第24話 思い出のワンピース(漫画じゃない方)
「はい」と言ってドアを開けると、両腕いっぱいに布のかたまりを抱えたダヴィド親方が立っている。
「コレットが小せぇ頃のやつだ。大きさが合うやつがあるかは知らん」
不愛想にそれだけ言って、ベッドの上にどさりと置いた。ありがとうの言葉を最後まで聞くこともなく、親方はサッと逃げるように部屋を出て行った。女子だらけの空間に、耐えられなかったのかもしれない。
広げてみると、小さな子ども用の服が何着も出てきた。丁寧に手縫いされた、素朴だけれど愛情のこもった子供服。ところどころに『コレット』の名前と、かわいい花の刺繍がほどこされている。
「……これ、懐かしいな。父さん、取っておいてくれたのね」
コレットさんが一枚のワンピースを手に取って、そっと撫でた。
「この服、亡くなった母が縫ってくれたものなんです。……また誰かに着てもらえるなんて、きっと母さんも喜ぶわ」
少しだけ目が潤んでいたけれど、コレットさんはすぐに笑顔を作って、ルミナに服をあてがい始めた。
「この色、ルミナに似合いそう! ねえリュクスさんは、どう思います?」
「うん、すっごくかわいいです!」
薄い桃色のワンピースを選んで、ルミナに着せてみる。少し大きいけれど、今は夏だし半袖だから支障はないだろう。
コレットさんの瞳が、まだ薄く光を帯びている。亡くなったお母さんのことを思い出しているのだろうか。
私も少しだけ母のことを思い出し、目を伏せた。今世の方の母ではなくて、前世の方の――。
久しぶりに娘が実家に帰ってきたかと思えば、『実は研磨職人になったんだよね』と暴露された母の、あの顔。目を見開いて『あんた、それ本気で言ってるの?』と聞いて、本当だと知ると盛大にため息をついた。
『……全く、三十にもなって』
そして呆れ果てた声で、追い払うように手を振りつつ言った。
『もう三十なんだから、あんたがどうなろうと親に責任はないからね!』
突き放すようなそのセリフの裏に何が込められていたのか、今ならわかる。
あんたにはもう何も期待してないから、こっちにも援助とか期待するなとも言われたけれど、あれは見捨てていたんじゃなかった。こっちの面倒は気にするなと、暗に言ってくれていた。父さんは黙っていたけれど、苦笑しながらうなずいていたっけ。
きっと、もう失くしてしまったものだから、思い出補正が入ってる。でも……。
――最期まで好きなことばかりして死んじゃったなんて、親不孝でごめん。
不意に、視界がにじんだ。こらえようとしたのに、涙が次から次へとあふれて、止まらなくなった。
「リュクスさん、どうしたんですか!?」
隣にいたコレットさんが、驚いたようにこちらを見た。ルミナが、おずおずと私のシャツの裾をつかむ。
「ご、ごめんなさい……なんでもない、ちょっと……」
「なんでもなくないでしょう!? 泣いてるじゃない!」
「ちが……ちょっと親のこと、思い出しちゃって……」
――ああ、だめだ。言葉が出てこない。頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
コレットさんは少し考えるような顔をしてから、そっと私の手を握った。
「もしかして、あなたが採掘者になったのは……ご両親を亡くして?」
――違う。死んだのは、実は私のほうなんです。親を置いて先に死んだのは、私のほうで……。
でもそんなこと、説明できるわけがなかった。だから黙って、うなずいた。
「大丈夫ですよ」
コレットさんが手を握ってくれているもう片方の手で、優しく私の背をさする。
「ここには、わたしたちがいますから」
シャツの裾をツンツンと引かれて、私はそちらへ目を向けた。ルミナが、必死にこちらを見上げて言う。
「リュクス、なかないで」
私は思わず床に膝をつくと、ルミナの頭を撫でた。
「……うん、うん。もう泣かないよ」
「まだないてるし」
「うん、そうだね、ありがと。もう大丈夫!」
私は袖で豪快に目元を拭って、二人に笑いかけた。
「お腹がすいたなぁ。コレットさん、今日の晩ご飯は何ですか?」
◇ ◇ ◇
皆で台所へ行くと、親方が鍋の番をしてくれていた。鍋の中身は、消化によいミルク粥らしい。湯気と一緒に、チーズの良い香りが立っている。
木のスプーンですくって口に運ぶと、とろりとしたミルクの甘みの中に、チーズのコクがじんわりと広がった。胃に優しくて、でもしっかりとした存在感があって、疲れた体に滋養が染みわたる。
味はチーズリゾットみたいだけれど、粒はお米ではないようだ。コレットさんにレシピを聞くと、オーツ麦を牛乳とブイヨンで煮たものに、仕上げにとっておきのチーズをたっぷり削って溶かし込んでいるらしい。
「ほら、ルミナも食べなよ。すっごく美味しいよ」
器を前に固まっていたルミナを促すと、ぎこちない手つきで粥をすくい、口に運ぶ。――ひとくち食べた瞬間、ルミナの目が見開かれた。
それから、夢中で食べ始めた。よほど、お腹が空いていたんだろう。
「ゆっくり食べていいんだよ。おかわりもあるからね」
コレットさんが優しく声をかけても、ルミナの勢いは止まらなかった。あっという間に平らげて、じっと空の器に目を落とす。
しばらくして、困ったように目を泳がせ始めた。おかわりをしたいけど、言い出せないのだろうか。これまで、おかわりなんてさせて貰ったことがないのかもしれない。
「おかわり、いかが?」
同じように察したらしいコレットさんが、優しく手を伸べる。おずおずと差し出された器を笑顔で受け取って、コレットさんは二杯目をよそいに行った。私も自分のぶんの粥を食べながら、その背中を目で追ってゆく。
王宮にいた頃は、一流の料理人たちが作った料理が厨房から運ばれてきていた。味はとても良かったけれど、自分で食器を返しに行くようになるまで、作ってくれた人の顔すら見たことがなかった。
二杯目もすぐに食べ終えたルミナが今度は自分から器を差し出し「おかわり」と言うと、コレットさんが「よく食べてえらい!」と嬉しそうに笑う。その横で親方が無言で同じようにおかわりの器を差し出したので、私もつられて笑ったのだった。




