宝石姫を追跡せよ2
「ああ、マティアス……!」
「テネブラ様、どうかなさったのですか!?」
震えながら胸にすがりつく美しい姫君を受け止めて、マティアスは明らかに声を上ずらせている。
(上出来だわ……)
テネブラは化粧をせずとも大きな瞳に涙をたたえ、婚約者を上目遣いで見つめた。
「守護宝石が、作れないの……」
「そんな、一体何があったのですか!?」
「実はリュクサーナが……浄化に必要な神具を盗んで、姿を消してしまったの!」
「なんですって!?」
驚愕の表情を浮かべるマティアスに、テネブラは内心でほくそ笑む。だがその面に浮かぶ表情は、悲劇の姫君そのものだ。
「あの子はずっと、わたくしが宝石姫と呼ばれることを羨ましがっていたから……そのせいだわ」
「そのような一大事、早く他の貴族にも知らせて、捜索を手伝わせた方がよいのではございませんか!?」
世継ぎでもない王女の捜索なんて私的な理由では、たとえ国王といえども独立性の高い封建領主たちを動かすことはできない。だが守護宝石を作れない状態ともなれば、話は変わってくるだろう。
でもテネブラは、「ダメよ!」と首を振った。
「守護宝石の作成に神具が必要だと知られたら、諸侯たちが、諸外国が、奪おうとするに決まっているわ! だから神具の存在は、本当は王家の者だけが知っている秘密なの。でも婚約者であるマティアスだけは信頼しているから、あなただけに、大事な秘密を教えたのよ……」
「テネブラ様が、それほどまでに私を信頼してくださっていたなんて……」
「マティアス、もう頼れるのはあなただけ。だからどうか、早くリュクサーナを見つけ出して。王女が市井で暮らすなんて、きっとひどいめにあっているに違いないわ。妹が、心配なの……」
「おおテネブラ様、大切な神具を盗まれたというのに、なんとお優しい……!」
「何もないあの子の前で格差を見せつけて、僻ませてしまったわたくしが悪いんだもの……。だから神具のことには触れずに、見つけたら姉が心配しているとだけ伝えて、優しく連れてきて欲しいのよ。ねぇマティアス、お願い……」
「おまかせください! この私めが、愛しの婚約者様の願いを、必ずや叶えて差し上げましょう!」
前のめりに言うマティアスに、テネブラは花開くように微笑んでみせる。
「ああマティアス、本当に嬉しいわ! リュクサーナが見つかったなら、誰よりも幸せな結婚式を挙げましょうね……?」
だめ押しに婚姻をちらつかせると、マティアスは目の色を変えて部屋を飛び出して行った。
追い詰められて、テネブラは初めて知恵を振り絞る。もちろん、浄化に神具が必要なんて嘘だ。いやテネブラにとっては、リュクサーナ自身が『浄化のための道具』そのものだったのかもしれない。
「ふふ、姉より優れた妹なんて、この世に存在しないのよ……!」
テネブラは世紀末に生まれし兄弟のごとき言葉を口走り、ニイッと口角を上げる。
三大公爵家の一角であるアングラード公とその派閥に連なる貴族が動けば、リュクサーナが見つかるのも時間の問題だ。
「見つけたら、もう二度と逃さないわよ……リュクサーナ!!」
その形相は、すでに物語に出てくるような美貌のお姫様のものではない。姫を食い物にせんとする、邪鬼のごとくに変貌をとげていた。
◇ ◇ ◇
――その夜。国王は一人、遅くまで執務室で杯を傾けていた。
机上には新たな守護宝石の依頼状と、捜索隊による「成果なし」の報告書が無造作に置かれている。窓の外では、月が厚い雲に覆われていた。
守護宝石が作れなくなったからといって、魔石の鉱山があることに変わりはない。だから、急に昔のように国が貧しくなることはない。
ただ、資源には限りがある。今のままのペースで採掘を続けていれば、あと二十年も持たずに枯渇するだろう。
それ以前に良質な鉱脈が掘りつくされ始め、原石の平均的な品質が徐々に低下しているという問題もあった。収入の減少を守護宝石の売り上げで穴埋めしていたが、しばらく手に入らぬならば採掘ペースをより速めることになる。そうすれば、枯渇はさらに早まるだろう。
八年前に『英雄』が挑んだ、新鉱山の『地竜の巣』攻略……それを成し遂げられたなら、まだ百年は余裕で延命できる試算となっていたのだが。
「今はそんな先のことより、まずはこの依頼をどう切り抜けるかが問題だな……」
国王は、机上から一通の書状を取り上げた。その文面には倍額を払ってもよいから急ぎ守護宝石を譲り受けたいという内容に、商業大国イッポリタの盟主による署名が添えられている。
どうやら守護宝石の効果には、中毒性があるらしい。なにせ天寿を全うする以外の死の影を、ことごとく跳ね除けてしまうのだ。一度その恩恵を味わってしまえば、身に着けていないと不安でたまらなくなってしまう――怯えたように自室から出て来なくなってしまった、王妃のように。
かつて多くの権力者たちが、不死の薬を求めてその身を滅ぼした。守護宝石の魅力に取り憑かれた者たちも、同じ道をゆくのだろうか。
――しばらくは、宝石姫テネブラの不調で切り抜けるしかないだろうか。だがそれも長引けば、守護宝石の恩恵を独占するのは許さんと、他国に侵攻の口実を与える可能性がある。
(こんなことになるぐらいなら、テネブラが宝石姫であるなどと偽るのではなかった。今さら別人で、しかもいなくなってしまったなどと説明したところで、信じてもらえるわけがない……!)
あの誤解があった瞬間、やはり真の宝石姫は他国から隠すべきだという打算が働いた。もちろん、希少な品を少しでも高く売りたいという欲目もあった。だが無駄に策を弄したことが、裏目に出てしまった。
今さら正直に言ったところで「嘘をつくな。守護宝石を手もとに溜め込むなど、さては戦争の準備をしているな?」と難癖をつけられる。そして『守護宝石を生む存在』自体を手に入れるため、スフェールを併合する口実とされるだろう。
――かつてこの国は王国ではなく、山間の貧しい街々が肩を寄せ合う盟約国家だった。だが魔石という資源の発見がもたらしたのは、豊かさだけではない。資源を狙う周辺三国からの侵略という、恐ろしい弊害をもたらしたのだ。
そこへ現れたのが、採掘王と呼ばれた初代スフェール国王だった。採掘王はバラバラに抵抗していた街をまとめ上げ、他国の侵攻を退けた。それを守護宝石をはじめとした様々な護石の力で大いに助けたのが始まりの『宝石姫』であり、彼女はその後、初代王妃となったという。
初代が守った資源、そして三国が互いに魔石の利権を牽制し合う和平条約を頼りに長年の平和を享受してきたスフェールは、やがて宝石姫を必要としなくなっていた。だがその資源の底が見え始めたところに、再び宝石姫が現れた。
――それが一体、何を示していたのか。
国王は、杯を強く握りしめた。
(早く、『宝石姫』を連れ戻さなければ。そして、次なる『英雄』を用意しなければ……この国は、終わりだ)
たった一枚のカードが手札から消えただけで、策が詰む。
いや、正確には三枚、だったのだろうか。
英雄に宝石姫、そして不穏分子――。
その事実を、国王はようやく痛感し始めていた。
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