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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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Track.70

 第3次審査までは、もう十分もなかった。


 通過者たちは、スタッフの案内で同じフロアの第二リハーサルスタジオへ移動していく。


 俺も番号札を握りしめたまま、その流れに少し遅れてついていった。


 ダンス審査。

 

 正直、不安しかない。

 けど、ここまで残った。

 落ちたと思っていた二次審査を通過して、次の審査へ進めるところまで来た。


 だったら、今さら尻込みしている場合じゃない。


 上手く踊れるかどうかは分からない。

 いや、たぶん分からないどころではない。


 でも、やるしかない。


 やるからには、今できることを全部やる。


 そう腹をくくって、俺は第二リハーサルスタジオの扉をくぐった。




 すでに残った候補者たちが、三十人ほど入っていた。


 けれど、さっきの発表会場とは違って、空気は少し浮き足立っている。


「ダンスって聞いてた?」

「いや、俺も今知った」

「振り付けとかあるのかな」


 そんな声が、あちこちから小さく聞こえてくる。


 ……だよな。


 俺だけじゃなかった。

 やっぱり、ダンス審査はここで初めて知らされたらしい。


 少しだけ安心する。


 いや、安心している場合ではない。

 全員が知らなかったところで、これから踊る現実は変わらない。


 俺は、改めてスタジオの中を見回した。


 鏡の前で前髪を直している人。

 床に座り込んで、靴紐を結び直している人。

 落ち着かない様子で、壁際を行ったり来たりしている人。


 みんな、それぞれのやり方で、急に突きつけられたダンス審査に備えようとしている。

 

 その中で、杉田さんは数人の候補者と穏やかに話していた。

 さっき後方の椅子に向かっていた時、隣にいた人たちだろうか。


 笑っている。

 普通に笑っている。


 くそ。

 世界の洋平、ダンス審査を前にしても余裕か。


 ……いや。


 杉田さんを見て落ち込んでいる場合じゃない。


 あの人には、あの人のやり方がある。

 俺には、俺のやり方がある。


 最善を尽くすために、準備をしないと。


 準備を。


 ……いや、準備って何をすれば?


 もう一度周りを見ると、鏡の端の方で、一人の候補者が肩を回していた。


 首をゆっくり倒して、肩を回して、足首を軽く動かす。


 それを見た瞬間、AYA先生の声が頭の奥でよみがえった。


 ――レッスン前は、まず体を起こしてあげてください。


 ……そうだ。


 いつもダンスレッスンの前にやっているウォームアップ。


 あれなら、できる。

 俺は鏡の端の方に立ち、肩をゆっくり回した。


 首。

 肩。

 背中。

 腰。

 足首。


 AYA先生に言われた順番を思い出しながら、呼吸を止めないように体を動かしていく。


 正直、俺の体は固い。


 腿の裏も、股関節も、背中も、基本的に全部固い。

 何なら心も固い。


 だが、やらないよりはいい。


 お腹に少し力を入れて、背中を丸めすぎない。

 伸ばしている場所を意識する。

 反動をつけすぎない。


 AYA先生の声が、頭の奥で再生される。


 ――無理に伸ばすんじゃなくて、呼吸でゆるめてください。


 そうそう。

 呼吸だ。

 俺は今、呼吸を忘れていた。


 ゆっくり息を吐きながら、腿の裏を伸ばす。


 ……痛い。


 普通に痛い。


 でも、いつもの痛みだ。


 知らない痛みじゃない。



 「一緒にやらせてもらっても?」


 不意に声がして、顔を上げた。


 杉田さんだった。


「え?」


「邪魔にならなければ」


 杉田さんは、いつもの落ち着いた表情でそう言った。


 いや、邪魔どころか。

 世界の洋平が隣に来た時点で、俺の心拍数はすでに邪魔されている。


「は、はい。もちろんです」


「ありがとうございます」


 杉田さんは自然な動きで俺の隣に立つと、同じように肩を回し始めた。


 何だろう。


 ただ肩を回しているだけなのに、所作が綺麗だ。


 くそ。

 ウォームアップまで世界の洋平か。


 しばらく二人で黙って体を動かしていると、杉田さんが小さく言った。


「さすが、ルクスプロダクション所属ですね」


「え?」


「準備運動からしっかりしている」


 それは、褒め言葉だった。


 たぶん。


 でも俺としては、何もしていないと不安で死にそうだったから、知っている動きをしていただけだ。


「いや、これは……レッスンで教わっているやつを、そのままやっているだけで」


「それが大事なんだと思いますよ」


 杉田さんは、軽く背中を伸ばしながら言った。


 その声が、近くにいた候補者の耳にも入ったらしい。


「え、ルクスプロダクション?」


 誰かが小さく呟いた。


 その瞬間、周りの視線がちらほらとこちらへ向く。


 やめろ。

 今それを拾うな。


「ルクスプロダクションって、あの?」


「男性アイドルの?」


「研究生?」


 ざわ、と空気が揺れる。


 俺は内心で頭を抱えた。


 違う。

 いや、違わないけど。

 今はそこを掘らないでほしい。


「でも、DUEL主演のミュージカルだろ?」

「じゃあ、バーターとか……?」


 ぼそりと落ちた声が、耳に引っかかった。


 胸の奥が、ずきりと痛む。

 

 バーター。


 そう思われても仕方ない。

 DUELはルクスプロダクションの先輩だ。

 俺は同じ事務所の研究生で、しかも見た目は19歳、中身は四十二歳の新人。


 客観的に見れば、いくらでもそう見える。


 でも。


 ここで変に言い返したところで、何の意味もない。


 むしろ下手に騒げば、ルクスプロの顔に泥を塗ることになる。


 俺は唇をぎゅっと結んだ。


 俺は俺にできることをやるしかない。


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