欺瞞の女王2
「――だからここだけの話、テネブラ様のせいじゃないんだ!」
先日、『貴方だけに』と言って話したはずの『ここだけの話』をペラペラとしゃべりまくっているのは、マティアスだ。
どこか迷惑そうなフランクールの若い副使を捕まえて、彼なりにテネブラを庇おうとしているのだろう。
「実は、浄化には神具が必要なんだ。それをリュクサーナが……第二王女が盗んで逃げてしまったせいで、テネブラ様は守護宝石をお作りになれないんだよ」
「はあ、神具……ですか?」
「そうだ。今、全力で神具の行方を追っているから、守護宝石はまたすぐに作れるようになる。だからどうか、今はテネブラ様を責めないで差し上げてくれ……」
「なるほど……」
(マティアス、その調子よ!!)
テネブラは、内心でマティアスにエールを送った。思った通り、マティアスは思慮に欠けている。だから彼に『ここだけの話』をすれば我慢できずに誰かに話してしまうのは、テネブラの計画通りなのだ。
同じことをテネブラ本人の口から言っても、見苦しい言い訳だと思われる。でも婚約者がテネブラを愛するあまり人々の非難から庇おうとして、つい漏らしてしまった秘密であれば、話の信憑性が高まるというわけだ。
実際に国内ではすでにその効果は現れていて、マティアスの周りの貴族たちだけでなく、その使用人たちから民衆にまで『悪いのは第二王女』という噂が順調に拡がっているらしい。
今夜も、マティアスを招待しておいたのは正解だった。詳しく話を聞かせてくれと、あっという間に彼の周りには人だかりができている。
(そうよ、わたくしが悪いんじゃないの。全ては、神具が逃げたせいなのよ。わたくしの、せいじゃない。それが理解できたなら、早く妹に裏切られて傷ついたわたくしを慰めなさい……!)
だが――諸外国の使節たちの反応は、想定と違った。
何げない発言が母国の代弁とみなされてしまう外交官という役職に就く者は、ただ爵位が高ければいいというものではない。とっさの冷静な判断力と、何より腹芸に長けた者が選ばれる。
彼らが求めているのは同情を誘う物語ではなく、守護宝石そのもの、もしくは守護宝石の入手方法だ。神具を盗まれたから作れないという説明は、宝石姫本体の価値を半減させるもの――つまり、この場で切るべきカードではなかったのだ。
「……で、その神具とやらは、現在は行方不明のリュクサーナ殿下が所持していらっしゃると?」
「その通り。一刻も早く、真の主のもとに取り戻さなければ……」
マティアスは悲劇の英雄になったかのように、苦しげな顔で言う。するとフランクールの副使は、薄笑みを浮かべて言った。
「それは大変だ。我が国からも、捜索隊をお出ししましょう」
「あっ、いやっ、それには及ばない……」
さすがのマティアスも、他国の兵を入れる話に勝手に同意してしまうのはマズいと気づいたらしい。
「いえいえ、ご遠慮なさらず。我らは同盟国でしょう。困ったときはお互い様ではございませんか」
「お気づかい痛み入るが、我が身には余るご提案ゆえに、そういったお話は陛下の方へ……」
しどろもどろに責任転嫁を始めたマティアスを見て、テネブラは内心で歯噛みした。
(マティアス、あのバカ! もっと上手くやりなさいよ……!)
「テネブラ殿下」
不意に声をかけられ振り向くと、今度はあからさまに揉み手をしながら近づいてくる男がいる。イッポリタの大使はわざとらしく声をひそめると、テネブラにささやいた。
「なんでも浄化には神具が必要であると小耳に挟んだのですが……なぜ、もっと早くご相談くださらなかったのです。我らイッポリタの商人に、ご用意できぬものはございませぬ。どんなお品でも必ず探し出してみせますゆえ、我々だけに、神具とはどんな形をしたものであるのか、お教え願えませんかな……?」
「……神具はスフェール王家に代々伝わる家宝ですの。そういくつもあるわけがないでしょう」
テネブラは軽く怒りを込めて言ったが、大使の笑みは変わらない。
「まあまあ、探してみなければ分からぬことでしょう。神具がなければ、宝石姫様は形無しではございませんか。ならば、そちらから頭を下げてでも取り戻すべき状況でいらっしゃるのでは?」
「なっ……!」
思わず唇を醜く歪めかけ、テネブラは慌てて扇で口もとを隠した。
――完全に、足もとを見られている。
テネブラから特徴を聞き出して、先に神具を見つけて奪おうとしているのだろうか。これ以上深掘りされて、先に神具にたどり着かれてしまったら厄介だ。
「……久しぶりの夜会で、疲れてしまったみたい。少し、めまいが……あっ」
テネブラはたおやかに目もとに手をやると、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。とたんにざわめきが広がって、会場中の視線が集まってくる。
(そう、これよ! 全員わたくしに注目して、心配なさい……!)
「テネブラ様!」
マティアスが慌てたように駆け寄ってきて、テネブラを抱き上げた。
「マティ……アス……」
「ああ、だからまだ夜会になど出るべきではないと、あれほど申し上げましたのに……!」
「でもわたくし、守護宝石をお待ちいただいている皆さまに、お詫びをしなければの一心で……」
「もう喋らないで。部屋までお連れいたします」
再び悲劇の主人公になったかのような悲壮な顔で、マティアスが叫ぶ。
「テネブラ様がご無理をして倒れられた! 皆、道を開けてくれ!!」
恐ろしく静かに人波が割れて、出口へと向かう道が現れた。だが二人に集まっている視線は、同情するものではない。他国を出し抜き獲物をさらおうと注視する、猛禽たちのものだった――。
◇ ◇ ◇
(一体、我々は何を見せられているのだ……)
白々しい小芝居を眺めつつ、大使は内心でため息をついた。今日は宝石姫が久しぶりに姿を見せるということで、それはもう期待していたというのに、何の収穫も――。
(――いや、収穫はあった、か。神具の存在はともかく、守護宝石はテネブラが単独で作れるものではないと見て、ほぼ間違いないだろう。そして第二王女リュクサーナの行方不明が事実であれば、それが守護宝石を作れない原因となった可能性は高い)
大使はちらりと背後に目線を送ると、近づいて来た従者に囁いた。
「王都に放っている全ての間諜に、今すぐ第二王女の足取りを追わせよ。特にいつから行方不明か、正確な日時を洗い出せ。第二王女が見付かり次第、我が国で保護させていただく」
従者は小さく礼をして、さりげなく会場を出て行った。
(さて、ここからは競争だな……。あのような猿芝居を見せられたなら、他の二国も同じ考えに至るのは確実だろうて)
大使は内心で笑いつつ、何ごともなかったかのように給仕からグラスを受け取って――手頃な談笑の輪に加わった。




