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前世の記憶で搾取に気づいた王女、婚約破棄もされたことだし、王宮脱出して宝石工房始めます!  作者: 干野ワニ@受賞作6/15発売
第二章 先達はあらまほしきことなり

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第12話 初ギルドの既視感がすごい

 ――駅馬車の旅は、想像していたよりもずっと過酷なものだった。


 硬い板の座席の上に行商のおじさんたちと一緒にギッシリ詰め込まれ、まともに舗装されていない街道をガタガタ揺られ続けるという、なかなかの拷問器具っぷり。しかもこの国の街道は平野じゃなくて、デコボコした山間を縫うように進んでゆくのだ。


 しかも旅程は、七日間もある。これと比べたら遥かに快適な夜行バスだって、一週間も乗り続けたら大変なことになるだろう。


 それでも……窓の外に流れていくこの国の景色だけは、とても美しかった。


 緑の広がる丘陵に、初夏でも頭に雪を被った山脈。スフェールは穀倉地帯にこそ恵まれていない国だけど、自然自体は豊かなのだ。


 特に夕暮れのマジックアワーに紫がかる光景は、南アルプスの山々を思い出させてくれる。私は荷物から取り出したヌガーで糖分を補給しつつ、いつまでも稜線を眺めていた。




 ――とうとう迎えた七日目の昼下がり。旅はつつがなく終わり、馬車の窓からファセッタの街並みが見えた。


 かつてここスフェールが、山間の貧しい小国だった昔のこと。この国の主な産業は、自由槍騎兵フリーランサーの国外派遣、つまり傭兵たちの出稼ぎだった。しかしここファセッタで世界有数の魔石の大鉱脈が発見されたことで、傭兵たちはこぞって宝石採掘者に転身したのだ。


 ファセッタは、険しい山々の間にある盆地に作られた街だ。王都ほどではないけれど、門をくぐると大きな目抜き通りの両側にびっしりと店舗が並んでいて、人通りも多い。さらに大通りから一本横路に入ると、研磨や細工を請け負う工房が立ち並ぶ区画が広がっているようだ。


 そして何より目を引いたのは、あちこちの店先で、きらきらと輝く灯明の護石が看板を輝かせていることだった。原石の卸商に研磨工房、そして護石を扱う宝石商の数々……さすがは宝石の街と呼ばれるだけはある。


 ――よし。ここを拠点に決めた!


 馬車で乗り合わせたおじさんたちの口コミをもとに、私はまず宿屋へ向かった。安いのに綺麗好きなおかみさんのおかげで清潔なところがおすすめポイントらしく、手足を伸ばしてのびのび寝られるベッドもある。


 私は今夜の寝床を確保して安心すると、さっそく採掘者ギルドに向かった。



   ◇ ◇ ◇



 ――宝石採掘者組合(ギルド)、ファセッタ支部。


 この街でも一番大きな通りに面した、石造りの立派な建物だ。入り口の上にはギルドの紋章――鶴嘴ピッケルと宝石を組み合わせた意匠デザインの看板が掲げられていて、入り口には常に人の出入りが途切れない。


 中に入ると、冒険者ギルドみたいな……いや、ゲームに出てくる冒険者ギルド、まんまの造りになっていた。


 広い受付ホールに、大きな掲示板が二つ。片方の掲示板には本日の坑道情報が、もう片方には採掘依頼の張り紙が、びっしりと貼り出されていた。


 張り紙の文章は、ドレッセン語で書かれている。実はこの小さな国には独自の言語がなくて、地方ごとに周辺三国の言語をベースにした方言を使い分けていた。


 例えばフランクールの宮廷文化の影響を受けた王都オーバリアではフランクール語が主流で、ドレッセンの職人文化に影響を受けたここファセッタではドレッセン語が使われている。だからスフェール人は多言語に抵抗感がなくて、そこは日本人と大きく感覚が違うところかもしれない。


 カウンターの向こうでは、受付の職員さんたちが忙しそうに働いている。さらにホールの一角にはテーブルが置かれていて、いかつい風体の採掘者たちが軽食を取りつつ情報交換をしているようだ。


 ちょっと、某魔物ハンターになった気分だ。これで猫人が食堂を経営していたら、完璧だ……!


 ――いやいや、感動している場合じゃない。


 私は受付カウンターに向かうと、お姉さんの一人に声をかけた。


「あの、すみません。採掘者として新規登録したいのですが、こちらでいいでしょうか?」


「ええ、もちろん! それではお名前と年齢、あと使用可能な魔法の申告をお願いしたいのですが、読み書きはできますか?」


「はい」


 羽ペンと小さなインク壺を渡されて、薄い木の板でできた登録票に向かう。名前は少し迷って『リュクス』と書いた。


 リュクサーナを縮めた、男性名。安直だけどリュクスは古代語で『光』を意味していて、この国ではありふれた名前だから目立たないはずだ。


 何より呼ばれ慣れない名前にすると、反応が遅れてボロが出かねないだろう。自分の名前の響きが残っているほうが自然に振る舞えて、挙動不審になりにくい。


 年齢は、十五歳ぐらいがいいだろうか。実年齢は十八で身長もそこそこあるけど、声や骨格の細さを考えたならば、そのぐらいにした方が無難かな。


 なおこのスフェール王国の成人年齢は十三歳で、ギルドの登録可能年齢も下限は十三歳だ。「そんな年齢で社会に出るなんて!」と驚くけれど、日本でも元服とかの時代はそんな感じだったらしい。平均寿命も半分ぐらいしかないせいか、同じ十三歳でもスフェール人と現代日本人では面構つらがまえが違う。


 ちなみにこの国には、国全体で共通の戸籍というものはない。その代わりに各領主の単位で、婚姻管理や徴税などに使われる住民票っぽいものが作成されていた。だから元から街の住民じゃない人が採掘者に新規登録すると、一緒に住民登録も行われるらしい。


 それにしても年齢まで自己申告制だなんて、ずいぶんとユルユルだ。さらに性別に至っては、採掘者なんて志望するのはどうせ男だけだろうとでも思っているのか、そもそも記入する欄がない。


 それだけ参入ハードルを下げているのは、よほど採掘者が人手不足ってことなのかな。まあ魔石さえちゃんと納めてくれたら、領主的に文句はないのかもしれない。


 そんなことを考えつつ『十五』と記入すると、お姉さんがうなずいた。


「リュクスさん十五歳、ですね。使用可能な魔法はありますか?」


 私は、再び頭を悩ませた。収納魔法が使えると申告すれば、いきなり中堅の黒鉄等級に認定してもらえるらしい。


 収納魔法は坑道内にたくさん物資を持ち込める上に、採掘した原石もたくさん持ち帰ることができる。だから、それだけで即戦力と見なされるのだ。


 でも――やめておこう。


 見える場所以外に財産があることを、うかつに知られないほうがいい。財産を隠し持っていると思われたら、強盗に狙われるかもしれないのだ。


 なにより、何かの拍子に疑われて収納魔法の中身を見せろと言われたら、持ち物から失踪中の王女であることがバレてしまう。


 だから使用可能な魔法欄には、護石を補助に使った初級の攻撃と防御の魔法だけを、いくつか記入しておいた。


 お姉さんは木板に目を通して小さく頷くと、「少々お待ちください」と微笑んで奥に引っ込んでゆく。


「では、青銅等級からのスタートになりますね。こちらが識別票です。坑道にもぐる際には、絶対に首から下げておいて下さい。」


 戻ってきたお姉さんは、言いつつ青銅ブロンズでできた識別票を差し出した。青銅というと青緑色の緑青ろくしょうのふいたブロンズ像をイメージしがちだけど、あの色は銅に生じる錆っぽいものだ。まっさらな青銅の色は明るい茶色で、銅メダルだといえば分かりやすいだろうか。


 識別票は革紐で首から下げるようにした金属製のプレートで、ギルドの紋章の下に小さく『ファセッタ支部』の文字が、さらにその下に大きく『リュクス』の文字が刻印されている。


 前世で言うところのドッグタグのようなもので、採掘者としての身分証と、坑道内でご遺体になったときの身元確認証を兼ねているんだろう。


 等級は下から順に、青銅、赤銅、黒鉄、白銀、黄金。そして伝説的な存在とされる白金等級の、六段階だ。


 青銅は最下位だけど、下っ端からのリスタートには慣れている。前世だって未経験から始めたのだ。今世はなんとまだ十八歳なんだし、ここから地道に実績を積めばいい。


「そうだ、術師の方への注意点ですが、まず坑道内での火属性、および地属性の攻撃魔法の使用は大事故につながりますから厳禁です。それと、他の採掘者を巻き込むような範囲魔法の使用もお控えください。違反した場合は厳罰に処されますので、充分注意してくださいね。……ええと、リュクスさんは術師なら文字が読めますよね」


「はい」


「では、こちらに詳しく記載していますから、全て目を通してから採掘へ向かってくださいね」


 お姉さんが差し出した薄い木の板を受け取ると、小さな文字でびっしりと坑道内における魔法使用時の注意点が記されていた。坑道は魔物モンスターが出るから戦う必要があるけれど、狭い場所が多い。指輪にセットしていく攻撃の護石は、厳選する必要があるだろう。


「わかりました」


 そのまま国有鉱山における採掘権の申請まで必要な手続きを全部済ませて、お姉さんに礼を言ってカウンターを後にする。私は軽い足取りで、意気揚々とギルドの建物を出た。


 明日の朝から、いよいよ坑道に入る。初めての採掘だ。何を準備すればいいのか、どんな坑道が初心者向けなのか、考えることは山ほどあるけれど、まずは――。


「おい、君。新人だろう?」


 ギルドの入口を出たとたん、横から声をかけられた。


 振り返ると、ニコニコとした男性が二人、親しげに近づいてくる。三十代ぐらいで採掘者らしき格好をした、人の良さそうな笑顔のお兄さんたちだ。


「初心者向けの坑道まで案内してやるよ。初めてだと迷うだろうし」


「いい鉱脈の場所も教えてやれるぜ。なあ?」


「え、いいんですか?」


「ああ。俺たちも新人の頃にゃあ、こうして先輩に教えてもらったもんさ」


 二人は笑みを浮かべたままで、深くうなずき合っている。


 そういえばここファセッタは、採掘者たちの楽園とも呼ばれているらしい。宝石採掘者は新人が研修も受けずにいきなりフリーランスとして独り立ちするようなものだから、相互扶助の意識が育っているのだろうか。


「ありがとうございます! 助かりま――」


「やめろ」


 そこへ、横から低い声が割り込んだ。



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