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前世の記憶で搾取に気づいた王女、婚約破棄もされたことだし、王宮脱出して宝石工房始めます!  作者: 干野ワニ@受賞作6/15発売
第二章 OJTはありがたい

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第20話 坑道のカナリヤ

 ――採掘ツアー当日。


 参加者は十人と少しで、やはり大半が採掘者以外が本業といった感じの男性たちだった。ツアーのガイドさん……と呼ぶにはずいぶんと荒くれた外見のお兄さんたちが、列の前後を挟んで歩く。灯明の光で石壁を照らしつつ、坑道の奥へ奥へと隊列は進んで行った。


 たまに戦闘を挟みながらかなりの距離を進むと、浅い層とは空気が変わってきた。湿度が高く、岩肌がじっとりと濡れている。天井から水滴がぽたりと落ちて、足元に水溜りを作った。空気の中に、硫黄のような独特のにおいが混じりだしている。


 浅層のひんやりとした清涼感とは、全くの別物だ。ここは巨山の胎内なのだと、肌で感じさせる空気――。


 さらに少し奥まで進んだところで、先頭のガイドさんが立ち止まった。


「ここから先が採掘区域です。集合時刻は二刻後。遅れた者は置いていきますので、ご注意を」


 参加者たちが散らばって、それぞれの目星をつけた場所に向かってゆく。私も石の声に耳を澄ませながら、壁面を見て回ろうとした――そのとき。


 ……歌声が、聞こえた。


 澄んだ、高い声――幼い子どもの歌声だ。明るくリズミカルな旋律が、坑道の石壁に遠く反響している。坑道版セイレーンなんて魔物は読んだことがないから、本当に子どもが迷い込んでいるのかもしれない。


 急いで声のするほうに歩いていくと、採掘区域の奥で少し開けた空間に出た。


 天井が高くなっていて、壁面に魔石の鉱脈がいくつか筋を描いている。その一角にある大人の腰ほどの高さの岩の上に、小さな人影がちょこんと座っていた。


 幼稚園ぐらいの、女の子だろうか。薄汚れたシンプルなワンピースを着て、痩せた足を岩の上でぶらぶらさせながら歌っている。


 歌詞は鉱夫たちが陽気に採掘を楽しむような、えっさほいさ系の弾むような民謡だ。でも歌っているその子自身の表情は、虚ろだった。口だけが機械的に動いて、メロディを紡いでいる。


 ――やっぱり、坑道に出るお化けか何か!?


「なぜこんな坑道の奥に、あんな小さな子どもがいるんですか!?」


 近くにいた職人っぽい参加者の男性に、思わず声をかけた。男性は私を見て、軽く眉をひそめる。


「うるせぇよ、坑道であんま大きな声出すな」


「すみません……」


「ったく、あれはカナリヤだ」


「カナリヤって、鳥の?」


「ああ。採掘の安全を、ああして歌で祈ってんだ。昔っからの慣わしでな」


 カナリヤ――そのとき、前世の知識がよぎった。


 炭鉱のカナリヤ。有毒ガスの検知のために、鳥籠に入れたカナリヤを坑道に持ち込む。身体が小さなカナリヤは人間よりも有毒ガスに敏感で、ガスが充満し始めると真っ先に倒れる。それを見て、人間は逃げる。


 つまり、あの子は――。


「へぇ……」


 かろうじて相槌を打ったけれど、声が震えた。


「おい、ぼーっとしてると帰る時間になっちまうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 男性に促されて、私は採掘に取りかかる。でも耳だけは、あの歌声がずっと気にかかっていた。




 ――気持ちを切り替えろ。今は採掘に集中するんだ。


 目を閉じて、石の声を探す。やっぱり、浅層と比べて魔石の気配が多い。壁面のあちこちから、微かな瘴気の脈動が伝わってくる。浅層の、掘り尽くされたあとのかすかな残滓とは比べものにならない。


 ――ここだ。


 壁面の左奥、岩盤の継ぎ目のあたりに、小さいけれど濃い気配がある。透明度クラリティも中程度が見込めそうだ。


 鉱脈を傷つけないように、ピッケルを振るう。気になることが多すぎて爽快とは言えないけれど、無心に尖先を振るう。


 最後はタガネに持ち替えて、ようやく最初の一つを掘り出した。結晶が灯明の光を受けて、紫がかった輝きを放っている。浅層で採れる石とは、段違いの輝きだ。


 ――次。


 少し離れた場所にも気配がある。そちらに移動して、また掘る。今度はクラリティはあまり見込めないけれど、しっかりとしたサイズ感がある。


 だんだんと、楽しくなってきた。やっぱり魔石を掘るのは宝探しみたいにワクワクとして、つい夢中になってしまう。


 ――次。また次。


 気がつくと、戦利品を入れるウエストバッグがかなり膨らんでいた。石たちがぶつかって壊れないよう間に布を挟み込みながら、数を確認する。まあまあの品質の魔石が、もう十個近くある。


 ……ちょっと待った。


 気配を感じてふと顔を上げると、周囲の参加者たちがこちらを見ていた。ざわざわと、不穏な空気が広がっている。


「あの兄ちゃん、さっきからよさげな石を掘り当てすぎじゃねぇか」

「青銅等級のくせに、なんであんなポンポン見つけられるんだ?」

「石の場所が分かんのか? なんか特別な道具でも持ってんのか?」


 ――やばい。やりすぎた。


 石の声を聞くのに夢中になって、周りの目を忘れていた。青銅等級の若僧がベテランたちより効率よく魔石を掘り当てていたら、そりゃ怪しまれるだろう。


「いやー、ビギナーズラックですかね〜」とかしどろもどろに言い訳をした、その瞬間。


 ――歌が、止まった。


 さっきまで坑道の奥から響いていた幼い歌声が、ぱたりと途絶えた。


 一瞬の沈黙。そして、どさっ、と何かが落ちる音。


 参加者たちの顔色が、一斉に変わった。


「カナリヤが倒れたぞ!」


 そう、誰かが叫ぶ声がすると。


「逃げろ!」


 全員が、弾かれたように走り出した。


 坑道の奥から、目に見えない何かが這い寄ってくるような気配。空気が、じわりと重くなる。


 そうか、カナリヤという名なのに鳥じゃなく人間を使っていた理由は、普通の毒ガスじゃないからだ。ここで漏れ出してくるのは人体にとりわけ有毒な、瘴気という名の『穢れ』――。


 カナリヤが倒れたのは、穢れの濃度が危険域に達したということだろう。あの子は大人よりも体が小さいから、まっ先にやられた。


 参加者たちが出口に向かい、一目散に走っていく。案内役のスタッフたちも、退避の指示を叫びながら先頭を走って行った。つられて私も走り出しかけて、足を止める。


 坑道の奥を振り返ると、さっきまで歌っていた岩の下に、小さな体がぐったりと倒れていた。


 誰も、その子に気を留めていなかった。みんな知っているのだ。あの子はカナリヤで、こういうときに倒れるのがあの子の役目なのだ、と。


 あの子を助けに戻る人は、いない。


 ――だめだ。

 そう考える前に、足が動いていた。


 私は、かつて毎日のように魔石に残留する穢れを吸っては、浄化してきた。だから、普通の人より遥かに耐性がついているはずだ。


 岩の下に倒れている女の子を、抱き上げる。


 ――軽い。

 恐ろしいぐらい、軽い身体だった。


 背中に担ぎ上げて、すかさず元来た道を駆け抜ける。でもすぐに息が上がって、視界がぐらりと揺れた。


 頭がくらくらして、寒気がし始めた。息を吸うたびに、瘴気が入り込んでくる。穢れが、回り始めている。


 懐かしい感覚だ。こんな穢れにあてられて、かつて何度も倒れたものだった。しかも今は、軽いとはいえ子どもを担いで全力疾走しているのだ。


 そのとき、足がもつれそうになった。身体が重い。でももし転んだら背中の子どもを落としてしまうから、何としてでも踏み止まった――そのとき。


「リュクス!」


 坑道の遠くから、私を呼ぶ声が聞こえた。


 前方から、ただひとつだけれど激しい足音が響く。誰かが、走って来ているのだろう。この、危険な坑道の奥に向かって。


 やがて道の曲がった向こうから、灯明の光が現れる。そこにいたのは――やはり、ブラッドさんだった。


「瘴気漏れが起こったのに、新人が一人出てこないと聞いて心配したぞ! 一体何をしているんだ!?」


 息を切らしたブラッドさんは、私の背中でぐったりした女の子を見て……瞬間、目を見開いた。


 なぜブラッドさんが、ここにいるんだろう。ここは中級向けだから坑道にたまたま居合わせたのか、あるいは退避してきた誰かから聞いたのだろうか……。


 でも今は、それ以上考える余裕はなかった。


「この子……カナリヤが、倒れて……」


「わかった」


 ブラッドさんは、たったそれだけで状況を理解してくれた。


「その子は俺に任せろ」


「お願い、します……」


 かろうじてそれだけ言うと、力強い腕が少女を抱き上げた。背中からふっと負荷がなくなって、私は安堵と共にたたらをふむ。


「大丈夫か!?」


 受け止めるように、ブラッドさんが片腕を伸ばす。私はなんとか触れる寸前に踏みとどまると、顔を上げた。


「すみません、大丈夫です」


「そうか。走れるか?」


「走れ、ます」


 嘘だ。足はとっくに疲労が溜まってフラフラだ。でも、ここで立ち止まったら死ぬ。


 腕に少女を抱えつつ、ブラッドさんが複雑な坑道の中を先導して走る。私はその広い背中を、必死に追いかけた。


 走りながら、頭の中では前世の知識が渦を巻いていた。


 ――坑道の有毒ガスと、炭鉱のカナリヤ。


 あの子が歌わされていた、本当の理由がわかった。あれは『魔除けの歌』なんかじゃない。歌わせる本当の理由は、呼吸量を増やすためだ。


 歌うためには、大きく息を吸わなければならない。普通に座っているだけよりも、ずっと多くの空気を取り込んでしまう。つまり、瘴気の検知が早くなる。


 人間の子どもを、生きた毒ガス検知器にしているのだ。それも慣わし、つまり伝統的に――。


 あまりにも過酷な現実に、私は言葉を失った。



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