも使わせてもらえねぇかと思ってんだが」
アリーセさんに目を向けると、期待に満ちた目でこちらを見ている。私は思わず満面の笑みを浮かべて、うなずいた。
「もちろんですよ。より多くの方に使ってほしいので」
「おお、ありがとうよ! アリーセは来月十三になる。弟子入りにゃあちょうどいい頃合いだ。来月から工房に預けられるか、ダヴィドに口利きしてくんねぇか」
「弟子入り、ですか? ダヴィド工房に?」
「ああ。研磨盤を使わせてくれるってぇのは、そういうことじゃねぇのか?」
ギュンター親方は、きょとんとした顔をする。そういや、この国には現代のようなしっかりした特許法がないから、そのぶん独自の道具や技法は門外不出なのだ。技術を学びたければ、弟子入りして修業するのが当たり前である。
そうじゃなければ、相応の見返りをもらうものだ。でも今の私の目論見は、少し違った。
「回転研磨盤なら、別に弟子入りせずとも自由に使ってもらって構いませんよ。ライムント工房に頼めば新しく作ってもらえるよう伝えておきますので。もちろん、製作費の実費は必要ですが」
「……なんだと?」
「むしろ女性だけでなく男性の職人さんにも、ぜひ使ってみて欲しいんです。もちろん使い方の説明は無料でしますから、安心してください」
ギュンター親方の目が、くわっと開かれる。
「無料で、だと!?」
ちょうどそのとき、表のドアが開く音がした。




