第27話 プロジェクトDX
実は魔石の性質は、水晶にそっくりだ。ただ産出するときの形が少し違っていて、魔石は小さな結晶の集合体である群晶よりも、なぜか単結晶で産出することが多い。
しかし掘り出した後の石は、性質がよく似ていた。水晶にいったん瘴気がたっぷり溜まることで浄化後も魔法を宿しやすい特性を得たものが、魔石になるのだろうか?
水晶は硬度が七もあり、硬度最強のダイヤモンドほどじゃないけど、けっこう硬い石である。男性でもかなり鍛えていなければ、手擦りは過酷な作業だった。
――さて、その「足りない腕力を道具で補う」と啖呵を切ったはいいけれど。具体的な案は、実はもう私の頭の中にあった。
この国の魔石研磨は、古典的な固定研磨台で手擦りの手法を守っている。シンプルで確実な方法だけど、とにかく腕力が必要だ。
コレットさんの技術は、疑いようがない。石を見る目も、面を出す角度の精度も、親方が太鼓判を押すレベルである。ただ、どうしてもパワーとスタミナが足りないのだ。
そこで考えたのが、回転研磨盤の製作だ。水平に回転し続ける円盤の上に石を当て、高速で削る。腕を動かす代わりに円盤の方が回ってくれるから、職人は石を押し当てる角度と圧力の調整に集中できるのだ。
問題は、動力だ。現代ならば電動だけど、それに代わりそうな運搬の護石はレアだし、力のベクトルを回転方向に変換する方法も分からない。しかしそれ以外にも、原始的な動力には当てがある。
足踏み旋盤――トレドルという板を足で踏み、その力をクランクという軸を使って回転の動力に変換する仕組みだ。それを応用して、宝石の回転研磨盤を作る。つまりコレットさんの技術と腕力に、脚力のアシストを足すのだ。
一般的に、男性の腕力と女性の脚力とを比べると、女性の脚力の方が上回ると言われている。これは下肢の筋量は上肢の筋量の、約三倍もあるためだ。もちろん全身運動になるから、本人にかかる負担も増加してしまう。でも、きっと不利を補ってくれるだろう。
ちなみに旋盤の方は、お椀などを美しく削り出すために古代から使われている機巧だ。日本では足踏みろくろとも呼ばれ、その原型は弥生時代から使用されている。しかし足踏みの仕組みが宝石研磨に応用されたのは世界的に見ても意外と遅く、中世の終わり、ルネサンスの頃だ。
そこの、大きな時間差を利用する。この国も木の器はきれいな真円に削られているから、きっと足踏み旋盤が使われているはずだ。
ならば訪ねる先は、木工職人かな。ダヴィド親方に良い木工工房はないかと相談すると、古い友人が親方をやっている工房を紹介してくれた。なんでも、これまでも研磨に使う道具を発注していたらしい。
――その翌朝。なぜか行くのを嫌がる親方を留守番に置いて、私はさっそくコレットさんと木工工房を訪ねることにした。
「聞いたぜ、流れもんに因縁つけられて大変だったんだってなぁ。で、どの道具を調整すんだ? それとも新調か? 競技会がもう近ぇんだろ? そもそもアイツ本人が来ねぇって、もしやケガはそうとうひでぇのか!?」
木工工房の親方――ダヴィド親方と同じぐらいがっしりとした体格の中年男性で、名前はライムントさんという――は口を開くなり、そう矢継ぎ早にまくし立てた。
ダヴィド親方のせいで職人は寡黙だというイメージが強化されていたけれど、饒舌な人もいるらしい。それにしても一日でもう噂が回っているなんて、意外と大きな騒ぎになっていたようだ。
親方が指を骨折したので競技会にはコレットさんが出ることになったというと、ライムント親方は口をあんぐりと開けた。
「そりゃあコレット嬢ちゃんの気持ちは分かりすぎるぐれぇだが……難しいぞ」
心底心配している顔のライムント親方に向かい、私は本題を切り出した。
「そこで、お願いがあってきたんです」
「そういや……お前さんは何もんだ? 工房の新しい弟子にしちゃあヒョロ……って、すまん」
頼りないと思われても仕方がないと思いつつ、私は自分が商家生まれの新米採掘者で、ダヴィド工房の下宿人であると自己紹介する。その上で、腕力を補うための道具作成を依頼したいと話を続けた。
「――そこで足踏み旋盤を改造して、魔石の研磨盤を作れるんじゃないかと考えたのですが」
私の言葉に、ライムントさんは腕を組んで首をかしげた。
「確かに、足踏み旋盤のカラクリは刃物の荒研ぎにも使われちゃいるが……それを、ごく繊細な魔石の研磨に使おうってのか?」
「手擦りが主流なのは承知の上で、応用できないでしょうか。こちらの工房にある旋盤を、よければ見せてもらえませんか?」
「まあ、別に見せるぐれぇは構わねぇが……」
工房の奥に案内されると、何台かの足踏み旋盤が並んでいた。足で操作する踏み板で回転させる軸に木材を取り付け、それに横から刃物を当てて円く削り出す。この工房では、軸棒など円形の精度が必要な材料を削り出すときに使われているらしい。
私は足もとから手もとまで動力を伝える機巧の部分を、じっくりと観察した。仕組み自体は、おそらく理想に近いだろう。踏み板で起こした往復運動が曲軸を経由して回転運動に変換されるギミックは、そのまま応用できるはず。
ただ、一つ大きな問題があった。
「回転の方向が違うんです」
「方向? 軸の角度か? 回る方向か?」
「軸の角度の方です。足踏み旋盤は、回転軸が横向きで上下方向に回転しますよね。でも研磨盤に必要なのは、軸が縦向きの水平回転なんです」
ライムントさんが、ううむと唸る。
「つまり回転の方向を九十度変えりゃあいいのか。クランクの調整が必要だなぁ」
「できそうですか!?」
思わず食いついた私に、ライムントさんは「まあ落ち着け」と苦笑した。
「できるかできねぇかで言えば、理屈の上ではできる。ただ、木工の分野じゃねぇ。おい、ちょっと鍛冶屋のフリッツ呼んでこい!」
しばらくして現れた鍛冶工房の親方であるフリッツさんも、同じくダヴィド親方の幼馴染なのだという。フリッツ親方はライムント親方から話を聞いて、ため息をついた。
「アイツぁ腕は良いんだが、昔っから頑固でなぁ。口下手なくせに間違ってると思やぁポンポン言っちまうから、同業者にゃ特に煙たがられてたもんな……」
「つってもよ、依頼品のすり替えなんざ死んでもやらねぇのは、オレらが保証するってのによ。そんな状況になってんのなら、なんでもっと早く言ってくれねぇんだ!」
憤るライムントさんに目を向けて、コレットさんはすまなさそうに眉尻を下げた。
「ごめんなさい、父さんは昔からのお友だちに心配をかけたくなくて……嫌がらせをされてるなんて、言えなかったみたいです」
「そうか……まぁ、アイツは昔っからムダにプライドの高ぇ奴だったからなぁ……オレらに弱みを見せたくなかったんだろ」
フリッツ親方が苦笑する一方で、ライムント親方は拳を握りしめて言う。
「だがよ、力になれることがあんなら、オレたちゃ出し惜しみはしねぇ。卑怯なウワサなんかにダマされてるヤツらに、目ぇ覚まさせてやろうぜ。なぁ、野郎ども!」
「応!!」
工房内に、徒弟たちの野太い合唱が響いた。
「ありがとう……ございます……」
コレットさんの目に、涙がにじむ。でもすぐに拭うと、彼女はしっかりと頭を下げたのだった。
こうして木工と鍛冶の職人を交えた、仕様の検討が始まった。ライムント親方は水を得た魚のように、輪をかけた饒舌っぷりで改造が必要な部品の説明を始めた。
「――んで、その水平回転の研磨盤の方だが」
ライムントさんは作業台の上にあった端材を手に取ると、即興の模型を組み始めた。
「足踏みの上下運動を、ここでクランクを調整して横回転に変換する。受け軸の太さは……盤面の直径は、どのぐれぇだ?」
「このぐらいが理想です」
私が両腕で円を描くと、親方たちだけでなく弟子たちまで集まってきてのぞき込む。標高が高いこの街は冷涼な気候とはいえ、そろそろ真夏の室内だ。マッチョの人口密度で、室温が軽く五度ぐらいは上がったんじゃないだろうか。
それでも、熱い議論は続く。
「盤面の材質は石だよな? 一種類でいいのか?」
「いえ、石盤が最低でも三種類と、木盤が一種類必要です。とはいえ競技会で与えられる作業場所に四台もは並べることはできないので、盤面を交換できるのが理想ですね」
「重さのある石盤で完全固定もできねぇなら当然回転軸は鉄製になるとして、強度もそうとう上げねぇとなぁ」
「いや待て、交換式にするなら……」
親方も弟子も鍛冶も木工も関係なく、どんどん議論が白熱してゆく。どこからか、あのプロジェクトのテーマ曲が聞こえてくるようだ。
――こうして昼食を忘れて数刻にも及んだ大激論は、陽が傾きかけた頃にようやく収束を見せた。最後に、コレットさんの身体に座面や盤面の高さを合わせるための採寸まで行って――仕様がひと通り固まったところで、各工房お見積りのターンである。
算出された工程ごとの人件費と材料費の価格表、そして総額を見て、ちょっと、いやかなりお財布が痛んだ。当初の予算を、何倍もオーバーしている。
既製品ベースの改造ではあったけど、二つの工房を連携して動かす開発費や人件費もさることながら、大会当日の石盤交換の時間や装置トラブルのリスクを考えると、二台作って交代で運用するのがベストという試算になったからだ。でも、ここが設備投資のしどころだろう。
超特急での作業が始まった――六日後。
この国で初めての回転研磨盤が、完成したのだった。




