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前世の記憶で搾取に気づいた王女、婚約破棄もされたことだし、王宮脱出して宝石工房始めます!  作者: 干野ワニ@受賞作6/15発売
第三章 元サヤ雇用はできません

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第28話 十七歳(と六歳)の適応力

 とうとう完成した足踏み回転研磨盤が、ダヴィド工房に搬入された。


 ライムント親方とフリッツ親方、そして双方の弟子が数名がかりで、二台の研磨盤を運んできてくれた。しっかりとした作りだけれど想像よりもコンパクトに収められていて、大会で与えられる作業スペースにも余裕をもって設置できそうだ。


「わぁ……」


 コレットさんが、目を輝かせる。


「座って、踏み板(トレドル)に足を乗せてみてくれ」


 ライムント親方に言われた通り椅子に座り、コレットさんはおそるおそるトレドルに足を置く。ぐっと一つ踏み込むと、すぐにシュルルルル……と、滑らかな音を立てて石盤が回り始めた。


「本当に、回ってる!」


「一定のリズムで踏み続けりゃあ、回転速度を維持できる。最終調整して仕上げっから、試しに魔石を削ってみてくれ」


「はい!」


 ライムント親方の言葉にうなずいて、コレットさんは研磨剤と水を盤面に振りかけた。そして原石を手に持って、盤面に向けて構えてみせる。


「おう、高さはどうだ?」


 そう問うライムント親方に「ぴったりです」とコレットさんは笑みを向けた。


 そしてぐっと足を踏み込むと、初級の魔石を盤面に押し当てる。シャリシャリと水と研磨粉が擦れる音がして、魔石が目に見えて削れていった。コレットさんの目が、みるみるうちに輝いてゆく。


「すごい……腕を大きく動かさないからいつもより角度をしっかり固定できる上に、どんどん削れてる……!」


 試運転を終えたところで、ライムント親方とフリッツ親方が最終調整を始めた。再び動かしてみて、二人の親方は大きくうなずき合う。


「よし、これで完璧だな。ところでダヴィド、なんかオレらに言い忘れてること、ねぇか?」


 そう言ってライムント親方がニカッと笑うと、これまで黙って見ていたダヴィド親方は一瞬渋面を作る。でもすぐに表情を緩めると、少しだけ口角を上げた。


「……すまん、恩に着る」


「おうよ! つかお前、こっちの兄ちゃんにもちゃんと礼を言っとけよ。あと、発注費もぜんぶこの兄ちゃんから先払いでもらってんの、絶対に忘れんなよ!」


「なっ……」


 大きく見開かれたダヴィド親方の目が、こちらを向く。私がおどけた顔で「超金欠なので、しばらくお家賃タダでお願いします」と拝んでみせると、親方は真剣な顔で首を振った。


「いや、そいつは駄目だ」


 すかさずコレットさんが抗議の声を上げようとした瞬間、親方は言葉を続けた。


「この金は、必ず返す。それにもし他に帰る家がねぇんなら、もうここがお前の家だ。しばらくも何も、家賃を取るわきゃねぇだろう」


「親方……って、えっ、お義父さん!?」


 何だか嬉しいやら恥ずかしいやらで私があえて大げさに驚いてみせると、ライムントさんが親方の背中をバシバシ叩きながら言う。


「良かったなダヴィド、立派な婿がきて!」


「そういう意味じゃねぇ! リュクス、お前もその呼び方はやめろ!」


 親方はすかさず、思いっきり顔をしかめたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ――競技会まで、残り八日間。


 アントンが油断しているらしいのをいいことに、コレットさんは新しい研磨台で猛練習を始めた。最初は踏み板(トレドル)を一定速度で踏む方に気を取られて、手元がお留守になることに苦労しているようだった。


 でも、さすがは十七歳の吸収力だ。二日目には並行作業に慣れてきて、三日目にはまるで息をするようにトレドルを操っている。


 ルミナは幼いながらも、せっせとお手伝いをしてくれた。水を汲んだり、研磨剤の袋を運んだり、使い終えた磨き布を桶に漬け込んだりと大活躍だ。


 誰に言われたわけでもなく、できそうなことを見つけるたびに「やってもいい?」と親方に聞いて動いている。


 カナリヤとして出会ったときのこの子には、自分の意思とかなさそうだったのに……。


 自分の居場所を確保するために必死なのかと思って、これ以上働かせないよう「お手伝いしなくてもここにいていいんだよ」と伝えてみたら、ルミナは「ううん、やりたい!」と目をキラキラさせながら首を振った。


 ――この目、本当にやりたいことを見つけたときの私と、同じ目だ。


 そう気づいた私は、ルミナの「やりたい」を無理に止めないことにした。


「ありがとうルミナ。助かるわ」


 コレットさんに褒められると、ルミナはこの頃少しずつ上手になった笑顔をにこっと見せて、次の仕事を探しに行った。


 これなら、工房の方は大丈夫そうだ。


 安心した私は、浅い坑道への往復を再開した。練習には、たくさんの原石が必要だからだ。本当は本番に近い良い原石を使った練習もしたいけど、あのベルケン親分が主催する採掘ツアーに参加するのは怖すぎる。


 そんなことを考えながら、いつもの浅い坑道から帰ってきたときのこと。ギルドに依頼分の魔石を納めに行くと、クレールさんから「伝言板を見てくださいね」と声をかけられた。


 なんだろうと思って壁に掛けられた大きな伝言板の中から自分の名前を探すと、端的なメッセージが滑石チョークで書きこまれている。


『正午の鐘が鳴る頃、ギルドで待つ。時間が合えば ブラッド』


 正午なら、もう四半刻もないぐらいだ。間に合って良かったなぁと思いつつ依頼票など眺めて時間をつぶしていると、間もなく聞き覚えのある声がした。


「すまない、待ったか」


 すかさず振り向くと、ブラッドさんが軽く手を挙げて立っている。


「ブラッドさん、お疲れさまです!」


 思わず小走りで駆け寄ると、彼はどこかほっとしたように微笑んだ。


「元気そうだな。あれから連絡がないが、特に問題はなかったか?」


「はい。おかげさまでルミナも元気で……あ、ルミナっていうのは、あのとき助けていただいた子のことなんですけど――」


 私があの後のことをかいつまんで報告すると、ブラッドさんは困ったように笑って言った。


「それは良かった。君は最近、かなり頻繁に坑道に通っているらしいな。浅層にやたら熱心な新人がいると噂になっていたから、何か事情があるのかと心配していたんだが」


「えっ、うわ、恥ずかしい……」


 あまり人目を引いてしまったら、やけに効率よく石を見つけているのがバレてしまうかもしれない。でも今は練習用の原石を大量に仕入れる必要があるから、多少目立つのは仕方がないんだけど……。


「そろそろ浅層に慣れたなら、少し深い層に行ってみないか? 昇格試験の対策にもなるしな」


 困っている私に、ブラッドさんはさらりと言った。


「中層の序盤あたりに、面白い鉱脈を見つけたんだ。青銅等級でも白銀等級に同行するなら入れる場所だから、一緒にどうだ?」


 坑道内でベルケン商会のスタッフさんたちと鉢合わせるのは少し怖いけど、ブラッドさんが一緒なら大丈夫かな……。


「本当に、いいんですか? 白銀等級はギルドからの指名依頼が多くてお忙しいと伺ったのですが……」


「俺は基本的に単独ソロだからな。今日も特に決まった予定はないから大丈夫だ」


 そう言って、ブラッドさんは天青石の目もとをふっと和らげる。


「君が一人で無茶している話を聞く方が、よほど心臓に悪い」


 そういえば、前にも似たようなことを言われた気がする。一人で無茶をするな、遠慮せず声をかけろ、と。


 ――甘えすぎてはいけない。でも、今回は断る理由もない。中層ならけっこう良い原石も出るし、ブラッドさんにとってもマイナスばかりではないはずだ。


「ありがとうございます。ぜひお願いします」


 こうして、また明日の朝ギルドに集まり、二人で坑道に潜ることになった。



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