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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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Track.71

 顔を上げる。


「……えっと、本当に基礎のウォームアップだけですけど」


 自分でも驚くくらい、声は普通に出た。


「まず、首と肩からゆっくり動かした方がいいと思います。急に伸ばすと痛めるので」


 言いながら、俺は肩を大きく回した。


「息は止めないで。吸って、吐くタイミングで力を抜く感じで」


 AYA先生の受け売りだ。完全に受け売り。でも、今の俺が確かに持っているものでもある。


「あと、腰だけ反らないように、お腹に少し力を入れてください。ここが抜けると、たぶん背中とか腰に来ます」


「へえ……」


「分かりやすい」


 近くにいた候補者が、小さく頷いた。


「あの、俺も一緒にやっていいですか?」


「じゃあ、俺も」


「すみません、今のもう一回お願いしてもいいですか」


 気づけば、さっきより少し人が増えていた。


 いや、待て。何で俺が仕切る流れになっている? 俺はダンス審査に怯えていたはずなのに。


 鏡の前で、数人の候補者が俺の動きに合わせて肩を回している。


 隣では、杉田さんまで自然な顔で同じ動きをしていた。


 何だこれ。ダンス審査前に、なぜか俺がウォームアップ係になっている。


 人生、何が起こるか分からないにもほどがある。


 


 その時、スタジオの扉が開いた。


 空気が、すっと変わる。


 入ってきたのは、ダンス審査の担当らしい男女数人だった。先頭に立っていた女性が、スタジオ全体を見回す。


 さっきまで軽くざわついていた候補者たちが、一斉に姿勢を正した。


「お待たせしました」


 女性が、よく通る声で言った。


「これより、第3次審査を開始します。まずは皆さん、鏡の前に広がってください。前後左右、ぶつからない程度に間隔を取ってお願いします」


 候補者たちが、少しずつ場所を探して動き始める。


「このあと、こちらで簡単な振りをお見せします。まずは動きを覚えていただいて、そのあと音楽に合わせて一緒に踊っていただきます」


 簡単な振り。


 その言葉に、俺の中の何かが警戒音を鳴らした。


 ――俺はもう、ダンス関係の“簡単”を素直に信じない。


 簡単。基礎。軽く。ちょっとだけ。ダンスの世界におけるその言葉は、俺にとってだいたい罠だった。


 でも、やるしかない。


 俺は一度だけ息を吐き、鏡の前へ向かった。


 審査員の女性が、音楽に合わせて動き始める。


 最初は、軽いステップ。右、左、右。

 そこに腕がつく。


 ……腕がつく。


 やめろ。足だけで精一杯の人間に、いきなり腕を追加するな。


 いや、文句を言っている場合じゃない。覚えろ。見ろ。

 足。腕。向き。タイミング。


 頭の中で必死に順番を並べる。


 周りでは、すでに何人かが固まっていた。

 途中で足を止める人。左右を見て、完全に見失っている人。

 無理に踏み込んだのか、顔をしかめて足首を押さえる人もいる。


 やっぱり、簡単じゃない。


 少し離れた場所では、杉田さんが動いていた。


 舞台をやっている人の身体だった。

 腕の出し方も、視線の運び方も、ただ振りをなぞっているだけじゃない。

 ひとつひとつの動きに、ちゃんと見せる意識がある。


 けれど、お手本そのままではなかった。少しだけ、杉田さんの芝居になっている。


 くそ。世界の洋平、ダンスでも世界の洋平か。


 でも、見るな。


 今は杉田さんを見ている場合じゃない。俺は俺の動きをしろ。


 AYA先生の声を思い出す。


 ――分からなくなったら、まず足。

 ――足が迷ったら、止まってもいいからリズムだけは逃がさない。

 ――手まで無理なら、足だけ。足が無理なら、上半身だけ。全部捨てない。


 そうだ。全部できなくても、全部捨てるな。


 俺はまず、足を追った。


 右。左。戻る。止める。


 そこに腕。


 ……腕。


 無理だ。一瞬、手と足がばらばらになる。


 だったら、足を止める。手だけでも合わせる。次のカウントで、もう一度足を戻す。


 ぎこちない。固い。たぶん、見ている人間からすれば、かなり危なっかしい。


 でも、止まるな。


 くらいつけ。


 一回目が終わった時点で、息が上がっていた。


 たった数十秒。それだけなのに、背中にじわりと汗がにじむ。


「では、もう一度、頭からお願いします。音楽に合わせて通してみましょう」


 もう一度、頭から。


 つまり、今ので流れは入った前提らしい。


 頭では覚えた。


 頭では。


 問題は、身体がそれについてくるかどうかだ。


 脳内の俺は、そこそこ動けている。

 鏡の中の俺は、だいぶ怪しい。


 この二人の俺を、次の数十秒でどうにか合流させなければならない。


 無茶を言う。


 でも、やるしかない。

 

 音楽が流れる。


 右。左。腕。向き。


 最初の四カウントは入った。


 次。


 半歩遅れる。

 戻せ。


 腕が遅れる。

 

 足を捨てるな。


 俺の身体は相変わらず固い。腰も重い。切り返しもぎこちない。


 でも、止まらなかった。


 足が迷ったら、リズムだけ残す。手が追いつかなければ、次のカウントで戻す。全部崩れそうになったら、顔だけは上げる。


 鏡の中の俺は、どう見てもダンス経験者の動きではなかった。


 それでも、最後のポーズまで、なんとか立っていた。

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