第13話 やんごとなき平和ボケ
びくっとして声のほうを見ると、一人の青年が腕を組んで立っていた。その人を見た瞬間、ニコニコしていたお兄さんたちが、サッと顔を青ざめさせる。
二人は青年に睨みつけられた瞬間、そそくさと人混みに紛れていった。えらく逃げ足が速い。
「あいつらは初心者狩りだ」
二人組の背中が消えて行った方を、青年は顎でしゃくった。
「坑道の中で突然態度が変わって、指導料だなんだと言って金品を巻き上げる。新人がよく引っかかる手口だ。気をつけろ」
「え……」
背筋が、ひやりとした。もしあそこで声をかけてもらわなかったら、喜んでついて行っていただろう。
「あ、ありがとうございます! 助けていただいて」
私は慌ててお礼を言うと、頭を下げた。本当に危なかった。新しい暮らしが始まって、少々浮かれすぎていたのかもしれない。
頭を上げ、改めて青年の顔を見る。
陽光に輝く濃い黄金の髪に、天青石のように穏やかな青灰色の瞳。無精髭が顎にうっすらと影を作っていて、ぱっと見は無頼漢というか、ちょっとワイルドな風貌だ。年齢は――前世の自分と同じ、三十歳ぐらいかな。
「いや、素直なのは悪いことじゃない。ただ採掘者になるならば、危機管理は大事だぞ」
そう言って青年が笑うと、印象が変わった。
目尻に優しげな笑い皺ができて、無骨な雰囲気がふっと柔らかくなる。ああ、この人はよく笑う人なんだな、と、直感的に思わせるような笑みだった。
しかもよく見ると、かなりの美形だ。骨格が綺麗で、目鼻立ちが整っている。無精髭で隠れているけど、剃ったら相当なイケメンだろう。身長も百九十近くありそうだし、大人の男の色気があってかっこいい。
青年は腕を組んだまま、少し困ったように眉をハの字に寄せた。
「とはいえ、初採掘なのか。仲間はどうする?」
「これからギルド提携の酒場で声をかけてみようと思っているのですが、無理そうならとりあえず単独で……」
よく考えたらタダで新人と組んでやるメリットなんてないから、初めの方は一人で手探りの採掘になっても仕方ない。私が困ったように笑うと、青年は眉尻を下げたまま続けた。
「よければ俺が同行しようか? 初心者が一人で坑道に入るのが危険なのは、本当だからな」
魔石の採掘を普通の鉱夫ではなく武装した専門の採掘者が行うのは、坑道には魔石が放つ瘴気に集まる魔物が出るからだ。初心者向けの浅い坑道に出るのはごく弱い魔物ばかりらしいけど、実戦経験のない私には命取りになってしまうかもしれない。
「いいんですか? ありがとうございます!」
だから、思わず食いついてしまった。この人は初心者狩りからも助けてくれたし、なんて良い人なんだろう。
――が。
青年は、ふうっとわずかに息を吐いた。
「だから、そうすぐに信じるなと言っただろう」
「え」
「なぜ俺なら大丈夫だと判断した? さっきの連中も、見た目は親切そうだっただろ?」
「あ……」
確かにその通りで、返す言葉がなかった。さっきのお兄さんたちと、この人の違いは何かと問われたら――やっぱり「悪い人から助けてくれたから」としか答えられない。単に悪い人同士で、カモの取り合いをしていただけかもしれないのに。
「すみません。親切な方を疑うのは、なんだか失礼な気がして……」
「育ちがいいのだな」
青年が、苦笑する。優しげな笑い皺が目尻にくしゃっと寄って、やっぱり悪い人ではないように思えた。私も苦笑を返しつつ、心の底から口にする。
「別に、そうでもないのですが……」
別に王女のようなやんごとなき生まれでなくても、多くの日本人にとって親切に声をかけてくれた人を疑うのは、微妙に気がひけることだろう。
でも平和ボケだと言われたのだとしたら、その通りなのかもしれない。ここは日本ではなくて、私はもう常に護衛に守られている王女でもないのだ。
「君の心ばえは素晴らしいが、採掘者には無法者も多い」
青年の口調は穏やかだけど、目はとても真剣だった。
「ならば、どうすればいいと思う?」
問いかけられて、少し考えた。この人を信頼していい根拠が、私にはない。でも逆に、信頼できない根拠もない。そして直感で判断するのは当てにならないと、たった今ヒントをもらったばかりだ。
だったら、客観的な判断材料を集めればいい。
これは仕事なのだと考えると、前世の職場ではどうしていただろう。そうだ、取引先が信用できるかどうかを、なんとなくで判断したりはしなかった。登記情報や財務諸表の確認、そして信用調査――あらゆる情報を集めて、裏を取る。
ここで一番信頼できる情報源は……ギルドかな。
「すみません、ちょっと待っていてください」
青年を残して、ギルドの中に引き返した。受付カウンターに小走りで戻って、先ほど登録手続きをしてくれたお姉さんに声をかける。
「あの、初めての採掘に同行してくださるという方がいらっしゃったのですが、受けて問題ないでしょうか? 黄金の髪に青灰の瞳で、背が高くて無精髭の方なんですが……」
「ああ、ブラッドさんですね」
うっかり名前を聞き忘れていたので特徴を言うと、お姉さんはぱっと笑顔になった。
「ええ、あの方は信頼できますよ。面倒見がいいことで有名ですし。それにあの方は白銀等級ですから」
「白銀等級だと、何か違うんですか?」
「白銀等級以上はね、後輩の指導実績や人望の審査も昇格の要件に含まれているんです。つまり人柄にも、ギルドのお墨付きがあるってことですね。大規模採掘のリーダーや、新人の指導役なんかも請け負った実績のある人たちだから、まず信頼していいですよ」
なるほど、あの等級を上げるためには採掘者としての現場の腕前だけではなくて、マネジメントスキルも問われるということか。
「初心者のうちは、まず識別票を確認するといいですよ。銀色の識別票を持っている人なら安心できますから。服の下に入れている人も多いですけど、同業者から請われたら提示する義務があるので、見せてほしいとお願いして大丈夫です」
「なるほど、ありがとうございます」
「ふふふ、登録してすぐブラッドさんに会えるなんて、幸運でしたね」
「本当に、ありがたいです!」
私が「では失礼します」と会釈すると、お姉さんは「がんばってくださいね」と小さく手を振って見送ってくれた。
急いで外に戻ると、青年はまだ私が戻るのを待ってくれていた。
「あの……お手数ですが、識別票を見せていただけますか?」
我ながらストレートすぎる質問だなと思ったけれど、どうオブラートに包めばいいかも分からない。すると青年はちょっと目を丸くして、それから噴き出した。
「馬鹿正直だな。普通、そこまであからさまに確認するか?」
「すみません……疑え、そして裏を取れ、と教わったばかりなので」
「それを俺に言うか」
呆れたように、でもどこか楽しげに笑いながら、青年は首にかけた識別票を服の上に引っぱり出してくれた。




