Track.69
「最後に、サブロー役です」
その言葉で、喉の奥がひゅっと狭くなった。
隣で、北川くんが腕を組み直す。
俺も、知らないうちに息を止めていた。
「十二番」
スタッフの声が、やけに遠く聞こえた。
俺の番号は、二十六番。
隣にいる北川くんは、二十四番。
まだ、どちらも呼ばれていない。
「十九番」
まだだ。
手のひらに汗がにじむ。
「二十五番」
杉田さんだ。
やっぱり。
そりゃそうだ。
後方の椅子に座っていた杉田さんが、静かに顔を上げる。
サブロー役にも、通っている。
分かっていた。
分かっていたけど、改めて胸の奥が重くなった。
二十四番は、呼ばれなかった。
隣で、北川くんが小さく息を吐いた。
何か言わなきゃと思った。
でも、その前に。
「二十六番」
自分の番号が、耳に飛び込んできた。
……二十六番。
俺の番号だ。
受かった――!?
顔を上げる。
ホワイトボードは、人の頭越しにまだよく見えない。
けれど、スタッフの声は確かに俺の番号を呼んだ。
頭が追いつかない。
落ちたと思っていた。
最後まで歌わせてもらえなかった。
杉田さんのあとで、俺の審査なんて見る価値もなかったんだと思っていた。
なのに。
俺は、通った。
呆然としたまま立ち尽くしていると、ぽん、と肩に手が置かれた。
「おめでとう」
北川くんだった。
「あ……」
声がうまく出ない。
北川くんは、少しだけ苦笑して肩をすくめた。
「はあ。三人の中で、俺だけ落ちたかあ……」
「……北川くん」
「いや、いいって。俺、セリフひどかったし」
そう言って、北川くんは笑った。
無理に笑っている感じではなかった。
少し悔しそうで、でも、それ以上にどこかさっぱりしている。
「歌、すごく良かったと思います」
「ありがと。そう言ってもらえると救われるわ」
北川くんはポケットから携帯を取り出した。
「よかったら、また今日の結果聞かせてくれよ」
「え?」
「応援してる。あの杉田さん相手にどこまで行けるのか、気になるし」
「……それ、めちゃくちゃハードル高くないですか」
「高いな」
北川くんは、あっけらかんと笑った。
その軽さに、胸の奥の詰まりが少しだけほどける。
「じゃあ、メアド交換します?」
「お、いいね。赤外線いける?」
「たぶん、いけます」
懐かしい単語が出た。
赤外線通信。
そうだ。
この時代、連絡先交換といえばこれだった。
北川くんとメアドを交換し終える頃には、ホワイトボードの前に集まっていた人だかりも、少しずつ薄くなっていた。
「じゃ、頑張れよ」
「……ありがとうございます」
「結果、聞かせてくれよ」
「はい」
北川くんは軽く手を上げると、受付の方へ向かっていった。
その背中を見送りながら、胸の奥が少しだけ苦しくなる。
落ちた人がいる。
受かった人がいる。
当たり前のことなのに、今さらみたいにその重さがのしかかってきた。
俺は番号札を握りしめたまま、後方の椅子へ向かった。
その途中で、杉田さんと目が合った。
後方の椅子に座っていた杉田さんは、こちらに気づくと、にこりと微笑む。
爽やか。
余裕。
そして、圧倒的に絵になる。
くそ。
世界の洋平、座っているだけで世界の洋平だ。
俺も慌てて会釈を返し、少し離れた椅子に腰を下ろした。
やがて、スタッフの一人がホワイトボードの前からこちらへ歩いてきた。
立ったまま残っていた候補者の姿は、もうほとんどない。
後方の椅子に座っているのは、三十人ほど。
これが、二次審査を通過した合格者たち。
その中に、俺もいる。
……いるんだよな?
何度も自分の番号札を確認してしまう。
スタッフは後方の椅子に座る俺たちの前で立ち止まり、手元の紙に視線を落とす。
「二次審査通過、おめでとうございます」
静かになったスタジオに、その声が響いた。「これより、今後の審査の流れをご説明いたします」
スタッフは手元の紙を一枚めくった。
「このあと十五時三十分より、第3次審査を行います。場所は、同じフロアの第二スタジオです」
十五時三十分。
あと、そんなに時間がない。
「第3次審査では、通過された皆さん全員に、ダンス審査を受けていただきます」
――は?
ダンス審査?
今、ダンス審査って言ったか?
確かに、ミュージカルといえば歌って踊る。
舞台に立つ以上、ダンスが必要になるのは分かる。
分かるけど。
ダンスも審査に含まれていたなんて聞いてない。
いや、聞いていたのかもしれない。
書類のどこかに小さく書いてあった可能性はある。
ただ、その可能性を、俺は無意識にシャットアウトしていた。
少なくとも俺の脳は、今この瞬間までその情報を一切受け取っていなかった。
「なお、第3次審査の結果は十七時頃に発表予定です。通過された方は、その後、最終審査として面談を行います」
スタッフがまだ何か説明している。
たぶん、大事なことだ。
絶対に聞かなければいけないことだ。
でも、俺の耳にはもう入ってこなかった。
ダンス。
ダンス審査。
歌と芝居だけで、いっぱいいっぱいだったのに。
ここからさらに、ダンス。
俺は膝の上で、番号札を握りしめた。
……いやいやいや。
聞いてない。




