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前世の記憶で搾取に気づいた王女、婚約破棄もされたことだし、王宮脱出して宝石工房始めます!  作者: 干野ワニ@受賞作6/15発売
第二章 OJTはありがたい

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第15話 OJTは有り難い

 ――翌朝。


 ブラッドさんと約束した時間より少し早めにギルドに着いた私は、掲示板を見た。難易度別に貼ってある依頼票のうち、一番簡単そうなものに目を走らせる。


「品質を問わず、魔石を一つ納品せよ」


 ――これでいいなら、なんとかなりそう?


 ボディベルトに通して背中にかついだ真新しい鶴嘴ピッケルは、昨日ブラッドさんに初心者のおすすめ装備を教えてもらって買ったものだ。


 鶴嘴ツルハシという響きから想像していた工事用のものより、戦闘もこなす宝石採掘者用のピッケルは少し小ぶりに作られていた。それでもずっしりとした重みが伝わってきて、自然と身が引き締まる。


 他にも腰のツールベルトには、タガネや小さなハンマーなどが、動きを妨げないようしっかり固定されていた。


 そして革手袋をはめた上から、両手の中指に護石の指輪が一つずつ。右手が元素魔法を補助する氷の護石で、左手が懐中電灯代わりになる灯明の護石だ。


 別に指輪の本数に制限はないんだけど、たくさん着けるとそのぶん待機電力ならぬ待機魔力を消費する。もっとも私の魔力量なら十種盛りしても問題なく運用できるんだけど、青銅等級では不自然だろう。


 カウンターで受注の手続きを終えたところで、ブラッドさんが現れた。


「おはよう。準備はいいか」


「おはようございます、準備完了です!」


「よい返事だが、気負いすぎると疲れるぞ」


 ブラッドさんが、呆れたように笑う。笑い皺がくしゃっと寄って、なぜか今日も絶妙に同じ無精髭具合の顔がほころんだ。


「私の戦闘様式は完全な術師型なのですが、何か注意する点はありますか?」


「そうだな、灯明の護石は持ってきたか?」


「はい、あります!」


 意気揚々と左手中指の指輪を見せると、ブラッドさんは自らの額を指し示して言った。


「戦闘でも採掘でも両手を空けておいた方がいいから、次から指輪リングより頭環サークレット留付セットした方がいい」


 よく見ると、ブラッドさんは前髪の下に銀色のシンプルなサークレットを着けていて、その中央には美しく研磨された灯明の護石がセットされていた。


 なるほど、そういや前世でも暗い場所で作業する人たちは、額にヘッドライトを付けていたっけ。


「了解です」


「それじゃあ、後は道すがら説明しよう」


「はい。よろしくお願いします!」



   ◇ ◇ ◇



 坑道の入り口は、街から少し離れた山の中腹にあった。岩をくり抜いたような大きな穴で、中から冷たい風が吹き上げてくる。


 左右の台座に固定された灯明の護石が入り口付近の壁を照らしていたけれど、その奥は深い闇に沈んでいた。坑道内にも等間隔に灯明が設置されているという話だったけど、このぶんだと思ったより暗いかもしれない。


 中に足を踏み入れると、空気がひんやりと変わった。湿った岩のにおい。足元はそこそこたいらならされているけれど、天井は場所によって高くなったり低くなったりしている。護石の灯明で照らせば、ごつごつとした岩肌が見えた。


「坑道内には、瘴気の影響で魔物化した生き物が出る。そいつらは魔石の放つ瘴気をさらに吸いに寄っていく性質があるから、鉱脈の近くほど危険だ。逆に言えば、強い魔物がいるあたりでは良い魔石が出る」


 ブラッドさんが前を歩きながら、低い声で説明してくれる。


「浅層では魔物はほとんど出ないが、遭遇エンカウントしたら基本的には俺が前衛で剣を使う。君は後方から魔法で援護しろ」


「わかりました」


 護石の扱いなら、これでもけっこう慣れている。宝石姫として魔力の操作はずっと鍛錬を続けてきたし、手持ちの護石の特性把握も完璧だ。実戦経験はゼロだけど、誰だって最初はレベル1から始めるんだし、注意深く慣れてゆけばいい。


 そう思っていた。

 思っていたのだけれど……。


「――いるぞ」


 ブラッドさんの声が鋭くなった瞬間、奥の暗闇から、何かが飛び出してきた。


 岩肌に紛れるようなゴツゴツとした体表に、細く長い尻尾がしなっている。小型犬ほどの大きさの、トカゲみたいな生き物だけど……目が赤く光っているから、普通の動物じゃない。


 浅い坑道に棲む魔物の、イワグイトカゲ――文献で読んだことはあるけれど、実物を見るのは初めてだ。


 ていうか図鑑の文章から想像していたイメージよりも、ずっと動きが速い!!


「っ――!」


 反射的に手を振りかざすと、右手中指に嵌めていた氷の護石に魔力を流した。


氷の弾(グラキェス・ブリット)!」


 護石からパリッと水色の雷光が走ったかと思えば、指先から氷弾が放たれる――が、狙いが甘い!


 トカゲが動いた後の岩肌に当たって、氷弾が粉々に砕けた――瞬間。トカゲが、こちらを向いた。赤い目がギラりと光る。


 ――標的がこっちを向いた(タゲられた)


 慌てて二発目を放とうと構えた瞬間、銀色の閃きが視界を横切った。


 ブラッドさんが、流れるような動きで飛びかかるトカゲとの間に割り込んでいた。一歩踏み込み斬り落とし、返す刃で薙ぎ払う。トカゲが吹き飛び、坑道の闇に沈んだ。


 ……はやっ!


 戦闘が終わるまで、ほんの数秒だった。ブラッドさんは刀身についたトカゲの体液っぽいものを振り払い、何事もなかったかのように鞘に収めている。


「大丈夫か」


「は、はい……すみません、外しました」


「初めてならそんなものだ。よく見て、次は当てろ」


 サラリと言われた。怒られなかったけど、ナチュラルに要求レベルが高い。とはいえ、当てられなければどうにもならないのは確かだ。


 これでも動かない的を狙うなら、けっこう命中精度には自信があったのだ。まさか動き回る獲物に弾を当てるのがこれほど難しいなんて、思わなかった。高位の範囲魔法を使えば一網打尽にするのは簡単だけど、狭い坑道内で使えばどうなるかは……推して知るべしだろう。


 その後も何度か小さなモンスターに遭遇したけれど、そのたびにブラッドさんが「今日は多いな」と言いつつ的確に処理してくれた。狭い坑道内で長剣を振る動作に、一切の無駄がない。


 踏み込んで斬る、そのまま刀身を返し、また踏み込む。すべてが流れるように連なっていて、美しいとすら思える動作モーション――。


 野戦場での集団戦闘を想定した騎士たちの剣技とは、明らかに違う。狭い坑道内での身のこなし――剣の振り方も、攻撃のかわし方も、どれも鮮やかだ。


 私はブラッドさんの身のこなしをよく観察しながら、邪魔をしないようにタイミングをうかがった。同時に周囲に目を配っていると、天井を逆さまに這うようにして近づいてくるトカゲがいる。


 動きを先回りして、頭が向かう方へ速度を合わせて氷弾を放つ。今度はゴヅンっと重い音がして、トカゲが天井から剥がれ落ちた。そこに、ブラッドさんが剣を突き立てる。


「悪くない」


 ブラッドさんが、端的に言う。シンプルな評価だけど、嬉しかった。



   ◇ ◇ ◇



 もう少し坑道の奥に進んで、一番初めの採掘ポイントに着いた。


 よく見ると、壁面の一部が他と違う色をしている。暗い灰色の岩盤の中、わずかに紫がかった筋が、闇の中でぼんやりと輝いていた。これが、魔石の鉱脈らしい。


「ここだ。掘ってみろ」


 背中に担いでいたピッケルを改めて手に取ると、ずっしりとした重みを感じた。両手で握って構えると、腕の筋が張りつめる。


「力任せに振るうな。すぐに腕が疲れるぞ」


 ブラッドさんが私の後ろに立ったかと思えば、その長身で包みこむようにピッケルの柄に手を添えた。


「右手はもう少し上を持て。……違う、このあたり」


 革手袋グローブで包んだ指をほどかれて、親指を置く角度から、柄の握り方を丁寧に調整してもらう。すると、てこの原理的なものなのか、ずいぶんと負担が軽くなった。


尖先きっさきは、鉱脈に対して並行に入れろ。魔石を傷つけないように、鉱脈の周りを崩すように掘り進め。……そう、そのぐらいの角度だ」


 手を添えて何度か振り真似しつつ、耳もとで低い声が響く。かと思えば、素早く気配が離れていった。


「いいぞ、掘ってみろ」


「はい」


 言いつつ、教わった通りにピッケルを振り下ろす。がづんっ、と、硬い手応え。頑丈そうだった岩肌が、想像より大きく砕けた。


 ……なんだろう。

 これ、超スッキリするんですけど……!


「いい感じだ。そのまま掘り進め」


「はい!」


 内心で『はああああーッ』と裂帛れっぱくの気合を込めつつ、再びピッケルを振り下ろす。


 瞬間、ヒットストップ――からの衝撃を、全身でしっかりと受け止める。負けじと再びピッケルを構えると、気合を込めて振り下ろした。


 身体の奥で凝り固まっていたストレスが、岩と共にどんどん砕かれ、取り除かれてゆく。本当は気合を声に出せたら最高だったけど、ブラッドさんにドン引きされたくないので我慢した。


 調子に乗ってピッケルを振り続けていると、だんだん腕が痺れてきた。額から汗が流れて、目に沁みる。元お姫様の筋力では、もう尖先がブレないように振るうだけで精いっぱいだ。


 前世もインドア派の事務職だったから、肉体労働とはお姫様並みに無縁だった。二回分の人生を合わせても、これほど体を酷使したことはない。


 でも、楽しかった。自分の手で岩を砕いて、その奥に眠る石を掘り起こす。それだけのことなのに、まるで宝物を探すみたいで、一振りごとに胸が高鳴った。




 しばらく掘り進めたところで、私はふと手を止めた。岩の中から、何かが聞こえた気がする。


 正確には、耳で聞く音ではない。もっと微かな、意識の底を震わせるような感覚――。


 ――魔石が、声を上げている。


 宝石姫の職能の一つ。穢れの気配を感じ取り、その在処を知る技術(スキル)。浄化のときに穢れを絡め取るために使っていた感覚を、採掘に応用できるかもしれない。


 目を閉じて、意識を研ぎ澄ます。


 ……この層の鉱脈は、だいぶ掘り尽くされているようだ。あちこちに瘴気の残滓はあるけれど、濃い気配はない。浅層は採掘者が頻繁に入るから、上物はとっくに掘り出されてしまっているのだろう。


 それでも、この鉱脈にはありそうだ。もう少し奥まったところに、小さいけれど確かな気配がある。


 もう何度か掘り進み、わずかに岩の色が変わったところで、ブラッドさんが言った。


「もうピッケルはいい。タガネに持ち替えるんだ」


 言われた通りにピッケルを置くと、ツールベルトから先が平たくなった杭みたいなタガネと、小ぶりのハンマーを取り出した。魔石らしき塊と母岩との間にタガネの先を差し込んで、ハンマーでコツコツと軽快に叩き出してゆく。


 ――やがて暗い紫色の光を帯びた結晶が、革手袋の上にコロリと転がった。


「採れた!」


 初めて自分の手で掘り出した、宝石――。

 しばらく手に乗せたまま見つめていると、ブラッドさんが肩ごしに覗き込む。


「いい石だな。初採掘、おめでとう」


「ありがとうございます! 初めて自分で掘った石って、感慨深いですね……」


「ああ、俺も覚えがある。それが嬉しすぎたせいで、未だに採掘者をやっているんだ」


 ブラッドさんは、本当に採掘が好きなんだろう。無邪気な笑顔がとっても嬉しそうで、私までより嬉しくなってくる。


 次を探そうと言われて後ろを向いたところで、私は大きなトカゲがすぐ足下にいることに気がついた。


「わっ! え……死んでる?」


「あまり採掘に夢中になりすぎると危ないぞ」


「あ……すみません、倒してくれていたんですね」


 そうだ、坑道に出る魔物は、魔石の瘴気に惹かれてやってくるのだ。ならば採掘中が一番危険なのは、分かっていたことなのに……。


「まあトカゲぐらいなら一発食らってから気づいても、致命的ではないけどな。採掘者が徒党パーティを組んで動くのは、採掘中の見張りって意味合いもある」


「そうだったんですね……」


 反省して小さくなっていると、ブラッドさんは私の肩をポンポンと軽く叩いて言った。


「今日は俺が対処するから、そんなに気にしないでいい。せっかく来たんだ。気が済むまで掘っていけ」


「……はい!」


 気を取り直して再びピッケルを手に取ると、ブラッドさんは次の鉱脈を教えてくれたのだった。



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