第17話 華奢、ではなく細マッチョ
契約を終えて工房に戻ると、娘さん――コレットさんというらしい――が作業台に向かって、さっき預けた原石を研磨する準備をしていた。
「見学していいですか?」と聞いたら快く了解してくれたので、邪魔にならなさそうな場所から覗き込む。
宝石研磨には、いろいろな設備が必要だ。まず原石を荒割りするための、作業台と工具たち。
現代では荒割りには確実にカットできる切断機を使っていたけれど、この国では日本の江戸時代と同様に、文字通りタガネで原石を荒く割る。なお切断機とは違い、狙ったところで綺麗に割るには、かなりの熟練が必要だ。
その横には、砂岩でできた研磨板がある。これで荒く削り、石の形を決めてゆくのだろう。その後は徐々に目の細かい石板の研磨台が続き、最後の一つはツゲの木の板でできていた。
研磨台の周りには、手持ちでゴリゴリ削るための金ヤスリや、ツヤツヤに磨くための鹿革を張った木片、そして各種の研磨粉などが、綺麗に整理して並べられていた。
しばらくして、さっき依頼した原石たちを手にダヴィド親方が現れた。作業台に置き、うち一つの原石をもう一度光にかざして割れ目のチェックをしている。
タガネを手に取り石に当て、ハンマーで軽くコツコツと叩いた――と思ったら、石がパカッと綺麗に割れた。その後も二度、三度とタガネを当てて、大まかな形をつくる。
荒割りを終えると、親方は一番端っこの研磨台に向かった。それは大きな砂岩の上部を平らに削り出したもので、なめらかなヤスリのようになっている。
無数にある石の角張った部分を、水をかけつつシャリシャリと手擦りで削り落としてゆく。そこから次々と素材の違う研磨台に移って磨き出し、最後の一台を残して、親方は腰を上げた。
「これ、仕上げろ。俺は次を割る」
「はい」
言葉少なに理解したらしく、コレットさんが親方から削りを終えた魔石を受け取った。
「貴女が磨くんですか?」
私が目を丸くすると、コレットさんは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「はい、あの……やっぱり女に研磨を任せるなんて、ご不安でしょうか」
手擦りでの研磨は相当な腕力がいるから、女性の研磨師は珍しい。でも、いるならそれは素敵なことだ。
「いえ、そういうわけでは! 本当に、珍しいなと思っただけなんです」
失言に慌てていると、向こうで二つ目の石にタガネを当てていた親方が口を開いた。
「コレットは、物心つく前から俺の後をついてまわって石に触れてきた。暦で言うなら、二歳から十五年。腕は確かだ」
「十五年!? すごいですね……」
感嘆のため息をついていると、コレットさんが「ありがとうございます」とまた少し困ったように微笑んだ。そして並んでいる研磨台のうち、一番端に腰かける。木製の研磨盤に研磨剤らしき粘土粉を振って水をかけ、小さな魔石を押し当てた。
台の上で石が円を描くように、くるくると擦ってゆく。現代のような、大きく腕を動かさずとも台の方が回ってくれる回転式の研磨台は、この国ではまだ実用化されていないようだ。
コレットさんの腕は一見華奢そうだけど、よく見るとしなやかな筋肉がついていた。何年も研鑽を続けている、職人の腕。年齢は私の一つ下の十七歳だと言っていたけれど、可憐な顔立ちとのギャップがかっこいい。
石の表面が、少しずつツルツルと滑らかになってゆく。コレットさんが石を持ち上げ、確かめるように指先で撫でると、すでに石は美しい光を帯び始めていた。
前世の工房で、先輩の仕事を横から眺めていたときと、同じ。石が磨かれていく過程を見るのが、たまらなく好きだった。
一面ずつ光が生まれて、最後にすべての面が揃ったとき、石が内側から輝きを放つ。その瞬間の美しさに、何度息を呑んだかわからない。
どうやら彼女(の手もと)を見つめている目が、キラキラになっていたらしい。コレットさんが手を止めて、不思議そうにこちらを見た。
「こんなの見て、楽しいですか?」
「はい。とても!」
思わず食い気味に答えてしまい、私は慌てて言い訳をした。
「実は自分も以前、少し研磨をかじっていたんです。この工房の研磨技術は本当に素晴らしくて……。あの、他にお弟子さんはいらっしゃるんですか?」
あわよくば弟子入りできないかなと思って聞いてみたけれど、その途端、コレットさんの表情が曇った。
「お弟子さんは……一人いたんですけど」
「いた?」
「引き抜かれたんです」
二個目の研磨に入っていたダヴィド親方が、作業の手を止めもせず、そっけなく補足する。
「ゴットホルト工房に、弟子を抜かれた。その上、うちの悪い噂を流しやがった。研磨に預かった原石を、裏で質の悪いものにすり替えてるとかなんとかな」
コレットさんが、小さな声で続けた。
「噂が広まってからは、研磨の依頼がぱったり来なくなって。たまに依頼が来たと思ったら、これも屑石にすり替えたんだろうと言いがかりを付けられてしまって……。そのうちに、原石を売りに来てくれる採掘者さんも、すっかり減ってしまいました……」
ゴットホルトって、あの大手の工房じゃないか。初心者を騙して買い叩くような店だから、ライバルの小さな工房を潰しにかかるくらい、いかにもやりそうな話だろう。
「だから、元は弟子が住み込むためだった空き部屋を貸して、少しでも収入を得ようと思って」
下宿人募集の張り紙は、そういう事情だったのか。
「でも……」
コレットさんが、申し訳なさそうに俯いた。
「うちは評判が悪いですから、下宿なんてしたら採掘者のあなたにもご迷惑をかけてしまうかも……」
「いえ、大丈夫です」
迷わず即答してから、ブラッドさんの『だから先に信用できるか裏を取れと言っただろう』という呆れ顔が思い浮かんだ。
でも評判が悪いのは不当な噂のせいであって、技術は本物だ。それは、看板の護石が証明してくれている。
「大丈夫だから、というとあれなんですが……僕にも研磨を教えてもらえませんか?」
「え?」
コレットさんが、目を丸くする。
隣で、ダヴィド親方がフンと鼻を鳴らした。
「あんたのような娘っこには、無理だ」
「父さん!」
「あんた、女だろ」
瞬間、私はぎくりとして動きを止めた。




