第16話 こんな掘り出し物件があるなんて
坑道を出ると、太陽はまだ高いところにあった。暗闇に慣れきった目が、光で灼ける。
しばらくして目が慣れると、快晴の空が広がっていた。体はくたくたなんだけど、気分は最高だ。
さっそくギルドに戻って、手に入った魔石のうち一つを納品した。
あの受付のお姉さん――クレールさんという名前らしい――が「初採掘おめでとうございます」と微笑んでくれて、ちょっと嬉しい。
青銅の識別票に、初回納品を終えた刻印が打ち込まれて返される。小さな実績だけれど、確かな一歩だ。
ちょっとだけレベルアップした識別票を首にかけると、ブラッドさんのところに戻る。
「ブラッドさん、今日は本当にありがとうございました。少ないですけれど、お礼にこれを――」
今日採掘できたうち、一番良い魔石を一つ差し出した。大した額にはならないだろうけど、気持ちだけでも。
ブラッドさんは手を軽く上げて微笑んだ。
「いらんよ。今日は俺も充分な収穫があったからな」
「でも、ほとんどブラッドさんが戦ってくれましたし、ピッケルの使い方も教えてもらいましたし……」
「新人の初採掘を手伝うのは白銀等級の仕事のうちだから気にするな。それにしても、君はしっかりしているんだか、危なっかしいんだか……まあ、これからも気をつけるんだぞ」
ブラッドさんは苦笑しながら言って、背を向けようと片足を引いた。
「じゃあ、また。次はもう少し奥まで行けるよう、体力をつけておけ」
「はい。ありがとうございました!」
大きな背中が、だんだん遠ざかってゆく。かなり小さくなったところで、今がお昼すぎで、すごくお腹が空いていることに気がついた。
しまった、ブラッドさんに「お礼にお昼ごちそうしますから一緒にどうですか」って言えばよかった……!
今なら走って追いかけたらギリギリ間に合いそうだけど、こちらがおごると言っても、あの人なら逆におごってもらうことになってしまいそうな気もする。
きっと予定とか色々あるだろうし、迷惑になるかな。でもランチぐらい大丈夫かな……と迷ったあげく、やっぱり追いかけようとした頃には、もう背中は見えなくなっていた。
――もっと早く決断しておけば、ランチの美味しいお店とか、他にもこの街のことを、もっと色々と教えてもらえたかもしれないのに……!
『また』とは言ってもらったけれど連絡先は知らないし、そもそもスマホとかないし、次はいつ会えるか分からない。
せめて言われた通りに、体力をつけておこう……私は自分の勇気のなさにしょんぼり肩を落としつつ、遅い昼食を取るべく屋台を探した。
◇ ◇ ◇
適当に腹ごしらえを済ませた私は、再び街の大通りを歩いていた。
――さて、残りの魔石をどうしよう。
魔石を護石として使える状態にするには、前世で原石を宝石にする手順の最後に、浄化を加えた感じだ。
まず原石を大まかな形にカットして、そこから滑らかに研磨する。研磨を終えたら神殿に持って行き、穢れをできるだけ浄化してもらう。すると石それぞれが持つ特性が現れて、様々な護石となるのだ。
前世の技術があるから魔石のカットや研磨もけっこうできそうだし、宝石姫の技術で浄化は神殿以上に完璧にできる。でも、あいにく研磨する道具がない。研磨には専用の設備や研磨剤が必要だし、宿の部屋で簡単にできるような作業じゃない。
だから、まずは研磨工房に持ち込むのが現実的かな。ファセッタは研磨の街でもあるから、工房はたくさんある。
ただ、以前見た原石のお値段を考えると……今日は記念の一個だけを残して、売ってしまった方がいいかもしれない。定期的に宿代を補充しておかないと、露頭に迷うことになる。
ひとまず大通りに面した、一番大きな研磨工房に入ってみた。
ゴットホルト工房と、看板に大書きしてある。立派な店構えで、金属製の看板には灯明の護石がいくつも留め付けされて、きらびやかに輝いていた。客の入りも多そうだし、大手なら安心だろう。
私はカウンターへ向かうと、手持ちから一番良さげな原石を一つ差し出した。
「これ、査定してもらえますか?」
店員さんが原石を一瞥して、それから私の差し出す識別票にチラリと目をやった。
青銅色の識別票――店員の態度が、目に見えて変わった。
「ふうん……ちょっと見せな」
石をぞんざいに手に取って、ルーペも使わずざっと眺める。この国の一般的な鑑定方法はあまり詳しくないけれど、それでもあからさまに杜撰な査定だろう。
「こりゃ屑石だな。透明度が低すぎて、うちじゃ加工の手間に見合わねぇ」
「屑石ですか?」
「まあ、引き取ってやれなくもないけど、銅貨で――」
私は金額を聞いて、耳を疑った。宿場町で見た原石と同じぐらいの品質はあるはずなのに、いま聞いたお値段はゼロが二桁も違う。
だからといってこの店がお安い訳ではなくて、ショーケースには同程度かそれ以下の品質の原石が、高額な値札をつけて並べられていた。
……完全に、足元を見られている。
若くて線の細い青銅等級の新人だから、石の価値がわからないと思われたのだ。やっぱり、もっとブラッドさんにオススメの工房なんかも教えてもらえばよかった。
「今日はやめておきます。査定、ありがとうございました」
「えっ、ちょっと。考え直したほうがいいぞ? 青銅等級の採掘品なんざ、どこに持って行っても同じだって」
店員が、にやにやしながら言う。
「そうですね、失礼します」と、私はにっこり笑って店を出た。
大手がだめなら、次は小さな工房を探してみよう。
ファセッタには大小さまざまな研磨工房がある。大通りの目立つ場所に店を構えているのは大手ばかりだけど、路地を入れば個人経営の小さな工房がいくつもあるはずだ。
工房が集まる区画に入り、一軒ずつ店頭を見て回った。多くの工房が灯明の護石を看板に嵌め込んでいるから、それを見る。
灯明の護石は光で照らすための道具という性質から、キラキラとした多面体カットじゃなくて、ツヤツヤとした半球体カットで作られている。
楕円形のバランスの良さ、磨かれた表面の滑らかさ、放つ明かりの均一さ――上手い職人の仕事は、光を見ればわかるものだ。
大手の工房は派手な看板だったけど、よく見ると護石の仕上げは甘い。灯明の護石なんて汎用品は量産が最優先で、まだ駆け出しの職人が練習を兼ねて手掛けるのだろう。
中堅の工房は悪くないけれど、特筆するほどのところもなくて、迷ってしまう。
そうやって何軒も歩き回っているうちに、小さめの工房の前で足が止まった。
看板はどこか色褪せていて、店構えも質素だ。あまり繁盛している雰囲気じゃないけれど、看板に嵌め込まれた灯明を見た瞬間、目が釘づけになった。
――美しい。
上下左右のバランスが良い楕円……いや真円で、ドームが美しく立っている。表面はぷっくりとした水滴のように滑らかで、灯明の内からあふれる光もどこか清らかにすら見えた。
汎用品の灯明の護石だし、石そのものの品質は特別高いわけじゃない。でもその研磨の技術が、石の持つ輝きを最大限に引き出している。
――甲府で見た、あの水晶のカッティングを思い出した。
原石の中に眠っている光を見つけ出し、一面一面を丁寧に磨き上げることで、ようやく生まれる輝き。それと同じものが、この工房にはありそうだ。
私は意を決して、工房の入り口をくぐった。
「すみません、こちらは研磨を受け付けていらっしゃいますか?」
カウンターの奥から、無愛想な声が返ってきた。
「看板見りゃあわかるだろ」
奥から出てきたのは、四十代半ばぐらいの男性だった。がっしりとした体つきで、腕まくりした袖から節くれだった太い腕が見えている。手は大きく、指先には長年の研磨で付いた無数の細かい傷がある。まさに、職人の手だ。
その後ろから、若い女性が顔を出した。
「いらっしゃいませ」
娘さんだろうか。工房主らしき男性と同じ栗色の髪をポニーテールにして、チロリアン風の可愛い刺繍が入ったスカートに、作業用のエプロンをつけていた。私と同じぐらいの年代で、緑柱石の瞳が大きく愛らしい顔立ちに、人懐っこい笑みを浮かべている。
私は手持ちの魔石を一つウエストバッグから取り出して、工房主に見せた。さっきの大手で出したものと、同じ原石だ。
工房主は原石を手に取って、しばらくよく周りを見てから、小さな穴の開いた箱の上に乗せた。箱の中には灯明の護石が入っているらしく、原石を透かすように光が通る。
工房主は水晶を磨いた拡大鏡を手に取って、光る原石の中を覗き込んだ。
さっきの店員とは、あきらかに違う。丁寧に、石の内部にある内包物や割れ目の状態を確認している。きっと、どこをカットすればこの石を最大限に活かせるか、考えているのだろう。
「……透明度は高かねぇが、筋は悪くない。丁寧に磨けば初級の護石にできる」
こちらとしても、満足のできる査定だ。せっかくなので、いくつか研磨を依頼することにした。この工房なら石の良さを最大限に引き出してくれるだろうから、一つは初採掘の記念品にしよう。
依頼を済ませて顔を上げると、壁に掛けられた黒板の文字が目に入った。
『下宿人募集。食事付き。家賃――』
私は、目を輝かせた。
「あの下宿って、この工房のことですよね? まだ空いてますか?」
「ああ、空いてるよ」
工房主が、不愛想に頷いた。
日割りをすれば家賃は宿代より断然安いし、しかも食事付きだ。外食もたまには美味しいけれど、やっぱり帰ったらご飯があるのは最強だ。
しかもこの工房の研磨技術を、間近で見られるかもしれない。こんな好条件、他にはないだろう。
娘さんのほうがにこっと笑って、「お部屋、見てみますか?」と案内してくれた。二階の、小さいけれど清潔な部屋。窓からは通りが見下ろせて、日当たりもいい。
「ぜひ、ここに住みたいです」
「そうか、ならこれに同意できるなら署名しろ」
工房主が、薄い木の板と筆記具を出してきた。
「署名ですか?」
「読みはできるようだが、書きはできねぇのか?」
「あ、できます」
ギルドの細かい規約と違って、契約の条件は『家主の家族に迷惑をかけたら追い出す』ただそれだけの、シンプルな内容だった。なお工房主の名前は、ダヴィド親方というらしい。
羽根ペンを手に取り、『リュクス』と署名する。ここを拠点に、これから採掘者として生活してゆくのだ。
無事に最高の住処まで見つかった安心感で、私はほっと肩の力が抜けたのだった。




