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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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Track.68

 発表予定の十五時までは、もうすぐだった。


 その時間をひとりで待たなくていいだけで、少しだけ息がしやすくなった気がした。


「いやー……オーディションとか受けるの、はじめてで緊張したわ~~」


 先に口を開いたのは、北川くんだった。


 審査中のガチガチ具合からは想像できないくらい、声が軽い。


「もう、セリフとか何言ったか覚えてない」


「ははっ、俺もはじめてで緊張しました」


「え、はじめて?」


 北川くんが目を丸くする。


「はじめてとは思えないくらい、ちゃんとしてたけど」


「そうですかね……」


 ちゃんとしていた。

 そう言われても、あまり実感がない。


 俺の頭に残っているのは、途中で止められた歌と、世界の洋平の圧倒的な芝居だけだ。


「北川くんこそ、歌、めちゃくちゃ上手かったですよね」


「あー……一応、歌手志望なんだよ」


「歌手志望なんですね」


「うん。全然売れてないけど。事務所から、ミュージカルのオーディションも受けてみろって言われてさ」


「どうりで」


「どうりで?」


「歌になった瞬間、空気変わったので」


 そう言うと、北川くんは少し照れたように頭をかいた。


「いやいや。セリフで全部台無しにした気がするけどな」


「でもさ」


 北川くんが、少し声を落とした。


「あの二十五番の人、やばくなかった?」


「やばかったです」


 即答だった。


「あれ、何?」


「俺が聞きたいです」


「芝居始まった瞬間、喫茶店見えたんだけど」


「見えました」


「歌もさ、もう……」


「はい」


 俺は深く頷いた。


「世界の洋平でした」


「世界の洋平?」


「あ、いや。こっちの話です」


 危ない。

 つい口から出た。


 北川くんは不思議そうな顔をしたが、すぐに「まあ、世界って言いたくなるのは分かる」と頷いた。


「正直、あの人を見たあと、自分のオーディションなんかもうどうでもいいのかなって思いました」


「いや、わかる。キツいわ。あの直後だったもんな」


「はい。俺、自分の番の記憶より、杉田さんのベリーソースの方が残ってます」


「ベリーソース!」


 北川くんが吹き出した。


「あれな! あれ、即興で出てくる単語じゃなくない?」


「普通は出ないですよ。俺なら砂糖多めにしときますね、くらいしか言えないです」


「それはそれで喫茶店としては親切だけどな」


「ですよね」


 少しだけ、笑えた。


「あ、そういえばさ」


 北川くんが、ふと思い出したようにこちらを見る。


「審査終わったあと、審査員に呼び止められてなかった?」


「ああ……最後の台詞で、なんで声を落としたのかって聞かれました」


「そこ聞かれるんだ」


「俺も思いました」


「で?」


「主人公だけに聞こえればいいと思ったから、って」


「主人公だけ?」


「はい。あの場面、たぶん主人公は誰かと一緒に来てるんじゃないかと思って」


「え、そうなの?」


「分かんないです。俺がそう読んだだけです」


「へえ……」


 北川くんは少しだけ考えるように眉を寄せた。


「……なるほど。俺、そこまで全然考えてなかったわ」


「いや、考えすぎだったかもしれないですけど」


「それ、何か引っかかったってことじゃないの?」


「良い意味か悪い意味か分からないですけどね」


「あー……それは怖いな」


「怖いです」


 二人で、妙に真顔になった。

 


 * * * * * *

 

 話しているうちに、五分なんてあっという間に過ぎていた。


 落ちたかもしれない。

 たぶん、落ちた。


 それでも、同じ場所で同じものを見て、同じように打ちのめされた相手がいるだけで、少しだけ息がしやすかった。


 その時、控室の扉が開いた。


「お待たせしました」


 スタッフの声に、部屋の空気が一瞬で変わる。


「二次審査の結果発表を行います。候補者の皆さまは、隣のスタジオへお集まりください」


 時計を見る。


 十五時を、少し過ぎていた。


 北川くんが、小さく息を吐く。


「……行くか」


「はい」


 俺たちは、ほとんど同じタイミングで壁から背を離した。



 * * * * * *



 隣のスタジオに入った瞬間、ざわ、と空気が揺れた。


 午前中の控室とは、比べものにならない人数だった。

 壁際にも、鏡の前にも、人が立っている。

 そのほとんどが、前方に置かれたホワイトボードへ視線を向けていた。


 そこには、すでに合格者の番号が書かれているのだろう。


 けれど、人が集まりすぎていて、後ろからではまったく見えない。


「見える?」


 北川くんが背伸びをする。


「……見えないですね」


 俺も少し首を伸ばしてみたが、見えるのは人の後頭部ばかりだった。


 前の方から、小さな歓声が上がる。


 その一方で、ホワイトボードを見上げたまま動かなくなる人もいた。

 肩を落として、人だかりから離れていく人もいる。


 喜んでいる人がいる。

 うなだれている人がいる。


 同じ部屋の中で、空気がいくつにも割れていた。


「すみません、ホワイトボードを確認された方は、すみやかにご移動をお願いします。通過された方は後方の椅子にかけてお待ちください」


「番号がなかった方は、番号札を受付で返却のうえ、ご退場をお願いいたします」


 スタッフの声が飛んだ。


 前方にいた候補者たちが、少しずつ左右へ散っていく。

 

 見えるかもしれない。


 俺と北川くんも、ホワイトボードの方へ一歩踏み出しかけた。


 その時、スタッフの声が響いた。


「番号は掲示していますが、見えづらい方もいらっしゃると思いますので、これから役ごとに合格された方の番号を読み上げます」


 足が止まる。


 北川くんも、同じように立ち止まっていた。


「……聞いた方が早そうだな」


 北川くんが小さく言った。


「ですね」


 俺は、手のひらを握りしめた。


 見えないなら、聞くしかない。


「まず、ハヤセ・タクマ役です」


 俺には関係のない役だ。


 そう分かっているのに、番号が読み上げられるたびに、胸の奥がぎゅっと縮む。


「三番、九番、十六番、二十二番、三十八番――」


 呼ばれた候補者たちが、ぽつぽつと後方の椅子へ移動していく。


 小さく息を吐く人。

 口元を押さえる人。

 その場で一瞬、膝から力が抜けたようになる人。


 反対に、呼ばれなかった候補者たちは、静かに視線を落としていた。


 自分には関係ない。

 そう思いたいのに、空気だけが先に胸へ刺さってくる。


「続いて、ウノ・トーヤ役です」


 スタッフの声が、またスタジオに響いた。


 北川くんが、隣で小さく肩を揺らす。


「……長いな」


「ですね」


 たぶん、ほんの数分のことだ。

 けれど、体感ではやけに長い。


「五番、十一番、二十番、二十七番、四十四番――」


 番号が読み上げられるたびに、誰かが動く。

 誰かが残る。

 その中で、ひときわスラッとした男性が後方の椅子へ向かうのが見えた。


 杉田さんだ。


 やっぱり。

 そりゃそうだ。


 あの人が通らないわけがない。


 後方の椅子には、少しずつ人が増えていった。

 そのぶん、立ったままの候補者たちの空気は、少しずつ重くなっていく。


 そして。


「最後に、サブロー役です」


 その言葉で、喉の奥がひゅっと狭くなった。


 隣で、北川くんが腕を組み直す。


 俺も、知らないうちに息を止めていた。

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