宝石姫を追跡せよ1
「早く、もっと人員を増やして捜せ」
オーギュスタンは目の前でひざまずく騎士に、そう低い声で命じた。
「早く見つけて、連れ戻せ。手段は問わぬ」
「は。第二王女殿下は、私めが必ずや見つけ出してご覧にいれましょう」
応えたのは近衛騎士団の長を務める、ベルジュロン公の弟だ。
貴族たちが王都に構える邸の内部の捜索に、一般の兵士を投入するのは難しい。貴族の子弟ばかりからなる近衛騎士団は、こういうときに役に立つ。
早く、リュクサーナを見つけなければ。テネブラが完全浄化を出来るようになるのは今後も難しいだろうと、見張りを任せた侍従長から聞いている。
――あの子を、リュクサーナを見つけて連れ戻せ。
然らば、全てが元通りになるはずなのだ。
騎士団長が退出すると、入れ替わりに侍従長が現れて礼を執る。
「また何かあったのか」
うんざりとした顔で問うと、侍従長はどこか申し訳なさそうに用件を口にした。先日解雇した侍女の父親たちが、揃って陳情という名の文句を言いに来たというのだ。
結婚時の箔付けのために大事な娘を王宮に預けていたのに、懲戒解雇という末路で社交界の笑い者にされてしまった。そのせいで良縁どころか普通の縁談まで、ことごとく破談になってしまったのだという。――貴族たちにとって自らの地位を担保するための序列と体面は、何より大事なものなのだ。
虫の居所の悪かった国王は、陳情者たちが待機する広間へと大股で向かった。衛兵たちの手によって扉が左右に大きく開かれた瞬間、男達が驚いたように一斉に膝をつく。
「こ、これは陛下御自らお出ましいただけますとは……!」
平身低頭して挨拶する男達は貴族といえども下位にある者で、普段は直接の目通りも、声掛けも、許していないような者たちだ。苦虫を噛み潰したような顔をしている国王にも気づかず、男達は身勝手な陳情を繰り返す。
「――というわけで、困っておるのです。どうか陛下の御名のもとに勅令の撤回を賜り、依願退職としていただきとう存じます」
それでも無言の国王へ、「このままでは、未来ある娘たちが一生を棒に振ってしまいます。陛下も娘を持つ親ならば、どうかお情けを……!」と不遜にも泣き落としを始めた男達を、国王は苛立ちを込めて睨み付けた。
「ならん。そなたらの娘は侍女の身をわきまえず、仕えるべき主を蔑ろにした。行儀を習いたいと自ら乞うて王宮入りしたはずの者どもが、最も重視すべき礼を軽んずるなど、言語道断であろう!」
「しっ、しかし……」
『礼を重んじろ』という話の趣旨すら理解せず、愚かな男達はなおも言い募ろうとする。
「くどい! そなたらが何と言おうが、事実は覆らぬ。不敬の罪状を増やしたくなくば、疾く失せよ!!」
失せよ、と言われても、広間の出入り口は当の国王本人に塞がれているのだが。ゆえに床に額をこすりつけるしかない男達を、最後にひと睨みして――オーギュスタンはきびすを返した。
……ようやく執務室に戻り、ため息を吐きつつ椅子に座り込む。
「陛下、お疲れのところに大変失礼いたします」
だがすぐに侍従長がおずおずと声をかけてきたので、国王は顔をしかめた。
「次は何だ!?」
声を荒らげたところで、恐縮しきりの初老の男が一人、執務室に足を踏み入れた。
かつて王宮の衛兵隊長の一人として勤め上げ、数年前に退役した者だ。その後は市井に住まいつつ、有事には国王の密命により間諜となる者たちの一人として、取りまとめを行っていた。
このところは、あの『不穏分子となり得る男』の動向を、彼らに監視させていた。だが、なんということだろう。監視対象を見失ってしまったというのだ。
それまでのふた月近くは、毎日のように酒を飲んだくれていた。だがある朝突然、いつもの安宿から姿を消してしまったらしい。
職務怠慢を叱りつけると、対象はいつものようにフラフラと酒場めぐりを続けていたから、油断していたのだという。
「……ならば酔っぱらって運河に落ちた可能性はないか?」
「はっ、それは、盲点にございました。すぐに身元不明の死体が上がっていないか、確認して参ります……!」
――だが街角に転がる遺体をいくら探しても、その男が見つかることはなかった。
こんなことなら退役した元衛兵たちを使ったゆるやかな監視網などではなく、現役の尾行を張り付けておくべきだった。あの男が自堕落に飲んだくれているとばかり思って油断していたのは、国王も同じだったのだろう。
(まったく、あのまま野垂れ死んでくれれば最善だったものを……!)
こんなことになるのなら、たとえ公爵家の老怪どもに非難の口実を与えようとも構わずに、王女を手に掛けた時点で処分しておけばよかったのだ。
だがあの男が貴族どもの誰にも知られずに王都を出たなら、好都合だ。あれの容姿は目立つ。少し探せば、簡単に見つけられるだろう。
「あの男を、エリク・ヴェシエールを捜せ。捜して――殺せ!」
◇ ◇ ◇
ベランジェーヌは卓上に積み上がった招待状にチラリと目をやって、顔をそむけた。あれほど好きだった社交の場――でも今は、恐怖でしかなかった。
二度と毒を盛られないという、保証はない。もし自分の守護宝石がなくなったと知られたら、きっとまた命を狙われる。
(怖い……誰か、助けて。不安なのよ、あなた、オーギュスタン、なぜそばにいてくれないの……?)
美しい瞳からいくら涙をこぼしても、拭ってくれる人は一人もいない。
(――いいえ、違うわ。いないんじゃない、いなくなってしまったのね……)
いつもちょっと困ったように、それでもちゃんと話を聞いてくれていた娘の顔を思い出す。
(リュクサーナ……なぜ、いなくなってしまったの……?)
今思えば遠い異国から嫁いできたベランジェーヌにとって、いくら社交で顔を広げても、純粋な味方だと思える相手は、本音で話せる相手は、ただの一人もいなかった。そんなとき黙って寄り添い愚痴を聞いてくれていたのは、次女のリュクサーナだけだった。
(そんなあの子の不満を、不安を……わたくしはちゃんと聞いたことが、あったかしら)
リュクサーナが愚痴を言おうとするたびに、『その気持ち、わかるわ! わたくしも――』と言って、すぐに自分の話にすり替えてしまってはいなかっただろうか。
あの惨劇のお茶会から一人だけ生き残った母親に、泣きながら『よかった』と言って、あの子は自分のぶんの守護宝石を差し出した。
『わたしのぶんは、すぐにまた作るから大丈夫!』
そう言って笑ったあの子の話を鵜呑みにして、大切な命の保証をもらってしまった。その後に作られた守護宝石は、あの護衛騎士に砕かれてしまったという。
あの護衛騎士は、誰よりもあの子の味方でいてくれているのだと、思っていた。
姉を殴ったと聞いたとき、なぜもっと、あの子の話を聞いてあげなかったのだろう。
――そこに、どれほどの絶望があったのか。
「ごめんなさい、ごめんなさいリュクサーナ……あなたの話を聞きたいの。だから、帰ってきて……」
いくら後悔の涙を流しても、その言葉を届けるべきだった相手は――もういない。
◇ ◇ ◇
その日も、テネブラは寝台にもぐりこんだまま午後を迎えていた。二つの守護宝石を手にしたドレッセンの王太子は、満面の笑みでさっさと帰国したらしい。
(同じ世代の治世を任せられた王を骨抜きにする絶好の機会だったのに……無理に浄化なんてさせようとしたお父様のせいで、台無しじゃない! お母様の守護宝石を渡すなら、初めっからそうしておきなさいよ……!!)
それでも、テネブラは寝台から出ることができなかった。数日が経っても、まだ気味の悪い感覚が残っている。体内に異物がずるりと入り込む、あの感触――。
(リュクサーナは本当に、いつもあんなことをしていたの!?)
思い出してぞっとして、掛布をぐっと握りしめた。
リュクサーナは、あれを平然とやっていた。あの気持ち悪い『穢れ』とやらを体内に吸い取って、普通に浄化していた。きっと、あの子には生まれつきの適性があったのだ。あの子にとっては穢れなんて普通で、別に気持ち悪いものではなかった。そうとしか、思えない。
(――そうよ、双子といえども適性は違う。ただ、それだけの話じゃない!)
人には、生まれ持った役割というものがある。美しく産まれた自分には、それを活かした役割を。穢れに馴染むよう産まれた妹には、それを活かした役割を。それが、適材適所というものだ。家族でお互いの得意を活かして助け合う、これほど理想的なことはない。
(わたくしは、何も間違ったことは言ってない。こういうのを、理に適っていると言うのでしょう? 自分の適性をわきまえなかったあの子が悪いのに、なぜ、このわたくしが『できない』と責められなきゃいけないの!?)
掛布を被ったまま屈辱に震えていると……侍女がおずおずと、マティアスが面会を求めていると声をかけてきた。父公の随伴で王宮を訪れたので、ぜひテネブラ様にもご挨拶をということらしい。
大方、なかなか正式な婚姻の話が進まないことを可愛い末っ子に泣きつかれた公爵が、テコ入れに動いたのだろう。今が非常事態であることも知らずに、のんきな婚約者に腹が立つ。
そう思ったテネブラは「追い返して」と言いかけて……寸前で、口をつぐんだ。
マティアスを上手く使えば、高齢で生まれた末息子に甘いアングラード公の私兵を動かせる。そう気づいたテネブラはマティアスを部屋に迎え入れるなり、薄い寝間着姿のままで彼の胸に飛び込んだ。




