第11話 石を隠すなら他山の中
朝の宿場町は、思っていたよりずっと活気があった。街道沿いに屋台がずらりと立ち並び、焼きたてのパンの香ばしい匂いや、料理の湯気があちこちで立ちのぼっている。
私は通りの賑わいにまぎれて歩きつつ、無心にあたりを見回していた。
王宮の窓から街を見下ろしたことはあったけど、こうして雑踏の中に立つのは初めてだ。もちろん前世では、ここより遥かに人通りの多い街を歩いた記憶もある。でもこれほどまでに見知らぬ人同士の距離感が近く感じる場所を歩くのは、初めてのことだった。
――そのとき。ぐぅ、とお腹が鳴った。
腹が減っては戦はできぬっていうし、先に腹ごしらえをしようかな。ちょうど床屋でもらったお釣りがあるから、懐は温かい。
ふと漂う美味しそうな匂いに釣られて足を止めると、大きな鍋の横にパンが積み上がっていた。
数名からなる列に並んで、ようやく私の順番が回ってくる。渡されたのは、シンプルに厚めに切った薫製肉と野菜を煮込んだだけの鍋だった。焼きたての丸パン一個の、オマケつきだ。
正直、そこまで期待はしていなかった。これでも宮廷料理を食べ慣れているのだから、さすがに舌はそこそこ肥えている。
とはいえ、空腹は最高のスパイスだ。イスのないハイテーブルに器を置いて、小さく指を組む。
「いただきます!」
食前の祈りを最短コースで終わらせて、パンを取る。意気揚々とちぎれば少し硬めの皮からパリッと音がして、ほかほかと湯気が立ちのぼった。
まず、一口。外はパリパリに焦げているのに中はふんわりとして、焼きたて特有の甘みがある。
――おいしい!
さらに食欲に弾みがついて、私はくたくたになるまで煮込まれた具だくさんの鍋を、木のスプーンですくった。時間をかけて仕込んだらしきスープには、よく肉と野菜のダシが効いている。少し塩が強めの燻製肉を噛めば、さらに強い旨みが口の中に広がった。
王宮の食事とは比べ物にならないような、簡素な食事。でも自分のお金で好きなものを好きなときに食べられる、解放感――。
私は食事を味わいながら、周囲を眺めた。屋台の主人が、常連らしき客と冗談を言い合いながら器を渡している。道をゆく旅人たちも、今日の朝食を探して屋台をのぞいて回っていた。
私は、これまで自分でお金を払ったことすらなかった。王宮では何もかもが先回りで用意されていて、自分で選んで対価を払うという概念自体が、生活の中になかった。
でも前世の記憶のおかげで、買い物の仕方はなんとなくわかる。通貨の単位や物価は違っているけど、代金はいくらか聞いて予算が合えば、お財布の中の硬貨を数えて渡せばいい。
たくさんある屋台の値札を眺めていれば相場もだいたい掴めてきたし、前世の記憶があって本当に助かった。
――さて。楽しい気分に浸っていたいけど、のんびりしている場合じゃない。今ごろ王宮は大騒ぎになっているはずだ。
一応、これでも一国の王女が消えたのだ。すぐに大規模な捜索隊が出るだろう。窓のロープの偽装がどこまで持つかわからない以上、一刻も早く王都から離れなければ。
私は屋台のおじさんに器を返しつつ、おすすめの質屋の場所を聞いた。
「質屋かぁ、この通りをしばらく行って、靴屋の角を曲がったとこの店が、一番値付けがええかなぁ」
礼を言って教えてもらった通りに歩いていくと、天秤と金貨の看板を掲げた店がある。中に入ると私は背負い袋の中から細い金の鎖を一本取り出して、カウンターに置いた。
「これ、査定してもらえますか?」
この鎖は宝石箱に入っていたペンダントからトップの石を抜いたもので、装飾の全くないシンプルな一本だ。
質屋の主人は、手慣れた様子で金の鎖を検分し始めた。重さを量って純度を確かめ、ルーペで細工の具合を見る。
「ほう、こりゃ混じりっけの少ない金だねぇ。細工の出来もいいし、どこの工房のものだい?」
「祖母から譲り受けたものなので、詳しくは……」
「ふぅん。まあモノが良けりゃ、来歴は問わねぇさ」
床屋のおかみさんと、全く同じ反応だ。この町で店を営む人々は、あまり客の個人を詮索しない主義なのかもしれない。街道沿いの宿場町には様々な事情を抱えた旅人が通るからだろうけど、ありがたい。
提示された金額は、思っていたよりかなり良いものだった。さすがは元王女の持ち物だ。
とはいえ他に換金できそうなものは少ないから、油断はできない。高価な宝飾品はデザインで出所がバレる可能性があるから、おいそれと売れるものじゃないのだ。
この路銀は大事に使わなければ……。そう思った私は乗合馬車の駅に向かう前に、もう一か所だけ寄り道をしておくことにした。
それはこの街の魔石商だった。前世の記憶と今世の知識が合わさった私には、一つの目論見があった。魔石の原石を安く仕入れて、自分で護石にして売る。
男装したと言っても腕力はお姫様のままだから、いきなり採掘はできない可能性が高い。でも原石さえあれば、前世で培った研磨の技術と今世の浄化能力を組み合わせて、かなり質のいい護石が作れるはずだ。
店内に入って、並ぶ原石を見て回る。磨かれていない不揃いな形の魔石が、大きさや予想される透明度別に、木箱に並べられていた。どれも小さくて、あまり見た目もよくはない。でもこの中にも、丁寧に磨けば輝く石もあるはずだ。
何気なく、値札を見た。
……高っ!!
一番安い原石でも、昨日売った髪のお代ぐらいじゃ全然足りない。研磨と浄化まで済ませた護石にいたっては、金の鎖を換金した銀貨が半分吹き飛ぶお値段だ。
スフェール王国は魔石の産出国だから、原石は安いだろうと高をくくっていた。でも現実は厳しかった。産出国だからこそ貴重な資源の価値を知り尽くしていて、安売りなどしないのだ。やはりあの自称合理主義者な父王は、政治感覚だけはけっこう悪くないのだろう。
店を出て、小さくため息をついた。
やっぱり自分で掘るしかない。
私は諦めて、駅馬車の乗り場へ向かった。行き先は、もう決めてある。スフェール王国で二番目に大きな街――鉱山都市ファセッタ。
多様な鉱脈を持つ坑道群への玄関口であり、魔石の研磨技術でも知られる街だ。採掘者たちが集う同業者組合の一番大きな支部があり、宝石採掘者たちに大人気の拠点となっている。
木の葉を隠すなら森の中だけど、王都オーバリアはさすがに私の顔を知っている人が多すぎる。しかし写真すらないこの国の情報伝達力ならば、王国二番目の都市は身元を隠すのに最適だろう。
駅に着くと、おあつらえ向きにファセッタ行きの馬車が間もなく出るところだった。私は慌てて運賃を支払うと、大きな駅馬車に飛び乗ったのだった。




