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前世の記憶で搾取に気づいた王女、婚約破棄もされたことだし、王宮脱出して宝石工房始めます!  作者: 干野ワニ@受賞作6/15発売
第二章 OJTはありがたい

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第18話 手を見ればだいたい分かる系職人

 男装は見破られていないと思ってたんだけど、そんなにバレバレだったんだろうか。


「それも、良いとこのご令嬢か」


「えっ」


 瞬間、心臓が跳ねた。でもここで動揺したら、余計に怪しまれるだろう。私はできるだけ平静を装って、リュクスの過去として考えておいた設定を語った。


「確かに実家はちょっと裕福な商家でしたが、遊びすぎて家を追い出された三男坊で……」


「嘘だな」


 最後まで言い切る前に、ダヴィド親方の声が遮った。彼は太い腕を組み、じっとこちらを見すえている。


「さっき、署名するよう言っただろう。あれはな、字が書けるかどうかだけじゃなく、手を見るためだった」


「手、ですか……?」


「職人にとっちゃ、手は命だ。手を見りゃあ、どんなヤツかは大抵わかる。お前の手はピッケルを握ったことはあるようだが、ごく浅い。剣ダコもねぇし、野良仕事のうさぎょうもやってねぇ。かといって商家の倅の手でもねぇな。――ただ、魔石の扱いにはかなり手慣れていそうなのが不思議だが」


 男女で喉元が違うのは有名だから首には薄いスカーフを巻いていたけれど、今後はもっと手が硬くなるまで、革手袋グローブもできるだけ外さない方がいいかもしれない。


 私が考えている間も、親方は話を続けた。


「それに、名前が書けるだけじゃねぇ。ペンを執る姿勢が、ありえねぇぐらい綺麗だった。ちょっと裕福な商家の三男坊が、あんな姿勢で字を書くか?」


 署名の姿勢って……まさか、そんなところを見られていたなんて。


 国代表で使節やらなんやらをすることの多い王族は、外国貴族に囲まれながら署名する機会も多い。だからいざというとき恥ずかしくないように、『常に見られることを意識した書き姿』を幼少期から叩きこまれるんだけど……どうやら、不自然なほど綺麗になっていたようだ。


 盲点だった。貴族にとって姿勢がいいのはデフォルトだから、特に綺麗だなんて指摘されたことはなかったし。


 そういえば、昨日ブラッドさんに「姿勢が良いですね~」とか言ったばかりだった。人間、意外と自分のことは見えていないものなんだろう。


「……ごめんなさい。嘘をついてしまって」


 難しい顔で腕組みしている親方に、私は素直に頭を下げた。


「でも私は、この工房に住みたいんです……」


 言葉が、詰まった。嘘つきは出てけと言われたら、また下宿を探さなければならない。代わりの下宿先がないことはないと思うけど、この工房の研磨を間近で見られる機会を失ってしまうなんて……。


 うつむく私の頭上で、ダヴィド親方がぼそりと言った。


「……だから、下宿を引き受けたんだ」


「え?」


 顔を上げると、親方はあいかわらずの渋面だった。けれど、さっきまでの詰問するような目つきじゃない。


「うちには年頃の娘がいる。下宿人は女、それも育ちがいいに越したことはねぇ。良家のご令嬢が家を出て採掘者になるなんざ相当の理由があんだろうが……今は、事情は聞かねえよ」


 親方がやっぱり愛想のない声音で言うと、コレットさんがくすっと笑って、小声で教えてくれた。


「父さん、魔石を受け取ったときからわたしと同じ年ごろの女の人じゃないかって薄々気づいてて、それで心配して下宿を引き受けたんですよ」


 ……なんだ。最初から分かってたのか。訳アリに気づいた上で、受け入れてくれていたのだ。


「ありがとうございます……」


 声が、少し震えてしまった。前世の記憶があろうとも、今の私はまだ十八歳なのだ。帰る家を失って心細く思う気持ちが全くないかといえば、そうじゃなかったのかもしれない。


 親方は照れ隠しなのか、ますます仏頂面になって話題を変えるように言った。


「ただ、研磨はやめとけ。手が荒れる。元ご令嬢が耐えられるとは思えん」


「私は採掘者ですよ。研磨師よりも手は荒れます」


「すぐに投げ出すだろう」


「投げ出すと決めつける前に、やらせてみないと分かりませんよ」


 親方の眉が、ぴくりと動いた。


 前世で専務に「本業をちゃんとやってりゃいい」と笑いながら言われたときと、同じだ。最初は信じてもらえない。でもやって見せれば、分かってくれる人は分かってくれる。


「……でもその前に、もっと素材を採掘してきます。研磨するための原石を、集めてきます」


 親方は、もう何も言わなかった。でも、フンと鼻を鳴らしたその顔は、否定しているわけではなさそうだ。


「ただ、こうして簡単に気付かれてしまうなら、やっぱり陰陽石メタモルフォゼスがあればいいなと思うのですが……。どこか手に入りそうな場所をご存じではありませんか?」


 どんなに頑張って気をつけたところで、女というだけで無体な目に遭うこともある。それにいつまで経っても声変わりしないと、本当に男なのか不審に思う人も出てくるだろう。


 陰陽石の性別転換効果は時間制限があるけれど、それでもこの街で長く過ごしたいなら必須のアイテムだ。


 私が真剣な顔で問うと、親方は自らの顎に手を当てて、渋い顔をした。


「陰陽石か……見習い時代に一度だけ、すげぇ希少なヤツが出たと聞いて神殿まで見学に行ったことがある。ただありゃ、完全無欠点フローレス級の透明度がいるからな。最深層へ潜っても、おいそれと出てくるモンじゃねぇ」


 宝石姫のもとへ守護宝石になりそうな候補として持ち込まれる魔石は、どれも完全無欠点クラスの石ばかりだった。それでも陰陽石は守護宝石よりさらに出にくくて、これまで三、四個ぐらいしか見たことがない。


「その親方が一度だけ見た陰陽石って、どうなりました?」


「確か、領主様に献上されたはずだ」


 それでは、もうとっくに街の外に出ていそうだ。


 ――今は、地道にやっていくしかないか。私は決意を新たにすると、脳内で次の採掘計画を立て始めた。



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