欺瞞の女王1
テネブラは堂々と顎を上げ、久しぶりに出る夜会の場へと足を踏み入れた。黄金の巻き毛は時間をかけて完璧に仕上げられており、新調したばかりのドレスは薄紫に金糸で繊細な装飾がほどこされている。
胸の中央には、これみよがしに美しく輝く守護宝石を飾り付けていた。本来ならば守護宝石は、奪われないよう服の内側に仕込んで使うものだ。だがテネブラにとって、身を守るよりも身を飾るために使う方が、はるかに重要なのだった。
本日の夜会は、スフェール王宮の大広間で開かれている。集まっているのは、主に各国から訪れた外交官たちだ。近隣三国をはじめとする諸外国からの使節たちと交流する定例の夜会は、スフェールにとって重要な外交の舞台だった。
体調不良を理由にしばらく公の場を避けていたテネブラだったが、いつまでも姿を見せなければ余計な詮索をされるだろう。だからこそ今夜は万全の身支度を整えて、いつものように完璧な宝石姫として賞賛を浴びるはず――だったのだが。
「おお、これはテネブラ殿下。ご体調がすぐれぬと伺っておりましたが、もうおよろしいのですか?」
最初に声をかけてきたのは、イッポリタ連合から来た大使だった。恰幅の良い中年男はにこやかな笑みを浮かべていたが、どこか値踏みをするような目をしている。
「ええ、もうすっかり。ご心配をおかけしましたわ」
テネブラは、花が開くように微笑んで見せた。この笑顔ひとつで、これまでどれほど多くの使節たちが感嘆の溜息をこぼしてきたことだろう。だが大使は、今にも揉み手をしそうな顔で勢い込んで言った。
「それはようございました! では我が盟主が待ちかねております新たな守護宝石の件も、お引き受けくださるということでよろしゅうございますか?」
「それは……もう少しだけ、お時間をいただきますけれど」
思っていたのと違う反応にテネブラが口ごもると、大使の声がわずかに硬くなる。
「テネブラ殿下、失礼を承知で申し上げますが……宝石姫様のご体調がすぐれないゆえ浄化ができぬと伺っておりましたので、我々も受付の再開をお待ち申し上げておったのです。しかしながら、こうして夜会にはお元気な姿でお出ましになれるというのに、浄化に割くお時間はない、と?」
「っ……」
テネブラの完璧な微笑みが、瞬時に凍りついた。だがそれは一瞬のことで、すぐに哀しげな顔をしてみせる。
「……それは、心苦しいと思っているのです。でもわたくしの浄化術には、繊細な魔力操作が必要ですの。肉体の回復と、精神の回復は全く異なるものなのですわ……だからこうして、滅入りがちな気分を変えにきたのですけれど」
テネブラは暗に、浄化して欲しければ私の機嫌を取れと言ってみた。だがその反応は、思った通りのものではない。
「なるほど、なるほど。それは大変でいらっしゃいますな。一日も早いご回復をお祈り申し上げておりますぞ」
大使は深く頷いてみせたが、その口調には不信感が透けていた。軽く一礼すると、他の有力貴族たちの方へさっさと踵を返す。その背中を見送りながら、テネブラは奥歯を噛みしめた。
(なによ、あの態度……! あんな口のきき方をして、わたくしが宝石姫だと分かっているの!? また作れるようになっても、絶対にイッポリタは後回しにしてやるんだから!)
だが思っていたのと違う反応は、イッポリタの大使だけではなかった。
先ほどの大使に美しい姿を見せつけるようにダンスでも踊ってやろうと辺りを見回すと、今度はドレッセン王国の駐在武官と目が合った。長身かつ整った顔立ちの青年はドレッセンの大貴族の次男で、ほんの半年前まではテネブラが前を通りかかるだけで頬を染め、うやうやしく頭を下げていたはずだ。
しかし今夜は軽く会釈を返しただけで、気まずげに視線を逸らした。言い訳のように、上役であるドレッセンの大使の方を向く。
(なんなの、この空気……)
そういえば、いつもならテネブラの姿を見かけるなり次々と賞賛に群がってきていた使節たちが、今夜は誰もが遠巻きにしていた。特にイッポリタの大使とのやりとりを見てからは、彼らの瞳はあからさまに落胆し、テネブラの新たな価値を計り始めている。
「テネブラ殿下」
そこへ、待ち望んでいた声がかけられた。完璧な角度で振り向くと、昔からよく知っている、フランクール王国の初老の大使が立っている。
テネブラ自身が半分フランクールの血を引いていることもあって、いつも出来の良い孫を誇るように、会うたびに惜しみない賛辞を贈ってくれていた。しかし今日の大使がその顔に浮かべているのは、老獪な外交官特有の、つかみどころのない笑みである。
「体調がご快復めされましたこと、まことにお慶び申し上げます。ところで先ほど小耳に挟んだのですが……浄化の力のご回復には、至っておられぬとか」
「そうなのです。だから本当に、心苦しくて……」
テネブラが憐憫を誘うような顔をしてみせると、大使は大げさに嘆いてみせた。
「おお、なんということだ……! テネブラ様の一日も早いご快復に向けて、我が国も力を尽くしましょうぞ。さっそく、我が国の誇る腕利きの治療師団をお送りいたします。テネブラ殿下を実の娘のように思っておられる我が王も、心配めされておりますゆえ」
心配を強調しているが、本音はこの機に乗じてスフェール王宮内にフランクール王配下の術師を束にして送り込もうという計略だろう。
「お気づかい痛み入りますわ。でも貴国のお手を煩わせるわけにはまいりません」
「しかし――」
「間もなく受付を再開いたしますから、どうぞご心配なさらないでと、陛下にお伝えくださいな」
テネブラは辛うじて王との親密アピールをしつつ笑顔を取りつくろって、フランクールの大使を追い返した。
以前は、ただ微笑むだけでよかった。自分はただ美しくあるだけで、全てが上手くいっていたはずなのに――。
(別に宝石姫なんか名乗る前から、わたくしはずっと賛美の的だったはずじゃない! それがなぜ、上手くいかないの!?)
テネブラの記憶は、間違っていない。確かに宝石姫を名乗る前から、テネブラは人々の賛美の的だった。だが、ひとたび不相応に上がった期待値を下回ってしまえば、人々の評価は至極冷たいものである。
(そんなの……そんなの、おかしいじゃない!!)
テネブラは唇を噛みつつ、広間を見渡した。一度、体勢を立て直さなければ。どこかに、味方になってくれそうな者は――。
――そのとき。広間の反対側で、年のわりに落ち着きのない青年の声が響いた。
連載再開しました。第二部完まで毎日更新予定ですので、よろしくお願いいたします。




