第19話 下宿先が訳アリ物件だったワケ
研磨に必要な道具はたくさんあるけれど、なによりも無くては始まらないのは、素材となる原石そのものだ。どんなに腕のいい研磨師がいても、磨く石がなければお話にならないだろう。しかしこの小さな工房には、肝心の魔石がほとんど回ってこなくなっていた。
さらに踏み込んだ事情を聞いたのは、本格的に下宿を始めた翌日のことだった。コレットさんお手製のキノコと肉だんごのクリーム煮を夕食にいただいたあと、お茶を飲みつつぽつぽつと話してくれた。
この街の最大手研磨工房、ゴットホルト工房。そこの跡取り息子のアントンが、この小さな工房を狙っているのだという。
「狙っている、というのは?」
「工房の、吸収です。うちの工房をまるごと取り込んで、自分のものにしたいんです」
コレットさんはそこで言葉をいったん切ると、眉を曇らせて話を続けた。
「目当ては二つ。うちが培ってきた研磨技術と……その、わたしを」
「貴女を、って、どういう……」
「あの人、わたしに結婚を迫っていて」
コレットさんが、小声で言った。頬が赤いのは恥じらいではなく、おそらく怒りのせいだろう。
「何度も、婚約者がいるからと断ったんです。でもしつこくて……そのあげく、嫌がらせが始まりました」
嫌がらせの中身は、陰湿だった。
まず、コレットさんの婚約者だった、この工房の一番弟子を引き抜いた。親方が娘婿にしていずれ跡継ぎにと考えていた一番弟子を、金と女で釣って大手工房に移籍させた。
これまで長い時間をかけて技術を伝えてきた後継者が消えたら、工房の戦力はガタ落ちだ。なにより婚約者に裏切られたコレットさんの悲しみは、察するに余りあるだろう。
それでも、いや、それだからこそ拒否を続けていたら、次はこの工房の悪い噂を流した。
『研磨に預けた原石を、質の悪いものにすり替えている』
職人にとって、信用は命だ。そんな噂が立てば、客は簡単に離れてしまう。
そして極めつけが、取引の締め出しだった。ゴットホルト工房は街の魔石商にも顔が利く。圧力をかけて、この工房に原石が回らないようにしたらしい。
研磨する石がなければ、研磨工房はすぐに干上がってしまう。後継者もいない。客も来ない。じわじわと追い詰めて、最後には工房ごと身売りするしかない状況に追い込んでゆく。
「ひどい話ですね……」
「ごめんなさい、複雑な状況で……」
コレットさんが、申し訳なさそうに言う。
「コレットさんが謝ることじゃありませんよ。僕はまだ青銅等級だから微力ですけど、せめていっぱい原石を採掘してきます」
「リュクスさん……ありがとうございます」
そんな会話の横でダヴィド親方はさっさと食事を終えると、無言で席を立っていた。作業場の方から、研磨台の石板を研ぐ音がする。
依頼はなくとも、道具の手入れは怠らない……。
その音を聞きながら、私は決意を込めて食後の香草茶を飲み干した。
◇ ◇ ◇
それからしばらく、私は魔石の採掘に明け暮れた。
ギルドの初心者向け依頼を次々と受注して、とにかく数を掘った。石の声を聞く力で鉱脈のありかを感じ取り、ブラッドさんに教わった要領でピッケルを振るう。
毎日の採掘で全身の筋肉が悲鳴を上げていたけれど、根性で乗りきった。というか、よく食べて一晩しっかり寝るとけっこう回復した。……若さってすごい。
ただ、初心者向けの坑道では限界があった。浅層はすでに多くの採掘者に掘り尽くされていて、残っているのは小粒で透明度も低い石ばかりだ。
石の声を聞けばかろうじて見落とされていた鉱脈を見つけることはできるけど、せっかく親方に研磨してもらうなら、もう少し質の良い原石が欲しい。
ダヴィド親方のカッティング技術をもってすれば、クラリティが中等級の原石でも、素晴らしい護石に仕立て上げられる。でもそのためには、素材がある程度の質を持つことが必要だ。下等の石をたくさん集めても、手間ばかりかかるわりに利益率が低い。
こうなったら、もっと深い層にもぐるしかない。受付のお姉さんに確認したところ、青銅等級の採掘者が一人で坑道のもう少し深いところ――つまり中層に入るには、ギルドが認定した業者が主催する採掘ツアーに参加する必要があった。
採掘ツアーに参加するには、当然のように参加費がかかる。坑道自体は国有だから入場料はかからないけれど、道中の安全確保と道案内を担う費用を、事業者に支払う仕組みになっているからだ。
その参加費を見て、私は目を剥いた。超お高い。けれど、投資しなければリターンもないだろう。初心者を安全に奥へ連れて行ってくれるツアーがあるだけ、ありがたい。
おそらく鉱脈の目利きには自信があるけど戦闘力のない商人や職人などが、参加しているのだろう。だから石の声が聞こえる自分なら、無収穫で赤字になることもないはずだ。
――本当は、ブラッドさんを誘いたかった。初めての中層だし、あの人がいてくれたらすごく心強い。でも参加費がかかるのに、気軽に「一緒に来てください」とは言いにくかった。
白銀等級のベテランにとって、初心者向けの採掘ツアーに付き合うメリットはない。かといって自分の参加費でも厳しいくらいなのに、もう一人分払って来てもらうなんて、無理だ。
まあ、ギルドが公式で斡旋するツアーなんだから、少なくとも詐欺じゃないだろう。受付のお姉さんも安全だと言っていたし、いつも参加者は十数名ぐらいいるらしいし。
そう自分に言い聞かせつつ、私は一名でツアーに申し込んだ。




